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猫イモウト  作者: 須羽ヴィオラ
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第三章 姉妹 #2

「翠! あなた、私のシューアイス食べたでしょ!」

「お姉ちゃんの? でも、お姉ちゃんのは自分で食べたでんしょ。私は、二個入の

残ってた方を食べたんだよ」

「あなた、冷凍庫にあったシューアイス食べたよね。それは私のなの。お母さんが

買ってきたシュークリームは冷蔵庫のなか」

「えっ!? そうなの。メンゴ、メンゴ」


 なにその軽いノリ。ちょっとカチンとくる。

「ちゃんと謝りなさいよ!」

 と声が大きくなる。


「そりゃ、謝るけどぉ……。お姉ちゃんだって、こっそりと一人でシューアイスを

食べようとするのが悪いんだからね」

「自分のお金で買ったものを、一人で食べるののどこが悪いのよ!」

「はいはい。わかりました…」といったあと、謝罪の言葉を口にすると思いきや

「そんなに大事なら名前でも書いておけばいいのに…」と小さい声で付け足した。


 なんだろう。この子は。自分が間違ったのに、謝りもせずに、却って私を悪者に

する。

 頭に血が上っていく。


 思えば。私は人前で怒ることはあまりない。ましてや、翠に対して怒った事など

殆どない。だから、翠は私の怒りの沸騰点を、見誤っていた。

 気圧が違えば沸騰点が上下するように、私の怒りの沸騰点も、今日に限っては、

違っていた。

 普段の気の優しい私しか知らない翠は、知らぬ間に超えてはならぬ一線を越えて

いた。


「ちゃんと。謝れ!」

 私の怒声が、家中に響き渡る。

 翠が、ビックリした顔で私を見る。

「どうしたの。お姉ちゃん。なんか、変だよ」

 私は怒りの形相で翠を睨み返す。


 それに恐れをなしたのか、翠が引きつった笑いで

「まさか…。失恋したとか…。ハハッ」

 と返す。

 翠としては、軽いジョークで笑いを誘ったつもりだろうが、火に油だった。


「うるさい! あんたに……私の……なにが分かるっていうの!!」

 失恋という言葉が、私の理性を支えていたたがを外した。


 私のなかで、一年かけて大事に育てた恋心。

 もうすぐ芽吹くかもしれないその時に、だれの目にも触れずに散って行った。

 儚く悲しい失恋体験だったけど、私にとってはこの上なく愛しい思い出。

 たとえ妹であっても、話のついでに語られてよいものではない。

 私の尋常ではない顔色で、事の重大さに気づいたのか、翠が目にいっぱいの涙を

湛えて、私の腕に縋り付く。

「お姉ちゃん、ごめんなさい。……私、そんなつもりじゃ」

 取りついた翠の手を、私は無下に払いのけ、

「じゃぁ、なんのつもり!」

 と追い打ちをかける。


 翠が返事に窮して、今にも泣きだしそうな顔で私を見つめる。

 けれど、私には、その表情が抗議の意思表示に見えてしまう。

「何よ、その目は。文句があるなら言いなさいよ」

「違う…、違うよ。お姉ちゃん…」

 翠の頬を涙が伝う。


「泣いたら、それで済むと思ってるの。翠はいっつもそうやって逃げるんだ」

 自分の言葉に興奮して、怒りの歯止めが利かなくなる。

 興奮で、首の血管が破裂しそうだ。


「お姉ちゃん…」

 助けを求めるように、翠が私に腕を伸ばす。

 その手をピシャリと打ち返す。

「あんたなんか大嫌いだ。翠なんて居ない方がいい」


 その言葉が、翠の限界点だったのだろう。

 翠の顔が大きく歪み、うわーん、とまるで幼子のように、大声で泣き出した。

 翠の目から、大粒の涙が止めどなくあふれ出る。


 階下から、母がドタドタと上がってくる。

「なんの騒ぎなの一体」

 鬼の形相の私と、大泣きしている翠の様子を見て、母が絶句する。

 

 翠がお母さんの胸に顔を埋めて、泣き続ける。

「あなたたち、たかがオヤツくらいのことで、なに喧嘩してんの」

 ”あなたたち”と言いながら、母は非難の眼差しを私に向ける。


「美寿穂は、お姉ちゃんなんだから、少しは我慢しなさい。翠は間違えただけで、

悪気はないんだから」

 母が翠の髪をくしけずりながら、「翠は悪くないよ」と慰める。

 母のその言葉が、私の胸に新たな痛みを穿つ。


「お母さんは、いつだってそうだ。翠には甘い顔して……。私には……」

「えっ…」

「お姉ちゃんだから、我慢しなさい。お姉ちゃんだから、ちゃんとしなさい。お姉

ちゃんだから! お姉ちゃんだから!!、お姉ちゃんだから!!!!!」

 涙がほとばしる。

「『お姉ちゃんだから』なんて、もう沢山よ!」


 翠を抱いている母を肩で突き飛ばして、私は翠の部屋をでる。

 自分の部屋に逃げ込んで、机に突っ伏し、声を押さえて、涙を流す。


 なんて酷い一日なんだろう今日は。

 私は自分が嫌いだ。大嫌いだ。

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