第七章 隠れ家 #1
あっ、待って! 行かないで。
ぼやけていくネコモリサマを追いかけるために、一歩踏み出した。
と、何かが顔にぶつかって、目の前に火花が飛び出し、視界が真っ暗になる。
鼻の頭が痛い。唇にも何か柔らかい物がぶつかった感触があった。
「痛~い」
鼻の頭を手で押さえながら目を開ける。
すると目の前に、私と同じように顔の中心を手で押さえた三笠君が居た。
「「だ、大丈夫」」
とお互いに声をかける。
ここで私は、自分が畳のうえに寝かされ、上半身を起こした状態である事に気が
付いた。
「あれっ、私、どうして…?」
「神社の前で、急に気を失ったんだよ。それで、僕と素子さんとで、ここまで運ん
だんだ」
と三笠君が説明してくれた。でも、三笠くんの顔が赤い? 熱でもあるのか。
スッと、部屋の障子が開いた。
「なになにっ? 今、アッとかキャッとか聞こえたけど」
素子さんだった。
「いやっ、そのっ…」と三笠君が口ごもる。
「何があったん?」と畳みかける素子さん。
「あの、濱野さんが、うわ言を言い出したんで、様子を見ようとして顔を覗き込ん
だら、急に起き上がったんで…」
「急に起き上がったんで…?」
「…顔と顔がぶつかったんです」
顔と顔がぶつかった? 私と三笠くんとが? そういえば、唇に柔らかいものが
当たった気がする。あれはなんだったんだ?
「なになに? イヤだよ、いくら二人きりだからって、人の家でキスするのは無し
だよ」と素子さんが揶揄うように笑う。
「いや、そんなことしてませんから」と大慌てて否定する三笠くん。
「本当?」
「ほ、本当です…」と照れながら否定する三笠くん。
「ならいいけど。私は店番があるから居なくなるけど、キスなら聞こえないように
お願いしますね」と可笑しなことを言いながら部屋を出て行った。
私と三笠くんが座敷の部屋に取り残される。
「あのぉ。さっきのは事故だから…、その…。気にしないで…」
三笠くんがあらぬ方向を見やりながら弁明する。
事故? やっぱり私、三笠くんとキスしちゃったの? 気が付かないうちに。
猛烈に顔が熱い。頭から湯気が立ちそうだ。
私と三笠くんが、お互いに背を向けたままで座っている。
言葉を発する雰囲気では無い…。困ったな、何を話せばいいだろう。
テコテコテコ、と、翠が小走りでやってきて、私の膝の上に乗っかった。
そうだ。悠長にしては居られない。
「あの、三笠くん。私、気絶してる間に、ネコモリサマに会ったの。それで…」
私は、超次元でのネコモリサマとの会話の内容を三笠くんに語って聞かせた。
翠を元に戻すため、24時間以内にネコモリサマの隠れ家を探さねばならぬ事も
伝えた。
「ネコモリサマの隠れ家…かぁ…。それだけじゃ、全くわからないな」
三笠君が腕組みして考える。
「そうだ…。ネコモリサマが以前に住んでた場所に入り口があるって言ってた」
「ネコモリサマが以前に住んで場所ねぇ。結局、その場所も分からないからなぁ」
「でも、ネコモリサマは、それがちゃんとしたヒントなんだって…」
そうか…。と、唸って三笠君がまた思案し始める。
暫くたって、三笠君が「なるほど、そういうことか」と頷いてみせる。
「何か分かったの」
「すこしね、ヒントのヒントくらい」
「ネコモリサマが以前に住んでた場所?」
「うん」
すごいよ三笠君。
「じゃぁ、急いで、そこへ…」
「うん。その前に…素子さんと、話をしないといけない」
「素子さんと?」
「ああ」
三笠君は、そう言うと立ち上がって、座敷の襖を開ける。
襖の向こうは、和菓屋の店内に繋がっていた。
「あら、濱野さん、具合いはもういいの?」
私と三笠君に気づいて、素子さんが声をかけてくれた。
「もう、何ともないです。ありがとうございました」
と頭をさげる。
「素子さん。ちょっと、教えて欲しいんことがあるんですけど」
三笠君が質問を切り出した。
「うん? 何でも聞いて。でも、キスの仕方とかは知ってるんでしょ?」
「何で、そうなるんですか。真面目な話なんですけど…」
「ごめん、ごめん。で、なに?」
「猫守神社の由緒話では、こちらの先祖の仁連佐七さんが、この場所に新しく猫守
神社を建てたって事になってますよね」
「うん。そうだよ」
「って事は…。別の場所に、前の猫守神社があるって意味だと思うんですけど…」
なるほど。ネコモリサマが以前に住んでた所って、そう意味なのか。
「そういえば、ここは新社で、前に本社が有ったって聞いた事がある」
「で、その場所はどこなんでしょう」
私と三笠君が、期待の眼差しで素子さんの次の言葉を待つ。
「それが、私は知らないんだよね。あまり関心なくてさ、ごめんね」
「御家族の方とか、ご存じありませんか?」
「おじいちゃんなら、知ってるかも。でも、今はアメリカ西海岸に旅行中なんだ」
そうですか…。と項垂れる三笠君。
いい線行ってたのになぁ。と、私も肩を落とす。
「そういう昔の話なら、奥寺さんに聞けば分かると思うけど」素子さんが呟く。
私は、その名前にピクリと反応する。
「奥寺さんて…。奥寺彩愛さんの家ですか?」
「そうだよ。あなた、彩愛ちゃんを知ってるの?」
「はい。アーちゃんは、同級生なんです」
「そうなの。あそこも、うちと同じで、この町の古株だから、懇意にしてるんだ」
そういえば、アーちゃんのとこって、もの凄く古いお屋敷だった。
期待できるかもしれない。早速、アーちゃんに連絡してみよう。




