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猫イモウト  作者: 須羽ヴィオラ
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第八章 ミドリ #2

 私は風の掌に受け止められた。

 水の中に飛び込んだ筈なのに、プールで着水するときのような衝撃はなかった。

 私は今、空を飛んでいる。

 いや、何かに向かって落ちている。

 落ちている先は真っ白で、何も見えない。

 

 いや、落ちている、という表現が正しいのかすら分からない。

 ただ、自分の足で立っている感覚はなく、強い風を真正面から受けている。

 その感触が、落ちていると思わせているのだ。

 目の前に広がる真っ白な風景の中に、ぼんやりと何かの輪郭が見えはじめた。

 カメラのピントが合うように、ぼやけていた輪郭が徐々に鮮明になっていく。

 同時に真っ白な世界に段々と色が現れてくる。

 目の前に、航空写真のような景色が見えはじめた。

 本当に空を飛んでいるみたいだ。

 地面が近づいてくる。物の輪郭は鮮明になり、世界の色は更に鮮やかになる。

 私、いま超次元から現実世界に向かっているんだ。

 そんな考えが、自然に涌いてきた。


 その時、ふいに右手を掴まれた。

 はっとして振り向くと、三笠君がいた。

 大の字になって風を受け、懸命に顔を私の方に向けている。

 三笠君、私を心配して、追っかけてきてくれたんだ、きっと。

 その事が、涙が出るほどに嬉しかった。


 目の前の地上がどんどん近づいて来る。

 もう、完全に落下しているのと同じだ。

 私達、これからどうなるんだろう。

 このままの地面に激突して終わり?

 嫌な考えが頭をかすめる。


 ぐんぐん地上が近づく。町並みや車の流れ、人の往来まで見て取れる。

 まさか、本当にこのまま地面に…。

 思わず目を閉じる。

 と同時にエレベーターが停まるときに感じるような、急激な減速感を受ける。

 次の瞬間、体の全部が何かと置き換わって行くような不思議な感触に襲われる。

 その刹那、私は意識を失った。


 〇


「濱野さん。濱野さん」

 体を揺り動かされて、目が覚める。

「濱野さん。濱野さん。大丈夫?」

 んーん。何だろう、此処は何処? 私、何をしていたんだっけ?

「濱野さん。目が覚めたかい」

 目の前に、大写しの三笠君の顔が見える。

 えっ! えっ! いったい何? 今、何が起こってるの?

「えーと、何だっけ?」と素直に疑問を口にする。

「傷の手当てをしていたら、濱野さんが急に気を失ったんだよ」

「傷の…手当て…?」

 膝小僧に擦りむくいたような痛みがある事に気がついた。

 膝頭には傷絆が貼られている。

「覚えてないのかい。君は僕の乗った自転車とぶつかったんだ。」


 そうだ。思い出した。私の不注意で、三笠君とぶつかったんだっけ。

 昨日は自動車に轢かれそうなところを見られるし、何てドジなんだ、私。

「ごめんなさい、ありがとうございました」

 恥ずかしさで、いたたまれなくなり、お礼もそこそこに、その場から逃げ出そう

として立ち上がる。

「ちょっと待って」

 三笠君に手首を掴まれた。

「濱野さん、何か大事なものを探してるんじゃなかったっけ?」


 何か…大事なもの…。

 三笠君の言葉が私の記憶を揺さぶった。

 そうだ。私は、何かとても大切なものを探していた。

 その事に心を奪われていて、三笠と衝突したんだ。

 何だっけ、何を捜していたんだっけ。

 とても大切なもの。決して忘れてはいけないもの。

 でも、思い出せない。

 自分の心が自分のものでないような不思議な感じがする。


 三笠君の隣に腰を下ろし、コメカミに手を当て、記憶を掘り起こそうと試みる。

「どうしたの? 傷がまだ痛む?」

 三笠君が心配顔で尋ねてくる。

「大丈夫。この傷絆のお陰で楽になった」

 話の流れで膝小僧に手を伸ばした時、スカートのポケットに何か入っている事に

気がついた。

 取り出してみると、カワセミの絵が描かれた缶バッチだった。

 これは私のコレクションの一つだ。いつもは自室の壁に飾ってある。

 何故、こんな物を持って外出したんだっけ?


 缶バッチとにらめっこしながら考える。

 あぶり出しの文字が、火にかざして現れるように、ぼんやりとした記憶が次第に

蘇ってくる。

 そうだ、この缶バッチは私が用心のために持ってきたんだ。何かを忘れた時に、

思い出すヒントになるように。

 このバッチは、正に今、この瞬間のために用意してきた物なんだ。


 カワセミがヒントなんだ。カワセミがヒントになっているんだ。

 カワセミは私のお気に入りのマスコット。

 幼い日、私は、あのエメラルドのような羽根の色に魅せられた。

 森の中の宝石のように煌めく、あのグリーンが私は好きだ。

 カワセミ…。翡翠…。グリーン…。ミドリ…。翠…。

 ………翠、………翠。翠、翠、翠。


「思い出した! 私は翠を探しているんだ! 妹の翠を! 猫になった翠を!!」

 思わず、大きな声が出る。

「んん? どうしたの?」と怪訝そうな顔を作る三笠君。

「思い出したの。私の捜しているのは妹の翠。猫になった妹の翠」

「猫になった…? 妹…?」

 三笠君は益々困惑した顔になる。

「三笠君。思い出して! 二人して、猫守神社に行った事。猯穴古墳に行った事。

そこからネコモリサマの隠れ家に行った事」

「猫…守…様。ネコモリサマ…。……ネコモリサマ! ネコモリサマ!!」

 三笠君がパッと明るくなる。

「思い出したよ。ネコモリサマの超次元から、翠ちゃんがこの世界に落っこちた。

僕たち翠ちゃんを捜すために、ここに来たんだ」

 そうだ。そうだよ。三笠君。私達は手を取り合って喜んだ。


 さて、いつまでも喜んでばかりはいられない。早速、翠を捜さないと。

 さっき、ネコモリサマの隠れ家から見た様子では、翠はこの公園にいる筈。

 でも、この公園は一望で見渡せる程の大きさなのに、翠の姿は見当たらない。

 猫だったら、狭い所が好きなんじゃないかな。

 三笠君のアドバイスで、植え込みや遊具の影を探してみる。

 けれど、その探索も徒労に終わる。

「いないねぇ」

 三笠君と顔を見合わせる。

 そのとき、砂場の向こうに作られた小山の繁みから、真っ白な猫が姿を現した。

 翠だ!!


 ホッと肩を撫でおろす。

「翠…」

 そう呼びかけながら、翠の方に足を踏み出した。

 まさにその瞬間、目の前で全く予期していなかった出来事が起こった。 

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