第八用 ミドリ #1
ネコモリイサマと出会った超次元の世界に戻ってきた。
ここが、ネコモリサマの隠れ家だったんだ。
翠が私の足にじゃれついてくる。
「ありがとう、翠。翠のおかげで戻ってこれた」
翠を抱き上げてほお擦りをする。
翠がこそばゆいような顔をしながら、ミャァと鳴く。
「あっ。そういえば、三笠君は?」
辺りを捜す。しかし、見渡すかぎりの白い草原で人の姿は見つけられない。
ゥゥァァアー。
頭上から、絶叫が聞こえてきた。
咄嗟に身をかわす。
ドサツ。
という音とともに、さっきまで私が立っていた場所に、三笠君が降ってきた。
「イッター」
「大丈夫? 三笠君」
「平気、平気」
私とおなじように三笠君が、お尻をさすりながら立ち上がる。
三笠君は、辺りの景色を見渡す。
「ここがネコモリイサマの隠れ家? すごいな本当に、こんな所があったんだ」
三笠君の感心は、すぐに超次元の世界に移ったようだ。
白い空を見上げたり、白い草を調べて見たりしている。
翠も、ここに来るのは初めてなので、そこかしこに首を突っ込んで匂いを嗅いで
いる。
さて、ここで私は三笠君に超次元の世界について説明してあげた。といっても、
すべてネコモリイサマの受け売りなのだが。
「この水の流れが、僕達の時間なのか。流れが分岐してるのは、時間が分かれた、
つまりパラレルワールドが出来たってことなんだな、きっと」
三笠君、強心臓だ。私が初めてここに来た時は、そんな事考える余裕なかった。
「ところで、濱野さん。ネコモリサマって何処にいるんだろ」
そうだ。すっかり忘れてた。ネコモリサマに会うために来たんだっけ。
「ネコモリサマ。美寿穂です。隠れ家、見つけましたよ。出て来て下さい」
大声で呼ばったが、返事はない。
「ネコモリサマ? 聞こえているんでしょ。隠れてないで出て来てください」
またも、無反応だ。
「どうしたのかな? 出かけてるのかな」
だんだん不安になってくる。
「ネコモリサマ、隠れ家を見つけたら、翠を人間に戻す約束でしょ。隠れてないで
出て来てください」
「さっきから、ここにおるよ」
目の前の空間が風に吹かれたカーテンのように揺らぐ。空中に裂け目が出来て、
そこからネコモリサマが姿を現した。
「部外者が居るようだから、姿を見せるのを躊躇っとたんじゃ。そいつ、誰?」
ネコモリサマが、顎で三笠君を指す。
「彼は三笠君。私の…、その…、友達です。隠れ家探しを手伝って貰ったんです」
慌ててネコモリサマに三笠君を紹介する。
「はじめまして、三笠です」
三笠君がネコモリサマに頭を下げる。
ネコモリサマが三笠君の足元を嗅ぎ回るように歩き回る。
「なるほどのう。こいつが、此処を見つけたのか。確かに、頭の良さそうな匂いが
する」
「匂い? 匂いがするんですか?」と三笠君。
「そうじゃよ。頭の回転の早い奴は同じような匂いがするんじゃよ。昔、サシチと
いう切れ者がおったが、そいつと同じ匂いがする」
「サシチって、仁連の佐七さんのことですか?」
「サシチを知っとるのか? ほんにサシチは切れ者じゃった。サシチへの恩返しで
随分と願いを叶えさせられたもんじゃ…。まぁ、それはそれで面白かったがのう」
ネコモリサマが遠い目になる。ネコモリサマ、三笠を気に入ってくれたかな?
部外者だから出て行けとかなったら、心細いもの。
「サシチが町中に新しい神社を作ったお陰で、こっちにお供物が上がらなくなり、
有難迷惑じゃ。じゃから、カモンへの恩返しからは、願い事は三つだけと決めたん
じゃよ」
ネコモリサマが独り言のように呟く。
カモンさん? 知らない名だ。柿右衛門とか文左衛門と似た類の名前かな?
それとも、苗字? 佐門とか多門とかみたいな?
てか、ネコモリサマ、また誰かに助けられたのね。
そうだ、恩返しで思い出した。私の分の恩返しをして貰わないと。
「ネコモリサマ。私は隠れ家を見つけました。約束通り、翠を元に戻して下さい」
「また、その話? お前さんも、しつこいのう」
「しつこいって、妹の事を心配するのは当たり前じゃないですか」
ネコモリサマの無責任な発言に、思わず語気が強くなる。
「じゃが、その妹を猫にするよう望んのは、美寿穂じゃろが」
「だから、それは前にも言ったように一時の気の迷いなんです。早く、翠を人間に
戻して下さい」
「しかし、当人はどう思っとるのかのぉ。案外、猫になったのを楽しんどりゃせん
かのぉ?」
「何言ってるんですが、そんな筈ないでしょ」
だんだん、ネコモリサマの発言に腹が立ってきた。
「でも、やっぱり当人に確認してみないと、分らんじゃろ」
「今の翠は猫なんです! そんなこと聞いたって答えられないでしょ」
「…ふーん。そうかのう」
ネコモリサマが妙な顔でニヤついてみせる。
ハッとして、私は慌てて翠の姿を探しはじめる。
何処に行ったのだろう。辺りに翠の姿がない。
「翠。翠。何処にいったの」
声を出して呼んでみる。
反応は無い。
もう一度、目を凝らして辺りを見渡す。
見つからない。
しまった。真っ白の世界の中に真っ白な猫。紛れ込んだら見つけるのは大変だ。
もっと注意しておくべきだった。
「大変。翠が居なくなった」
三笠君に助けを求める。
「翠ちゃんが、居なくなったって」
近くの白い岩石を観察していた三笠君が、慌ててやってきた。
「そうなの。一緒に探して…」
「さっきまで、あそこに居たようだったけど…」三笠君が、数メートル程先の水の
流れを指さす。
その場に走っていく。
「翠。翠。何処に居るの」
呼べど叫べど、返事がない。
あたりの草をかき分けても、影も形も見当たらない。
「濱野さん。来て!」
三笠君が何かを見つけたようだ。
急いで三笠君の側に行く。
「水の流れの中を見て…」
言われるままに、足元の小川の中を覗いてみる。
水の流れの中には、どこかの公園の様子が映っていた。
見覚えのある場所…。
そうだ、今朝、三笠君の自転車と衝突したあと、手当てをして貰った公園だ。
私が座っていたベンチもある。
「アッ。翠が居る!」
ベンチの下から翠が現れ、不安そうな面持ちで、辺りの様子を伺っている。
「な…なんで、翠がこの中に!?」
「何かにジャレていて、その中に落ちたようじゃのう」
いつの間にか側にやってきたネコモリサマが、事も無げに呟く。
「知ってたんですか!?」
「まぁ、そうじゃのう」
酷い、酷いよ。何て意地悪なんだろう。ネコモリサマ。
思いっきりの眼力で睨みつける。
「そうじゃのう。妹を、無事に連れ戻せたら、願いについて少しは考えてやっても
よいのう」
ネコモリサマが馬鹿にしたように顔で、追い打ちの言葉を発する。
悔しい。私は、こんなに一生懸命なのに。涙が滲んできた。
でも、泣いてる場合じゃない。
何とか翠を助けないと。
でも、どうやって、翠が居るあの場所に行けばいいんだろう?
そうだ。さっき、ネコモリサマは、翠はその世界に落ちた、と言っていた。
翠が行けたのなら…。
私は、覚悟を決めると、次の瞬間、目の前の水の流れの中に飛び込んだ。




