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猫イモウト  作者: 須羽ヴィオラ
33/39

第十章 願い #3

 ドスン。

 誰かとぶつかった。

「ご、ごめんなさい」

 慌てて頭を下げる。

 考え事をしながら歩いていて、前を見ていなかった。

 いや、それとも意識が一瞬跳んでいたのか…。


 そもそも私、何を考えていたんだっけ…。

 うたた寝から覚めたようで、記憶がはっきりしない。

 えーと…。何だっけ…。

 そうだ、思い出した。

 三笠君に、彼女がいるらしい事が分って、落ち込んでたんだっけ。

 ああ、思い出すんじゃなかった。胸が痛くなる。


 気を取り直して、再び歩き出す。

 そりゃあね、私だって。三笠君と親しくなった自分を夢見ることだってあるよ。

 おしゃべりしたり、映画みたり、遊園地いったり。

 壁ドンされたり、背伸びしてキスしたり。

 空想のなかではね。

 でも、現実には三笠君と何の話をすれば良いのも、見当がつかないでいる。

 はぁ…。溜息がこぼれ出る。まるで、体中が溜息で埋め尽くされてるみたいだ。

 彼女さんが居るのを承知で告白すべきか。

 それとも、思いを胸の中にしまったまま、消え去るべきか。

 何度目かの堂々巡りを繰り返す。


 ふと気が付くと、私は横断歩道の前に立っていた。

 あっ。また考え事してて前後不覚になっていた。

 私の斜め前にいた猫が歩き始めた。

 私も、その猫につられて、足を踏み出す。


 パッパッー。けたたましい警笛。キキーッというタイヤの悲鳴。ガッシャーンと

何かが倒れる音。

 三つの事が同時に起こった。

 音の方向を見ると、自転車に乗ったまま、横断歩道に横たわる三笠君が居た。

「馬鹿野郎。どこ見て歩ってるんだ」 

 三笠君から、ほんの数十センチ手前で止まった自動車から罵声が聞こえる。

 横断歩道の先の信号を見ると赤だ。三笠君、信号無視をしたらしい。

「す、すみません」

 三笠君が、体を摩りながら立ち上がり、自動車の方に頭を下げる。

 ああ、良かった。怪我はしていないようだ。

 三笠君を撥ねそこなった自動車が、轟音を立てて走り去っていく。


「三笠君、大丈夫?」

 歩道に戻った三笠君に声をかける。

「うん。どうやらね…。それに、ネコモリサマも無事なようだ」

「?」

 三笠君の視線の先を追うと、私の隣で猫が腰を抜かしていた。

 太い体の白黒のブチ猫。黒い顔で、鼻の下の部分だけ白くて口髭みたいだ。

「あなたも、災難だったね」

 私が猫を抱き上げようとすると、髭の猫は腰を抜かしたままで、前足を伸ばして

暴れている。

 よく見ると、地面にドラ焼きが落ちていた。

「これ、あなたのなの?」

 ドラ焼きを拾い上げ、猫の目の前にかざすと、

―それは、儂のじゃ―

 と言わんばかりにドラ焼きをひったくって、前足で抱え込んだ。


「食い意地が張ってるのね、ネコモリサマ」

 ネコモリサマ?

 あれ? 私、この猫の名前を知ってる。なんでかしら?

 そう思う間もなく、髭の猫はドラ焼きを口に咥えて、どこかに走り去った。

 何なのよ、もう。イーっだ。

 ネコモリサマに向かって、鼻のシワを造ってみせる。


「どうやら、これで上手くいったね」三笠君が声をかけてくる。

「上手く…? いった…? あの…いったい何の話ですか?」

「覚えてない? 猫になった翠ちゃんを人間に戻す話さ」

 猫になった翠?

 翠………、猫………、ネコモリサマ………。

 …………………。


 そうだ、思い出した。ミドリを人間に戻すために、過去に戻ってきたんだっけ。

「思い出したかい? 作戦成功みたいだよ。周りの様子をみてごらん」

 三笠君に促されて、周囲に目を移す。


 えっ!?

 不思議な映像が目に飛び込んできた。

 周りの人や車が、ビデオの早送りの様に高速で動いている。

 うわっ!? 

 通行人が私にぶつかった。思わず目をつぶる。

 しかし、体に何の衝撃も感じない。

 目を開ける。早送りの人々が次々と私の体をすり抜けていく。

 さらに、私を取り巻く早送りの風景が、段々と色あせてくる。

 遠くの空や建物は、既に色が消えて白い輪郭だけが残っている。

「僕たちは、時間の(はざま)に居るんだよ、きっと」

「どういうこと?」

「僕たちは歴史を書き換えたんだ」

「歴史を…、書き換えた?」

「そう。翠ちゃんが猫になったのは、濱野さんがネコモリサマを助けたのが発端。

でも、今のでネコモリサマを助けたのは、僕って事になった」

「そうか。だから、ネコモリサマは私の所に恩返しには来ない。私が翠を猫にする

願いをすることもない」

「そう。これで元通り、翠ちゃんは人間に戻る。てか、何も起こらない事になる」


「ありがとう! 三笠君」

 私は、思わず三笠君に抱き着いた。

「ありがとう、三笠君のお陰で、翠は人間に戻れる。ありがとう、ありがとう…」

 感謝の言葉が途中から涙声になる。

 そんな私を三笠君が優しく抱きしめてくれている。

 止めようとしても、涙が流れ続ける。

 それは、なんとも心地よい、暖かな涙だった。


 はっ!

 あることに気がついて、急いで三笠君から体を離す。

「ごめんなさい。あんまり、嬉しくって。三笠君。彼女さんが居るのに、こんな事

して迷惑だったですよね」

 と慌てて言い繕う。

「迷惑なんかじゃないさ。それに、僕に彼女なんかいないよ」

「えっ? でも、アーちゃんは、三笠君が女の子と手を繋いでいる処を見たって」

「それ、妹だよ。一昨日は買い物につきあわされてたんだ」

「えっ! そうなの?!」

「そこに牟田口さんが来たんだ。あの人、噂好きだろ。それで、身を隠す素振りを

したら、それに気づいた妹が急に僕の手をとって、恋人繋ぎを始めたんだよ。僕の

妹は、すっごく悪戯好きなんだよ」

「…そうなんですか…」

「それを、牟田口さんに見咎められた。それから、昨日の朝、君が牟田口さん達に

絡まれてから様子が変わった。きっと妙な噂を吹き込まれたに違いないと思って、

弁明する機会を伺ってたんだ」

 そうか、三笠君が私の後をついて来たのは、そういう理由だったんだ。

 あれっ、でも待って。それって、三笠君が私の事を気にしてくれてるって事?


「濱野さん。君はさっき、自分の気持ちを僕に伝えてくれた。だから、今度は僕の

番だ」

 三笠君が急に真剣な顔になる。

 何だろう? この高揚感覚は。何か、とっても素敵な事が始まる気がする。

「濱野さん。ずっと前から、君の事が好きだった。僕と、付き合って下さい」


 ああ、夢なのか、夢なのか、夢なのか。

 こんな夢のような事が本当にあるなんて。

 また、涙が出てきた。

 両方の掌で顔を被う。顔を上げていられない。

「濱野さん?」

 三笠君が私の答えを待っている。

 うん、うん。

 泣きながら頷いてみせる。

「ありがとう」

 三笠君が優しく私を抱きしめる。私は三笠君の胸の中で暖かい涙を流し続ける。

 ああ、夢なら覚めないでほしい。この夢が永遠に続いてほしい。

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