第十章 願い #1
三笠君が、涙を拭いながら私の体を離す。
「僕に考えがあるんだ。ネコモリサマと話をさせてくれないか」
「うん」
三笠君がネコモリサマを振り返る。
「ネコモリサマ。ネコモリサマに質問するのは、お願いの数には入りませんよね」
「ん? まあ、そういう事で構わんよ」
「それじゃ、早速。ネコモリサマはカモンさんの事を覚えていますか?」
「カモン? お主、どうしてカモンの事を知っとるんじゃ?」
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「僕達が最初にこの場所に来た時、ネコモリサマが話してくれたじゃないですか。
サシチさんの恩返しは願いの数が無制限だったけれど、カモンさんから願いの数を
三つにしたって」
「儂、そんな話、したかのう?」
「確かに聞きました。それで、そのカモンさんのフルネームを覚えてますか?」
「フルネーム?」
「えーと。人間には、二つ名前があるんです。個人の名前と家の名前。僕の場合は
三笠が家の名前で、聖真が個人の名前。両方合わせてフルネームって言います」
「そんな物、聞いたかのう?」
「多分、聞いてると思いますけど…。思いだして貰えませんか」
うーむ。と腕を組んで、じゃない、前足を組んでネコモリサマが考える。
三笠君、なんだってまた、カモンって人の話を持ち出したんだろう。
翠を人間に戻す話と何か関係があるんだろうか?
「おうっ。思い出したわい。オクデラじゃ。オクデラ・カモンが、奴の名前じゃ」
「そうですか…。やっぱり…」
三笠君、何を納得しなのか、盛んに頷いている。
「どうしたの? 三笠君。カモンさんて誰なの?」
「奥寺彩愛さんの話、覚えてる。彩愛さんの先祖のソウベエさんの話」
「覚えてる…けど」
「カモンさんとソウベエさんは同一人物だよ。カモンって、こんな字を書くんだ」
そういって、三笠君がスマホの画面に『掃部』という字を書いてみせた。
「彩愛さんは、これをソウベエと読んだんだよ、きっと」
「カモンさんとソウベエさんが同一人物だとして、それが恩返しと、どんな関係が
あるの?」
「いいかい。仁連素子さんと奥寺彩愛さんの話を纏めると、こうだ。まず奥寺掃部
さんが、ネコモリサマを助けた。それが切っ掛けで猯穴古墳に猫守神社が建った。
その後、仁連佐七さんがネコモリサマを助け、仁連和菓子店に猫守神社が移った」
「ふんふん」
「これが僕たちが知ってる歴史。けれども、ネコモリサマの体感している順番は逆
なんだ。佐七さんの恩返しが先で、掃部さんの恩返しが後」
「どういうこと」
「つまり。ネコモリサマは、時間を自由に行き来できるってことさ」
「そういえば、ネコモリサマ、自分に歳のことを聞くのは無意味だって言ってた」
「間違いない。ネコモリサマは時間を行き来できる。これで、上手くいく」
「どうやって?」
「それは、今にわかる」
三笠君が、ネコモリサマの方を振り返る。
「ネコモリサマ。濱野さんの三番目の願いが決まりました」
「決まりましたって…。願いを決めるのは美寿穂じゃぞ。お前さんじゃない」
ここにきて、ネコモリサマがまた意地悪を言い出した。
三笠君が助けを求めるように、私に視線を送ってよこす。
「あの。三笠君は、私のアドバイザーなんです。だから、三笠君が言ったことは、
私が言った事と同じでして……」
「ほう。アドバイザー。そりゃ、どういう関係のことなんじゃな?」ニヤニヤ
むむむ。ネコモリサマ、別な意味で意地悪だな全く。
「どういう意味でも何でも、私は三笠君を信じてるんで、言う通りにして下さい」
「ありがとう。濱野さん」
三笠君が私の目を見ながら頷く。
私、いま凄く恥ずかしいセリフを言った気がする…。
て言うか…。さっき、これが最後と思って、三笠君に告白したんだっけ…。
なんか、急に顔が熱くなってきた。
「ふーん。それは…、羨ましいことですな…」
と、ネコモリサマが不貞腐れたような言葉を吐く。
「で…。願いは何?」
「最後の願いは、世界を繋ぎ変える願いじゃありません。僕達を、ネコモリサマと
濱野さんが最初に会った時間に連れて行って欲しいんです」
「ほーっ。そりゃ、初めて聞く願いじゃの。あのサシチもそんな事は言わなんだ」
「それじゃ、今まで、やったことが無いんですか?」
「やったことは無いが、世界を繋ぎ変えるよりは簡単じゃ。儂についておいで」
ネコモリサマが先に立って歩き出す。私達はそれに続く。
ネコモリサマは、ときおり水の流れを覗き込む。
えーと、こっちが、あれじゃから…。この方向かのう?
ここが、あそこら辺じゃから…。もう少し先かのう?
独り言を呟きながら、歩みを進めるネコモリサマ。
暫くして、つとネコモリサマが立ち止まる。
「ここじゃな、きっと。場所が合ってるか、確かめてみい」
ネコモリサマが前足で、水の流れを指し示す。
促されるまま、二人で水の中を覗き込む。
揺れる水面の向こうに、トボトボと歩く私の姿が見える。
ウワー! 私、こんな泣きそうな顔で歩いてたんだ。超絶恥ずかしい。
隣に居る三笠君の顔をチラ見すると、真剣な顔で水の中を観察している。
その視線の先を辿ると…。
あれっ? 私の数メートルほど後ろに自転車を押している三笠君の姿がある。
水鏡の中の三笠君は、私の様子を伺うように歩調を合わせて、ついて来ている。
この後、私が車とぶつかりそうになるのを、三笠君に見られる事になるんだけれ
ども、それは偶然の出来事だと思っていた。でも、そうじゃなかたって事?




