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猫イモウト  作者: 須羽ヴィオラ
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第九章 身代わり #3

「濱野さん。辺りの様子がおかしい。何かあったんじゃないか?」

 三笠君が、不安げな顔で小走りして来る。

 私は急いで顔をそむけ、気づかれぬように泪をぬぐう。

「風が止んで、遠くの景色がなくなってる。ネコモリサマも見当たらない」

「…そ、そうだね。どこ…行ったんだ…ろう」


 ん? と、私の反応を訝る三笠君。

 背を向けていても、三笠君が私の挙動を不審がっているのが分る。

「どうしたの。濱野さん」

「な、何でもないよ…」と答えてみるが、声が上ずってしまう。

「何でもなくないよ! 濱野さん、様子が変だ」

 三笠君が私の顔の前に回り込む。

「何でもないったら!」私は強く言って、三笠君から顔を背ける。

 三笠君が私の両肩を掴んで、私の正面に立つ。

 私の泪を見て三笠君が驚く。

「泣いてるじゃないか。何があったの」

「………」

「…話して…くれないかい?」三笠君の優しい瞳が私を見つめる。


 ああ、三笠君のことを考えるのを完全に忘れていた。

 三笠君のお陰で此処まで来れた。三笠君がいたネコモリサマにも会えた。

 それなのに、私はちゃんと御礼を言っていない。私の思いも…伝えていない。

 もう、二度と会えないというのに…。


 私は頬の泪を拭い、精一杯の笑顔をこしらえる。

「私、ネコモリサマにお願いをしたの…。翠を人間に戻せるお願い」

「えっ?! どんな?」

「…それは、後で話す…。…その前に大事なお話があるの」

「大事な話?」

「そう、とても大切な話。今まで、誰にも言えなかった。三笠くんにも…」

「ん? 僕に?」

「恥かしくて、口に出せなかった。でも、ネコモリサマの願いが叶ったら、私達の

記憶は消えてしまう。だから…、もう何を言っても恥ずかしくない…」


「………」

「私ね…、三笠君の事がずっと前から好きでした」

「………」

「今まで、遠くから憧れてるだけだった。でも、今日は朝からずっと一緒にいて、

三笠君が賢くて、行動力があって、そして、とっても優しいって、よく分った」

「………」

「やっぱり、三笠君は私の思った通りの素敵な人だった。私、三笠君の事を好きに

なって本当に良かった」

「ありがとう。濱野さん、とても嬉しいよ。だけど、どうして濱野さん、そんなに

悲しい顔をしてるの?」

「それは……、これで…。三笠君とお別れだから…」

「お別れ? どうして?」

「私、ネコモリサマにお願いしたの。翠を人間に戻す代わりに私を猫にしてって」


「そんな、そんな、そんなの駄目だよ。直ぐに中止して貰おう」

「ううん。いいの、このままで。翠を人間に戻す方法はこれしかない。私は、翠を

人間に戻すのが一番の望み…」

「でも、それじゃ、君が」

「…私は、今まで充分幸せだった。次は翠が幸せになる番。それに、私は三笠君に

思いを伝える事ができた。三笠君。私、あなたの事を好きでいられて幸せだった。

だから、この幸せな気持ちのまま、お別れさせて」


 駄目だ。

 三笠君が、私を抱きしめる。

「駄目だ。駄目だよ。君が居なくなるなんて。君を、君を失いたくない」

 三笠君の声が震えている。泣いているんだ。

 三笠君が私のために泣いてくれている。

 と、思う間もなく三笠君が体を離す。

「ネコモリサマ! 出てきてください。今の濱野さんの願いはキャンセルだ。濱野

さんを猫にする願いは中止にしてくれ!」

 三笠君が、空中部屋のあった辺りの場所に向かって大声を張りあげる。

「ネコモリサマ! 今の願いはキャンセルだ。中止にしてくれ!!」

 返事はない。三笠君が、四方に向かって叫び続ける。

「ネコモリサマ! ネコモリサマ! やい! 髭猫。出てこい! 願いを今すぐ、

中止にしろ」


「私が呼ばないと、ネコモリサマは出て来てくれないと思う」

 と三笠君に告げる。

「じゃぁ、ネコモリサマを呼び出して……。そして、願いを中止にして」

「でも…」

「翠ちゃんを戻す方法なら他にあるんだ。ネコモリサマを呼び出して、今の願いを

中止にしてくれ……。頼む、僕のために」

 僕のために。その言葉が、私の胸に響く。


「ネコモリサマ。ネコモリサマ。お話したいことがあります。出てきてください」

 返事がない。空中部屋からの唸り音だけが聞こえる。

「ネコモリサマ。ネコモリサマ」


「聞こえとるよ」

 風景の一部がめくれ上がり、目の前に空中部屋が出現する。

「全部聞いとったぞぉ。髭猫で悪かったのう!」

 ネコモリサマが三笠君を睨みつける。

「聞いてたんなら、話が早い。濱野さんが猫になる願いを、直ぐ中止して下さい」

 三笠君がネコモリサマの前に跪く。ネコモリサマが、私の顔を見る。

「美寿穂も、それでいいのかの?」

 三笠君が私の目を見て、強く頷く。

「わがまま言って済みません。出来るなら、キャンセルにして下さい」

「ふむ……。キャンセルね。まぁ、儂も気乗りせんかったから、それで構わんよ。

なあに、只、準備しとっただけじゃから、別に気にすることはない」

 ネコモリサマがウインクしてみせる。

 きっと、私を猫にする気なんか、最初からなかったんだ。


 三笠君が、私をきつく抱きしめる。

「良かった。本当に…、良かった」

 三笠君が泣いている。

 こんなにも、私の事を案じてくれていたなんて。

 私も、三笠君の背中に腕を回し、力の限り抱きしめた。


 ウォッホン。

 ネコモリサマが咳払いえをした。

「取り込み中、恐縮じゃがのう。結果的にキャンセルになったが、美寿穂が願いを

言った事に変わりは無いからのう。叶えられる願いは、あと一つだけじゃぞ」


 私達は抱擁を解いて、お互いの顔を見合わせる。

 願いはあと一つだけ。

 残された最後の願いだけで、本当に翠を人間に戻せるだろうか?

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