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猫イモウト  作者: 須羽ヴィオラ
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第八章 ミドリ #3

 タタタタタ。

 幼稚園児くらいの女の子が走って来て、翠を抱き上げる。

「ミドリ。かくれんぼは、お終いだよ。もう、お家へ帰ろう」

 そう言いながら、女の子は翠にほお擦りする。

 翠は嫌がる様子も見せずに、女の子に抱かれている。


 えっ? 人違い、いや、猫違いだった?

 三笠君と顔を見合わせる。

 その間に、女の子は翠を抱いたまま、私と反対方向に歩き出す。


「ま、待って!」

 走っていって女の子を呼び止める。

 振り返った女の子が怪訝そうな顔で私を見つめる。

 私は女の子の前にしゃがみ込み、出来るだけ、落ち着いた口調で

「その猫、見せて貰えるかな」と尋ねてみる。

 女の子の子が警戒心を顕わにするが、それを無視して、翠の様子をあらためる。

 一点の曇りも無い真っ白な肢体。長くエレガントな尻尾。グリーンの綺麗な瞳。

 間違いない。この猫は翠だ。


「あの。この猫、私の猫なの。だから、その…返して…、貰えるかな」

 これ以上ない丁寧さで、女の子に語りかける。

 女の子が泣き出しそうな顔で後退りする。

「あの…」と手を伸ばすと、女の子は翠を抱えたまま逃げ出した。

 

 「パパー」

 女の子の駆けて行く先には、ベンチでうたた寝する父親らしき男性が居た。

 女の子は、ときおり私の方に視線を向けながら、父親に何かを訴えかけている。

 父親は、私達を一瞥すると、立ち上がって私達の方に歩いて来る。

 その背中に隠れるように、翠を抱いた女の子が付き従う。

 どうしようか? 私と三笠君が顔を見合わせる。


「うちの猫が、君の飼ってた猫なんだって?」

 単刀直入な物言いだ。

 飼っていた、という言葉には抵抗がある。

 翠は私の妹だ。

「あの…、翠とは、ずっと一緒に暮らしてました」

「ミドリ? うちで付けた名前と同じだね…。ずっとって、いつからなの」

「翠が生まれた時からです。もう、十五年位経ちます」

 ありのままを正直に答える。

「十五年? それだと、猫としてはかなりの年寄りだね。だけど、ミドリはもっと

若い猫のように思うけど…」

 しまった。ありのままを伝えたけど、翠が猫として考えると、変な具合になる。

 返答に窮して口ごもる。

「まあ、それは良い。君の猫は何時から居なくなったんだい?」

「今朝、家を出て行ったんです。昨日、喧嘩してしまって…」

 これまた、包み隠す真実を告げる。

「今朝? このは一週間位前に、うちの庭に迷い込んで来たんだよ」

 翠を抱いた女の子が、そうだそうだと相槌を打つ。

 また、失敗した。

 こちらの世界では、そんな歴史になっているなんて、思いもよらなかった。


「どうやら、君の猫とは違うようだね」

 女の子の父親が冷たい言葉をなげてくる。

「いえ、あの…。間違いないです。この子は翠なんです」

 懸命に弁明する。

「そう言われてねえ…。何か証拠とか持ってないの? 写真とか?」

 写真なぞ、有るはずがなかった。翠が猫になったのは今朝の出来事で、その事に

私が気付く前に、翠は出て行ってしまったのだから。

 返す言葉が見つからない。

 女の子の父親が憐れむような顔で私を見る。

「見ての通りで、うちの娘もこの猫を気に入ってるんだ。申し訳ないけど、確証も

無しに猫を渡すわけにはいかないなぁ」

 そう言い残すと、父娘おやこは私に背を向けて歩き出す。

 私は何も言えずに立ち尽くす。

 父娘は、ベンチに置いてあった猫のキャリーバッグに翠を押し込むと、振り返る

こともなく、公園の出口に向かって歩きだす。


 ああ、どうしたらいいの。

 三笠君が寄ってきて、そっと私の肩に手を置く。

 助けを求めるように三笠君を仰ぎ見るが、三笠君も悲し気な顔で私を見つめる。

 父娘の姿が遠ざかる。

 翠が行ってしまう。

 私の胸に絶望が降りかかる。

 涙が出てきた。

 私は、その場にしゃがみ込み、声を出して泣き始めた。

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