#44 年貢の納め時
「ははは!逃げろ、逃げろ!どこまでも追い詰めて狩り殺してやる……!」
夜明け間近の有明ふ頭を一台の車とその後を大名行列のごとくついてくる車が爆走する。
ついでとばかりにヘリと巨大強化外骨格まで飛んでいた。
どれも同盟のものだ。
ここまで豪勢な狩りをされる相手。それはもちろんVIPな相手だ。
「フン!威勢の良いだけの小僧が!戦後の焼け野原から立ち上がり、そこからずっと私は勝ってきた!エリートだった!
今度も負けはしない。覚えていろ小僧め!私は必ず日本に戻り、この国を吸い尽くしてやる!」
藪中冷蔵。裕福な家に生まれ、エリート街道を走り、そして政商となって重税を課し自らの私服を肥やしてきた男だ。
彼の政策はどれも耳障りは良いが、結局の所庶民からむしり取る事だけしか考えていないものだった。
彼はバカなのか?否、違う。
彼はただ心が折れただけだ。
最初は国のためにと働いた。しかし、国からは拒否された。
学閥に入れなかった、コネがなかったのだ。
彼が出世するにはもはや他国からの支援しか道はなかった。
そして、彼の心は闇に落ちた。
国を滅ぼすための活動を他国から支援されてするようになったのだ。
愛国心はすでに溶けて落ちた。あとは暗い欲望があるのみだ。
「ネットにつなげ。傭兵まがいの連中にわしの加勢をすれば一人頭日当500万払うとな!」
『了解いたしました』
冷蔵は自動運転AIに命令し、1万円もする高級イベリコ豚ビーフジャーキーをペリエで流し込んだ。
激しい戦闘が後方で発生し、冷蔵は若返り手術でつやつやした肌を歪めて大笑いする。
「そうだ!そうだ!貧乏人はそれでいい!
目先の金、いいや、目先の嘘に欺されてわしに金を払えば良いのだ!
ざまあみろ殺し合え貧乏人どもめ!」
しばし、静かになった。
「……なんで、こうなったのだろうな……いやいい!分かっている。
わしは出世するにはこの道しかなかった!アメリカに魂を売って日本に復讐する道しか……
なあ、AI。もし、もしわしがあのとき音楽家になっていたらどうなっていたのだろうな。
もし、あのときバカな革命騒ぎがなくって東大に行けていたらどうなっていたのだろうな……」
爆音を遠くに聞き、港の風景に潮風を感じながら闇の中で冷蔵は独りごちる。
その顔は、恐ろしく孤独で、空虚で、今だけはただの人生に疲れた老人のそれだった。
『予測を開示しますか?』
「いや、いい。魔術防壁とマジックミサイルを用意しておけ。全部武装をオールグリーンに」
『かしこまりました』
しばしの沈黙。夜の闇だけが窓の外に見える。
「『世の中から貧乏を無くしたい』……まったく、若いと言うことは……」
悲しげな笑みにかつて自分が言った言葉。
だがもう後戻りはできない。やることはやってしまったのだ。
『藪中!もう逃げられんぞ!さあ、狩りの時間だ』
目の前の道路に強化外骨格「レイブン」が飛び降りてくる。
藪中の車はきゅきゅきゅ、とスピンしながら人型へと変形していった。
『緊急保護モードを使用します』
「よし、いいぞAI!全武装オープン!
若造が、自らわしの前に出てくるとは……こっちにも勝ち目が出てきたわバカめ!」
10億円はした改造リンカーンは今や変形し、可変型強化外骨格となっていた。
『おまえは、おまえだけは私が狩らねばならない。
血盟の頭である私がこの国のゴミ虫の頭であるおまえを倒さねば夜は明けない!』
目の前の「レイブン」に搭乗しているのは血盟長・獅子吼龍也だ。
「吠えるなよ若造が!わしはおまえのような勢いだけのバカが何より嫌いだ!
だからわしはそれを徹底的につぶし、利用してやった!
『勢い』?『若さ』?あの愚かな赤軍を思い出せ!
利用され欺されるだけのバカばかりだったではないか!
おまえと何が違う?」
ロボット同士ががっぷりと組み合った。
『違うとも!あれは自ら未来を切り開こうとした。だが、我々は違う。
我々はただこの国を蝕む「獣」をすべて狩るだけだ。
その後の未来をつかもうとは鼻から思っておらん!』
「より救いがないわ馬鹿者が!」
『ああそうだ。おまえ達が我々をそうしたんだ。
おまえ達がため込んだ怨嗟だ。のしをつけて返してやる!』
獅子吼のレイブンが冷蔵のリンカーンを蹴飛ばして距離を取る。
すかさずそこに冷蔵のリンカーンがミサイルを放つ。
しかしそのミサイルをレイブンは右手に搭載した斧でなぎ払い打ち落とし、リンカーンの足を叩きつぶす。
ひどい金属音がした。
『さあて、まずは車の足からだ。貴様も狩りを楽しんでくれ。
日本を三〇年に渡ってもてあそんだ報い。その最初の一つだ』
「くっ、くそっ!」
冷蔵はコンソールに手を叩きつけてうなる。
『旦那様、提案があります』
「何だ?役立たずめ!」
『緊急脱出用バイクの用意ができました。お逃げください。
私はわずかでも時間を稼ぎます。時は金なり……今がその時でしょう?』
「……ロボットが言いよるわ!だが、悪くない。金を払っただけの性能はあったぞAI!」
『……ご武運を、旦那様』
シュポン!と音がして冷蔵はバイクで道路を下っていく。
『待て!クソッ!忠犬には恵まれたようだな……だが、逃がさんぞ!』
『お逃げを!旦那様!』
金属のへし折れる音と爆発音がして、冷蔵は後ろを振り返らずに逃げた。
港だ。港まで行けば国外脱出の船が手配されているはず。
そうしてしばらく道を進むと、冷蔵は絶望した。
「……くそっ!」
そこにはまるでエイリアンを撃ち殺すヒーローのように決意に満ちた目をした若者達。
その先頭には、斧を構えて頭から血を滴らせた獅子吼が。
「……くそっ、くそっ、くそっ!」
思えば人生の挫折が始まったのは日本赤軍騒ぎで東大が受験できなかったことだ。
そうだ、こんな革命騒ぎをするバカどものせいだ。
だから、汚い手を使ってでも出世するしかなかった。
そうだ、こいつらのようなやつらのせいだ!そして、今もまたこいつらは立ちはだかる!
ここで勝ってやる!人生の最後の最後で「こいつら」に勝ってやるんだ!
「……やってやる!やってやるぞ若造どもが!」
冷蔵はバイクの脇に搭載されたマシンガンを撃ちまくり、チキンレースのように獅子吼へと一直線に向かっていった。
「来い老害!年貢の納め時だ!」
すれ違う刹那。憎しみのにじんだ目で二人の男が勝負をする。
その瞬間は、立場も何もなく、ただ憎しみ合う二人の男でいられた。
そして、勝負がつく。
「うおおおお!」
「さあ、贖罪の時だ。藪中冷蔵」
冷蔵は右手右足を切り飛ばされ、バイクと共に転がり倒れた。
銃弾で穴が所々に開いた獅子吼はそれをモノともせず冷蔵の首根っこをつかみ、民衆に向けて示す。
「我らの勝ちだ!ゴミ虫どもの首魁はこの手にある!
急所を切り飛ばしてやった!こいつが死ぬまであと三〇分だが……
その間を存分に私刑に当てる!好きにしろ!必ず殺せ!ははは!ははははは!」
大きな歓声が上がり、私刑が始まった。
藪中冷蔵は30分間この世の地獄を味わって死んだ。




