第七章 隠れ家 #3
ブブブブブ、ブブブブブ、ブブブブブ。
仁連和菓子店を出てから二十分程経った頃、スナホが震えた。
夢心地から覚めて、スマホを見る。
アーちゃんからの着信だった。
「もしもし。どうしたの、アーちゃん」
「美寿穂。三笠君、近くにいるなら代わって」
三笠君が自転車を留めて私のスマホを受け取る。私も自転車の荷台から下りて、
三笠君の隣でスマホからの声に耳を傾ける。
「電話代わりました。三笠です」
「彩愛です。早速だけど、さっき聞かれた猫守神社の場所、分かったよ。マリアナ
じゃあなくて、猯穴だった。町の北の方に猯穴古墳てのがあるんだけど、その辺に
ある筈」
「やっぱり、そうか。ありがとう。今、そこに向かってるんだ」
「そうなの!? 凄いな。良く分かったね」
「奥寺んの方は、どうやって分かったの?」
「うちのヒイお爺ちゃんが学校の先生だったらしく、この近隣の名所旧跡を調べて
本にしたらしいんだ。今日、蔵の虫干ししていて、偶然その本を見つけたの」
「なるほど…。もしかして、その本に猫守神社の伝承とか書かれてないかな?」
「ちょっと待ってね。今、調べる」
一旦、会話が途切れる。
暫くして、アーちゃんからの応答。
「あったよ。読むね」
何かしら、隠れ家探しのヒントが聞けるかもしれない。
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「寛文年間。今から三百五十年位前。猯穴の地に化け狸が住み着いて、近在の者が
難儀していた。そこに通り掛かったのが、旅の浪人で……奥寺……うーん? 何
て読むんだこれ…? ソウ……ベ……エ……かな? その人が化け狸退治を買って
出たらしいの」
化け狸? 話が意外な方向に向かった。
「ところが、化け狸の妖術に翻弄されて、ソウベエさんの妖怪退治も首尾よく進ま
ない。そうこうするうち、暴れ馬に轢かれそうになった猫をソウベエさんが助けた
のね」
あっ! と声を出して私と三笠君が顔を見合わせる。
きっと、その猫はネコモリサマだ。どんだけ長生きなの。てか、いっつも何かに
轢かれそうになるのね、ネコモリサマ。
「ん? なんか、あった?」
「何でもない。話を続けて」
「じゃあ、続き。ソウベエさんの助けた猫は不思議な力が使えたらしく、その力で
件の化け狸を追い出す事が出来た。近隣の者は、猫に大層感謝し、神社を建て篤く
奉った。ソウベエさんも村の器量良しを娶って帰農した。この人が私の先祖だね、
きっと」
なるほど、これで猯穴に猫守神社が有るのは確実になった。
アーちゃんに電話のお礼を言って、再び猯穴に急ぐ。
そこから、更に自転車で十分ほど走る。
田園風景の向かうに、鬱蒼とした木々に覆われた小山が現れる。
差し渡し二~三百メートル、高さは三~四十メートルもあるだろうか。
三笠君が自転車を降りて額の汗を拭う。私も荷台から降りて三笠君の隣に立つ。
「これが、猯穴古墳? かなり大きいのね」
「いや、全部が古墳じゃないよ、台地の上に古墳が造られたんだ。すまないけど、
ここからは歩きになる」
三笠くんが先にたって歩き出す。私は、自転車の前籠に収まっていた翠を抱えて
三笠君に続く。
舗装された道路から外れて少し歩くと、石段があった。
かなり時代もので、段がところどころ欠けている。
石段を何段か上る。両側に苔むした丸い石が見えてきた。
石の真ん中が、丸く穿たれている。きっと、鳥居の台座だったのだろう。
更に数十段上る。高さにして、三十メートル程だろう。少し平らな場所に出た。
ここが台地の頂上らしい。でも、見える範囲に、神社らしき物は見当たらない。
この台地の中に、高さ数メートル、半径三十メートル程の丸い丘陵がある。
この丘陵が、猯穴古墳の本体なんだ、きっと。
では、猫守神社は何処に? と辺りを探す。
石の階段が見つかった。この台地まで登ってきた石段より、更に古そうだ。
丘陵の頂上に、大きな欅の木が二本、絡まるように立っており、石段はその根元
まで続いている。
三笠君と一緒に石段を登る。
丘の頂には、二本の木に巻き込まれ、埋まるようにして、小さな祠があった。
「これが、猫守神社の本社ね。じゃぁ、この近くに隠れ家があるって、事よね」
「そうだね。きっと、近くに入り口があるんじゃないかな」
三笠君の発案で、祠を中心に隠れ家の入り口を探す。
けれど、一時間以上探索を続けても、それらしい物は見当たらない。
ここに着いた時は、直ぐ見つかるつもりでいたけど、だんだん焦り始めてくる。
「見つからないね。本当に隠れ家って、この近くなのかな」
ついつい弱気な発言になる。
「近くなんだと思う。きっと、簡単には見つからない、何か仕掛けがあると思う」
「仕掛け?」
「濱野さんが、仁連屋の猫守神社からネコモリサマの所に行くのに、何か切っ掛け
が有った?」
「あの時は、猫守神社に手を合わせて、『翠を人間に戻して』ってお願いした」
「じゃぁ、もう一度同じ事をしてみよう」
うん。わかった。
と早速、祠の前にしゃがんで、胸の前で手を合わせ、目をつむる。
「猫守さま、猫守さま。濱野美寿穂です。翠を元に戻してください。お願いです」
頭の中で、願いの言葉を唱える。
そのままの姿勢で、二分ほど待つ。
「ダメみたい。何にも起こらない」
「仁連屋さんの時と、何か違ってないかな?」
「……。そういえば、あの時は、翠も祠の前にいた…」
「なるほど…。じゃぁ、それを試してみよう」
三笠君に言われた事を試そうと、翠を探す。
「ミドリ、ミドリ」
さっき迄、直ぐそばに居たはずなのに、見当たらない。
「ミドリ、ミドリ」
もう一度、その名を呼ぶ。
ミャーオ。
呼びかけに応えるように、欅の木の向こうからミドリが姿を現した。
「翠、こっちに来て」
そう、呼びかける。
ところが、案に反して翠は私に背を向けて、欅の木の陰に姿を隠す。
「翠、こっちに来てってば…」
私は立ち上がって翠の後を追う。
それを知ってか、翠は欅の木の周りを回るように、どんどん先に行く。
ついに、猫守神社の反対側までやってきた。
猫守神社の裏側は、墳丘が大きく崩れていて、欅の太い根が露になっている。
その根が幾重にも重なる所に向かって、翠が猫座りしている。
翠の視線の先を見ると、根と根の間に何やら木の室ような暗い穴がある。
あれ? おかしいな? さっきまで、こんな穴は無かったはず。
私の様子を不審に思ったのか、三笠君がやってきた。
「どうしたの?」
「あれ」と、私は翠の視線の先の穴を指さす。「あの穴、さっきまでは無かった」
「確かに。さっき見たときは無かった…」三笠君も不思議がる。
「そうか、分かった」暫く思案していた三笠君が急に声を上げる。
「ネコモリサマの隠れ家だから、猫でないと見つけられないんだ」
我が意を得たり、とばかりに翠が頷く。
そして、スルリと身をひるがえすと、翠はその穴の中に飛び込んでいった。
「えっ! 待って」
私も、翠に続いてその穴に飛び込む。
ヒャー!!
暗い穴に飛び込んだ筈なのに、中は真っ白だった。
視界に入るものは全て白なので、上も下も、左右も分からない。
だけど、自分が落っこちているという感覚だけはある。
心臓が浮き上がるような感覚。
どれでけのスピードで落ちているのか、見当がつかない。
えー!? このまま地面に激突したら…。
そう思った瞬間、私はお尻から地面に落っこちた。
「イッター」
お尻をさすりながら、辺りの様子を確かめる。
白い大地、白い空、風になびく白い草原。
そこは、まさしくネコモリサマの世界だった。




