第十一章 サイカイ #1
ハッ。
窓から差し込む朝の光とともに、私はベッドの上で目を覚ました。
何だろう。凄く、胸がドキドキしている。顔も火照っている。
恐い夢でも見たのだっけ?
それにしては恐怖感や切迫感はなく、不思議な高揚感を感じている。
寝不足から来ているのだろうか、その高揚感と倦怠感が混ざり合った妙な感覚が
私の体を満たしている。
朝日が眩しい。首を捩じり、時計を見る。
―まだ、六時半。三時間しか寝てない…―
これでは寝不足にも、なるわけだ。
―それもこれも、みんな、翠のせいだ―
瞼の裏に、翠の顔が浮かぶ。暢気な笑顔が憎たらしい。
ほんとにもう。こんなに、私を心配させて…。
翠のせいで眠れなかったよ。
翠の顔が泣き顔に変わる。
―泣き虫だな。そんなに大泣きすることないでしょ。
あなたの方が悪いのに…、私の心が痛むじゃない…。
…そりゃ、私も、たしかに言い過ぎたけど
私が…、先に…、謝ってあげるから。
だから…。だから、家を出るなんて、言わないで…―
昨日、つまらない事で、翠と喧嘩をした。
昨日は私の虫の居所が悪かった。
大好きだった人に彼女が居ることが分かり、悲しみと後悔の森を彷徨っていた。
そして、その不安な心を、私は翠にぶつけてしまった。
翠なんか居ないほうがいい。
私は、残酷な言葉の刃で、翠を切り付けた。
夜になって、翠が私の部屋を訪れ、家を出て行くと告げた。
その言葉が気になって、私は眠れなかった。
皆が寝静まったころ、私は翠の部屋の前に立ち、
『ごめん 翠 お姉ちゃんが悪かった 行かないで』
と書いたノートの切れ端を、ドアの隙間から差し込んだ。
あのメモを、翠はちゃんと読んでくれただろうか。
朝の光を浴びながら、ベッド上で上半身だけ起き上がる。
そのまま、翠の部屋に聞き耳を立てる。
静かだ。
翠が、起きて来た時に謝ろう。
そう決めて、隣の部屋の様子を伺う。
けれど、いくら待っても、隣の部屋からはコトリとも音がしない。
いつしか、時計の針は七時を回り、両親が起きだす気配がする。
私はベッドから立ち上がる。
フローリングの冷たさが、体を貫く。
音を立てねように気をつけながら、自室のドアを開ける。
ガサリ。
足元で音がした。見ると、ドアの下に何か挟まっている。
見覚えのあるノートの切れ端だ。
拾い上げてみる。
『ごめんなさい。私が居るせいで、お姉ちゃんが悪者にされていた。その事に気が
つかず、ごめんなさい。私は家を出ます。今迄、ありがとうございました。』
翠の字だ。
慌てて自室を飛び出し、翠の部屋のドアを開ける。
誰も居ない。
ベッドは綺麗に整えられ、机の上もいつになくきちんと整頓されている。
―本当に家出した?―
心臓を鷲掴みされたように、体が震えあがる。
翠の部屋に入って、様子を確かめる。
外出時に持ち歩くリュックが無い。
お気に入りのコミックが本棚から抜かれている。
パジャマも、翠の大好きなアニメキャラの縫いぐるみも消えている。
私の脳裏に、大切な持ち物を泣きながらリュックに詰め込む翠の姿が浮かぶ。
「ほんとに…家出したんだ」
転げるように一階に下りる。
玄関の様子を確かめる。
翠が一番気に入っているバスケシューズが無い。
いよいよ本当に家出だ。
ダイニングキッチンに駆け込む。
ちょうど、お母さんが朝食の準備中だった。
「おはよう。どうしたの? 朝から、慌て…」
その言葉の終わる前に、ひしと母の腕に縋り付く。
「大変! 翠が家出した!」
え…?
怪訝な顔で私を見つめる母に、翠が残していったメモを見せる。
母の顔色が変わる。
「昨日の夜、翠が家を出るって言ってきたの。私、その時、早く居なくなってって
言っちゃったの。私、一体どうしよう」
「とにかく、落ち着きなさい。翠は部屋に居ないのね?」
「リュックが無くなってて、他にも翠が好きだった物が幾つか無くなってる。靴も
無いし…」
「じゃあ、本当に…」
どうした、どうした。
私と母の只ならぬ雰囲気を感じたのか、リビングからお父さんがやってきた。
お母さんが翠のメモを手渡す。
メモに目を通したお父さんが絶句する。
「とにかく、翠の立ち回りそうな所を手分けして捜しましょう」
最初に落ち着きを取り戻した母が、指示を出す。
「お母さん。翠は、咲穂里姉ちゃんのとこに行く気がじゃないかな」
「そうね。それが、一番ありそうね。行くとしたら……電車」
「じゃあ、私は駅の方を捜してくる」
「お願い。咲穂里ちゃんには私の方から連絡する。それから、私はアウトレットの
方を探してみる。あそこからは、長距離バスが出てるから」
「分かった」
「あの…。俺は何を…」
お父さんがオロオロしている。
「あなたはここに居て頂戴。連絡係が必要よ、それと、もしも一時間経っても翠が
見つからなかった場合は、警察と学校に連絡して」
「うむ。分かった」
「お父さん。もしも、翠が戻ってきたら、引き留めてて。私が凄く反省している。
謝ってたって伝えて!」




