歴史と土地鑑
幕末の動乱について書いた本を読んだ。その中に箱館戦争の経過を述べたくだりがあった。私は道南の出身なので、出てくる地名にいちいちなじみがある。松前や江差は当然わかるし、五稜郭など自宅の庭みたいなものだ。弁天台場とか館とか鷲ノ木なども、まあだいたいあのへんかな、とわかる。
同じ本には京都周辺のあれこれについての記述もあった。ここで白状しておくが、私はあの鳥羽伏見の戦いというのが、鳥羽伏見という土地で起こったのか、鳥羽と伏見という二つの土地で起こったのか、いつもわからなくなってしまう。それから、禁門の変と蛤御門の変とか、池田屋事件と寺田屋事件とかもいつもごっちゃになる。京都の人はこういった事件も、なるほどだいたいあのへんで起こったのだなと、パッとわかるのだろう。京都を舞台とする歴史上の事件は無数にあるので、地元の人は歴史を学ぶときにだいぶ有利なのではないかと思う。
有名な関ヶ原の合戦の関ヶ原。あれは私は長いこと長野県にあるものだと思い込んでいた。東軍と西軍が激突したということで、日本列島の真ん中らへんである長野を思い浮かべたのである。本当は岐阜県だと知ったときには、なんともいえない落ち着かない気持ちがしたものであった。
しかし逆に土地鑑が邪魔になる場合もあるかもしれない。
尾崎紅葉の小説「不言不語」は、東京の渋谷が舞台となっている。この地に暮らす夫婦のいわくありげな様子から過去の出来事が浮かび上がってくるという内容の物語であり、いろいろな事件がこの渋谷のひなびた田園風景の中で起こる。ひなびた……? 田園……? と疑問に思われたかたもいるだろう。あの繁華街のどこがひなびた田園なのか、と。それは、この小説が明治時代の作品だからである。当時の渋谷は田舎の寒村であったらしいのだ。
私も以前用事で東京に行ったときに渋谷を歩いたことがあるので、そのにぎわいはいくらか知っている。それで「不言不語」を読んだときにはだいぶ驚いた。東京に生まれ育って幼いころから渋谷のにぎわいを知っている人にとっては、「不言不語」のひなびた渋谷はかえって飲みこみがたいかもしれない。




