#43 最後の戦端
東京・お台場。かつて暗闘が繰り広げられた場所には白瀬が「製造」した巨大迷宮がそびえ立っていた。
百鬼の刺客を閉じ込めるためのそれは刺客を警察に引き渡すたびに縮小していき、今ではコンテナ一つのサイズになっている。
中に入っているのは今やたった一人。スマイリークロウだ。
白昼堂々と同盟の狩人を狩り殺した大逆人。どうやっても殺せない不死の怪物。
「ふう……今回も異常なし、と……」
この迷宮は今や彼一人のための牢獄と化していた。
同盟から委託された警備員が巡回している。
しかしその牢獄は白瀬の失踪と共に力を弱めている。
そのことに気づく者は残念なことに誰もいなかった。
ぴしり。
鉄のうなる音と、ガラスの欠けていく音と共に少しづつ封印が破れていく。
「う、うわあ……えらいことだ。封印が破れてるのかこれは?
ええと、とりあえず逃げて連絡だ!」
しかし、一歩遅かった。
金属が引き裂かれる音と共に「それ」は出てきた。
笑顔をかたどった仮面、血にまみれてぼろぼろのコート。手には包丁。
「やあ、はじめまして。やっと出れたよ良い気分だ。
それで、ちょっとした質問がいくつかあるんだけど……
答えてくれるよね?あれから何があった?」
仮面でくぐもった声が聞こえたと思ったら、警備員は首根っこを押さえられて壁に押しつけられていた。
血と臓物、汗とカビのにおいがえずくほど臭った。
警備員は力なくうなずくしかなかった。
「へえ……なるほどね、同盟が血盟になって?革命騒ぎを?ふーん……とっても面白そうじゃないか。ありがとう」
かくして、深夜の東京に獣が解き放たれた。
■
軽井沢の某所、そこにはとある教団の本拠地がある。
「自然と共にある神秘の輪」
そう名付けられた彼らは元々はカソリック系の禁欲主義的な団体であり……
要は禁酒法から始まり売春の禁止、果ては焚書運動から肉屋を襲撃するああいう方々だ。
現在はヴィーガンなども含めて「動物も女性も傷つけない生活」を魔法によって実現させていた。
彼らの魔法は食物を食べることなく文字通り「霞を食う」生活ができる魔法であり、
極端な潔癖さを持った新たな種族を誕生させていた。
つまりはエルフの森、その始まりである。
「朝の祈りをしましょう……
今の政治は戦争と革命に明け暮れ、肉を今だに食べている野蛮な人間族が取り仕切っています。
残念なことです。
彼らのために哀れみを。そしていつの日かこの世から残酷さのすべてを無くしましょう。
それがかのハルマンの意思でもあるのです……」
星が見えるほどの早朝であったが、信徒たちは簡素な協会に集まり、彼らのホーリーシンボルに祈っていた。
尖った耳に病的に美しい顔が並ぶ。
「血盟の男どもはこちらに攻め入ろうとしているでしょう。
皆さんも不安におもっているかもしれません。ですが、神と教会は我々を見捨てませんでした。
本国より騎士団が到着し、今もこの共同体を守ってくれています」
おお……と信徒達は安心のため息をもらす。小さな声で祝福あれ、などの聖句が唱えられる。
「ああそれ?弱かったよ」
その声と共にステンドグラスを突き破って鉄兜が中身の生首ごと投げ入れられた!
ひゃああ、と悲鳴が響き渡った。
続いて声の主が松明を持って割れた窓から飛び入ってくる。
「ハロー、エルフの村を焼きに来たよ。流行ってるんでしょこういうの」
「何者だ!」
「スマイリークロウ。狩人だったものさ。いつか君たちが集まったらこうしたいって思ってたんだよね。
だっておもしろく泣きわめいていいリアクションしてくれそうだもの!」
「愚かな人族、汚れた狩人ども!聖なる光に清められるが良い!」
エルフ達は立ち上がり杖を持って魔法を唱え始める。
無機質な青い光がスマイリークロウに殺到する。
「へえ?それがエルフの魔法ね……遅い!遅すぎる!」
ざくり、とエルフの首が舞った。
しかし赤い血は流れず、樹液のような良い香りの何かが飛び散るだけだった。
「へえ、お上品なエルフ様は血の色も庶民とは違うんだね」
かくして、殺戮が始まった。
■
「な、なぜこんなことを……我々は清く正しく生きて、ただ優しい世界があればよかったのに……!」
あえて最後に残していたエルフのリーダーを踏みつけながらスマイリークロウは笑う。
「んー、同盟ならこう答えるね。
『そのためにデマをまき散らし、賤業にあるものを迫害した。お前達は大嘘つきの偽善者だ、生きる価値などない害虫どもめ』
でも僕は違うんだ。
こうすれば君たちと血盟で戦端が開かれるだろ?そしたら面白そうだなって」
あははは、と無邪気な笑い声が屍の折り重なった聖堂に響く。
「この、悪魔……!」
「そうだよ、この世には悪魔がたくさんいるのさ。じゃあ命乞いを頼むよ。
動画をアップしなきゃね。まだまだ相手はいるんだ。
ブラック企業の政商に、ろくでもないマスコミども。相手はいっぱいいる。
できるだけ派手な戦争になってほしいからね」
そしてエルフのリーダーは3時間という短い時間で幸運にも死ぬことができた。
後には燃やされたエルフの村が残った。
■
新設された血盟の各支部。荷ほどきもまだ済ませてないそこに、武装神父団とエルフの群れが襲いかかってくる。
「どういうことだ!?反撃にしては速すぎる!政府の鎮圧活動か!?」
「あのバカのせいです!スマイリークロウのやつ、同盟名義で方々にカチ込みかけやがった!」
「バカな……!ここで、こんなところで死んでたまるか!革命の夜でさえまだなのに!」
血盟の構成員たちは不意打ちであっても、よく対処した方だった。
最低限武器を確保し、人員に死傷者はほぼなく、襲撃者を倒した。
だがそれは、準備が不完全なまま革命の夜を始めるということに他ならなかった。
「襲撃はしのいだ……だがどうなる?どうする?ここで止るのはありえないぞ」
「本部に連絡を。最悪、前倒しで事を始められるように準備しましょう」
■
血盟本部にて獅子吼はその知らせを聞いていた。
「そうか、やはりこうなったか……切欠がスマイリークロウとは思わなかったが……
だが、仕方あるまい。ああこうなっては仕方が無いなあ……ふ、はははは!
では始めようじゃあないか!自衛活動を!国盗りを!
ああ、こうなっては仕方が無い!はははは!」
獅子吼は腹の底から暗い笑いを響かせて号令を切った。
かくして最後の戦端は開かれる。夜明けは、近い。




