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猫イモウト  作者: 須羽ヴィオラ
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第十一章 サイカイ #4

 今、翠と私は、ベンチに腰掛けてロールパンを頬張っている。


 ―翠がお腹を空かしているかもしれない―


 そう言って、お母さんが持たせてくれたパンだ。

 心配している両親には申し訳ないけれど、すっかり仲直りした私達は、ちょっと

した遠足気分で朝ご飯を楽しんでいる。

 先程、翠が見つかった事をお母さん達に連絡した。もうすぐ両親がここにやって

来るだろう。そうしたら、翠も私もこってりと油を搾られるに違いない。

 それまでの、束の間の平和だ。


 私達だけで食事するのは気が引けるので、三笠君にも、おすそ分けしようとした

けれど、僕は食べてきたからと遠慮された。

 代わりに、牛乳を分けてほしいと言われたので、牛乳パックを手渡した。

 そうしたら、掌で皿を作った上に牛乳を垂らし、アカネという猫に飲ませてる。

 三笠君、相当の猫好きだな。

 アカネって猫も、ほっそりして姿態で、顔立ちも可愛いらしい。

 見ているだけで微笑ましくなって来る。

 ああ、私があの猫だったら良いのに…。などと埒もない事を考える。


 タタタタタタ。

 そうこうするうちに、公園の入り口から両親が駆け込んできた。

 翠の顔に緊張の色が表れる。翠が体を固くしているのが分かる。

「翠、翠…」

 お母さんがオロオロしながら駆け寄ってくる。

「お母さん…」

 翠がベンチから立ち上がる。

 それと同時に、お母さんが翠を抱きすくめる。

「翠…。良かった…。無事で…」

 続いて、お父さんもやって来て、ひしと抱き合う翠とお母さんを見つめている。


 お母さんと翠は暫くの間、一塊になっていたが、やがてゆっくりと体を離す。

「翠。聞かせてちょうだい。なんで家出なんかしたの、みんなを散々心配させて」

 いけない。お母さん、翠が見つかったんで、お怒りモードのスイッチが入った。

 私は、慌てて二人の間に割って入る。

「お母さん。翠は悪くないの。私が翠に酷い事を言ったの。翠はそれがショックで

家を出たの。だから、悪いのは私。翠を叱るなら、私を叱って下さい」

 すると、直ぐさま翠が私とお母さんの間に割って入る。

「お姉ちゃんは悪くない。お姉ちゃんを傷つける事を言った私が悪いの。その上、

家出までして。悪いのは私。だから私を叱って」

「ううん。翠は悪くない。みんな、わたしのせい」

「ううん。お姉ちゃんは悪くない。私が悪いの」


 私と翠のやり取りを見ていたお母さんが、溜息を漏らす。

「あなたたち。そんなに仲がいいのなら、もう喧嘩はしないの。翠も、家出なんか

しないの」

 母娘三人がにらめっこのように顔を付き合わせる。

 その様子が自分達で可笑しくなって、笑いが込み上げて来た。

「とにかく、お家に帰りましょう。皆、朝ごはんがまだだから」

 という話しに決まった。


「あの。こちらの方は」

 私たちの様子を辛抱強く見守っていた三笠君の存在に、お母さんも漸く気付いた

ようだ。

「クラスメートの三笠君。翠を見つけて、ここまで送ってくれたの」

「それは、ありがとうございます。何と御礼を言って良いやら。本当にありがとう

ございます」

「いえ、どういたしまして」

 と、二人でお辞儀を繰り返した。

 何度かの社交辞令を繰り返したのち、私達親子は家に帰る事になった。

 私達は三笠君に頭を下げ、公園の出口に向かって歩き出す。

 私も三笠君に会釈して、お母さん達に続く。


「濱野さん。ちょっと」

 三笠君に呼び止められた。

「何…ですか?」と三笠君の前であらたまる。

「そのぉ…。まだ、思い出さないかな?」

 思い出す? いったい何をおもいだすというのだ。

 私が怪訝な顔を作る。

 それを見て、三笠君は一瞬考えてから、右手の人差し指の腹を自分の唇にあてて

みせる。

 ん?

 なんのサイン?

 三笠君は謎の微笑を湛えたままで、私を見つめている。

 ひょっとして、私も同じようにしろってこと?

 そう考えて、人差し指の腹を唇に当ててみる。


 ムニッと唇に柔らかいもの触れる感覚。

 あれっ?

 私、つい最近これと同じ感触を感じた。

 目の前に居る三笠君と目が合う。


 その時、私の脳裏に三笠君の大写しの顔のイメージが飛び込んできた。

 息が詰まる感覚。早鐘を打つ心臓。首筋が燃えるような熱さ。

 幾つもの感触が私の中に蘇って来る。

 そうだ、私、キスしたんだ。三笠君と。


 キスシーンに続くように、数々のイメージが復活していく。

 白い草原、水の流れ、公園、女の子、また白い草原、古墳、素子さん。

 そして、白い猫。黒い顔に髭のような模様のある猫。

 ネコモリサマ。

 そうだ。全て思い出した。

 私はネコモリサマの恩返しで、翠を猫に変えてしまったんだっけ。

 それを私と三笠君で元に戻したんだ。


「思い出した?」

「うん。思い出した。ありがとう、三笠君のおかげで、翠が人間に戻れた」

 思い切りの勢いで三笠君に抱き着く。

「ありがとう。ありがとう」

 自然と涙が湧いて来た。

 三笠君が優しく私を抱きしめてくれる。


 翠が人間に戻った。翠と仲直りもできた。

 三笠君とも心が通じた。

 私が三笠君を想っているのと同じように、三笠君も私を想ってくれている。

 私、こうやって三笠君の胸を独り占めしていて、良いんだ。

 私は三笠君の胸のなかで安心して涙を流し続ける。

 それは、暖かい幸せの涙だった。

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