第三章 姉妹 #1
ガラガラッ。
玄関のドアが開く音が聞こえた。
「ただいまー」
元気な声が家じゅうに響く。翠が帰ってきたんだ。
ダダダダダッ。
階段を駆け上がる音がする。
もう直ぐ、翠が私の部屋に駆け込んでくる。
翠は、お姉ちゃんっ子だ。
小さい頃は、いつも私にひっついていた。
私も慕われれば、可愛いいと思うので、翠には甘くなった。
幼いころの翠は痩せていて、体も丈夫じゃなかった。
よく風邪をひいては、私が食事の世話を焼いたりした。
それなので、翠はよく私に甘える。
流石に、翠も中学二年生になったので、私ピッタリという事は無いのだが、家に
帰ると自分の部屋に入るより前に、私の部屋に顔をだす。
「お姉ちゃん! ただいま」
ビックリするような勢いで、ドアが開く。
翠を心配させてはいけない。
私は渾身の造り笑顔で
「おかえり。翠」
と返す。
それに安心したのか、翠は輝くように「ニッ」と笑って、私の部屋を出て行った。
はぁ。
長女は辛い。
嫌な事があっても、下の子の前では平気な顔をしてなくちゃいけない。
泣きたい事があっても、我慢しなくちゃいけない。
下の子は良いよな。暢気でいられて。
「美寿穂。翠。オヤツよー」
階下から、お母さんの呼ぶ声。
お母さん、きっと翠が帰ってくるの待ってたんだろう。
「ハーイ」
隣の部屋から、元気な返事とともに翠が飛び出していくのが分かる。
はぁっ。
私は返事替りに、溜め息を吐き出した。
なんか、家族と顔を合わせたくない。
造り笑顔を作らなくちゃならないと思うと辛い。
机に突っ伏したまま、時間が過ぎてゆく。
「美寿穂。何してんの! 早く、おりてらっしゃい。翠はオヤツ食べちゃったよ」
もう、やだなぁ。怒られるは、いっつも私ばっかりだ。
翠は、要領いいもんなぁ。
浮かない気分で階段を降り、逃げ出したい気分でダイニングのドアを開ける。
せっかく笑い顔の仮面を用意したのに、中には誰もいなかった。
翠は、入れ代わりに二階に戻ったのだろう。
母はというと…。
キッチンの地下収納に収めてある自家製果実酒の瓶を、出し入れしている。
「手が離せないから、冷蔵庫にあるシュークリーム、食べといて」
―えぇ!? オヤツって、シュークリームだったの。なんて間が悪い―
と心のなかで呟く。
私、シュークリームなら、昨日自分で買ってきてあるんだよね。
それも個数限定のシューアイス。
昨日の下校時に、わざわざ自宅と反対方向にある洋菓子屋まで足を運んで買って
きた。しかも、アイスが融けないように、家まで走って帰ってきたんだ。
二個入りなので、昨日はバニラ味を食べ、好物のイチゴ味は残しておいた。
お母さんには悪いけど、そんじょそこらのシュークリームとは比べられません。
私は、自分のシューアイスを食べるために、冷凍室のトレイを引き出した。
「あれ?」
冷凍室にあるはずの、私のシューアイスがない。
洋菓子屋のきれいな白い箱に入っていた筈なのに。
「お母さん。私のシューアイス知らない」
「シュークリームなら冷蔵庫に入ってるでしょ」
「そうじゃなくて、冷凍室に入れといた私のシューアイス」
「シューアイス?」
果実酒の瓶と睨めっこしていたお母さんが、顔を上げる。
「あれ、美寿穂のだったの」
「限定品だったんよ。今日たべようと思って、イチゴ味の方を残しといたのに」
どれどれと言って、お母さんが腰を上げる。
冷凍室の中身を穿り返す。
「ないねぇ。お昼には見た気がするんだけど…」
冷凍室のトレイを戻し、今度は冷蔵室のドアを開ける。
中には、ぎっちり詰め込まれた食材の数々。
その向こうに、シュークリームが四つ隠れていた。
「あー、分かった。翠が間違えて食べたんだ。シュークリームが見えなくて…」
―えーっ。この上ない悲劇。イチゴシュー食べるのを楽しみにしてたのに―
キッチンのリサイクルボックスをみると、確かにシューアイスの白い箱が捨てて
ある。
いくら間違えたからって、文句の一言でも言わないと腹の虫が収まらない。
そんな気持ちのまま、翠の部屋のドアを開けた。
それが、いけなかった。
そんなマイナスの気持ちのままで、翠の前に立つべきではなかったんだ。




