#38 夜の会議
一部分、報復ZOさんからの寄稿作品から引用があります。
かくして狂乱の前夜祭は終わった。
しかし、鬼院への失望はじわじわと毒のように広がっている。
ほら、このような幹部の寄り合いでも。
■
百鬼領内。戦線からも遠く戦略的に価値のない、とある雪深い辺境地区。ごく稀に日々の疲れを癒しに妖怪達がやって来る寂れた温泉街。大層古びた宿に人目を憚るように妖怪達が集う。紋付き袴で黒服を数人引き連れたヤクザのドンのような風体の者もいる。後は高級将校や大物政治家、財閥の会長と言った風な類いか。皆が奥の広間に通されて座蒲団に座る。名目上は単なる古株幹部の慰労会ということなのだが。
「さて、皆の衆」
紋付き袴姿のタコの頭のような妖怪が上座から皆に話し掛けた。ぬらりひょんだろうか?
「本日お集まり頂いたのは、今後の百鬼の行く末についてなのだが」
しばし、沈黙が続いた。
「このままでは、イカンよなぁ」
化け狸の親分が口を開いた。それを発端に皆が意見する。
「だからあの時、永田町を襲撃するなど反対だったのだ!」
「ウチも若い衆が全員ハルマンめに殺られおった」
「ハルマンはもういない」
「何を言っている、弟子共がおるわ!」
「どうするのだ、我らは狩られるばかりではないか?」
「戦略的に勝利すれど、局地戦では毎度のこと惨敗だからなぁ」
「当たり前だ、彼奴ら我々を狩るプロではないか?」
「古から退魔の者共に勝ったためしはない」
永田町事変から世界内戦、小はテロ活動にゲリラ戦。ある程度の実効支配地域の拡大は出来たが、決定的な保障と安全は何もなく、結界に護られた境界線は実のところ一度破られたら取り返しがつかないほど脆弱なのだ。
「何か決定的な切り札が必要だと思わないかね諸君?」
と、ぬらりひょんは言った。
「それは鬼院様にお任せして…」
誰かが言いかけたが、ぬらりひょんは言った。
「それがいけなかったと思わんか?ハルマンめに暴露されてからというもの、あの方が積み上げてきた秘匿の策略は総て水の泡。姫様の知らぬ存ぜぬのやり過ごしを無視しての独断専行は、いやはや自暴自棄としか思えぬ。やはり、ハートマン暗殺からの私怨であろうか?」
黙してうなずく者、天を仰ぎ黙る者。
「で、有り体にどうせよと?」
見上げ入道が言った。しばし、沈黙の後でぬらりひょんは答えた。
「そろそろ、表舞台から退場願いたい」
■
一方、百鬼首都「シンガラ」の閑静な高級木造巨大ビルの一室では。
「……などと、ぬらりひょんは今頃ぶっておるじゃろう。鬼院の封印具も当てがあるそうじゃ。
何しろ妖怪大翁ご真筆の封印絵巻。ある程度の効果はあるとみるべきじゃ」
そう言いながら日本酒をちびりと飲むのはラゴゥ姫その人だった。
隣には相棒である悪魔ニベルコルがいた。
「元老院の取り込みにはおおよそ成功ね。
やはり、合衆国との和平……つまり国として認めるテーブルに着けられたのは大きいわ。
拡大路線よりも安定を選びたくもなるわよね」
「うむ、いい部下を持ったものじゃ、ようやってくれておる。
図らずも、この鬼が民主主義的技法とはな」
くく、とぷにぷにした頬を歪めて笑う。
鬼院やハルマンはその超絶的な力によりただ一人で遠大な策謀を練った。
対してラゴゥはそこまでの器はない。
ただ、誠実にやっていく姿勢に部下がついていき、気がつけば鬼院に対する野党の地位を確固たるものにしていた。
「それは、あなたがまともにやってきたからよ。だから皆ついてくるの。
神がかった奇策よりも、着実な筋道を選ぶ妖怪が増えた、それだけの余裕をあなたは作ったてこと」
「東の大国がケツ持ちで、アメリカのお墨付きじゃからのー。多少鎖国した内部で『何か』やっておっても国際社会は気にせん。
ゆくゆくは、人食も完全合成食でなんとかしたいものじゃ。また舵取りが難しくなるわい……」
「嗜好品規制は劇薬だものね。うまく人気取りの飴もあげなきゃだめよ?」
「うむ、楽しみじゃ。
……ハルマンは死に、弟子たちに道を譲った。
あの方も、そろそろ引退の時じゃろうて」
ラゴゥは窓の外を見る。
そこには、かつてど田舎の寒村に隠れ住んでいた痕跡はない。
巨大木造ビルが静かに明かりを振りまく、異形の大都会があった。
■
一方、東京の同盟本部ではイルマが外のよく見える喫煙所で一服していた。
「……久しぶりだな、同志イルマ」
「あんたは……驚いたね。俺を殺りに来たのか?」
イルマの目線の先には同盟の最高責任者・獅子吼がいた。
イルマが獅子吼に警戒するのは訳がある。
退職届けをたたきつけてきたばかりなのだ。
理由はシンプル。
イルマにとって狩人とはあくまで魔を狩る自警団であり、革命を志す政治結社ではないからだ。
「いいや、そういうわけではない」
「そうかい……で?話があるんだろう?」
「ああ、結論から言おう。もったいぶる質ではない」
獅子吼はコーヒーを静かに飲んだ。
「俺たち政治的な動きを行う同志たちは、同盟を抜け新しい組織を作る。
『血盟』というのだがな。
だから、おまえたちのような政治についていけん狩人がやめる必要は無い」
イルマは息をのんだ。
獅子吼らしくも、この苛烈な男らしくもない。
獅子吼はさらに続ける。
「なんでだ?いつものあんたなら無理矢理にでも煽ってついてこいって言うだろ」
「理由はいくつかある。第一におまえたちのように治安維持が本筋というのも事実だからだ。
第二に、反乱分子を抱えて革命はできん。
安心しろ、事務系の者は残しておく。税理士もな。
組織としての運営は規模が少々小さくなるが問題は無いはずだ」
それはイルマたち革命不参加組に対しての過剰なほどの温情だった。
イルマは動揺を抑えるように紫煙をはき出した。
「……そこまでしてくれるのか。いいのかよ?」
「かまわんさ。革命が成れば人員補充などいくらでもできる。
もとより、クズどもを皆殺しにできればそれで良い。こんなもの、死に花咲かせにゆくのと変わらん。
だが、二つだけ条件がある」
「まああるわな」
「1つ、同盟は血盟に攻撃をしない。2つ、このことは血盟から同盟への重大な貸しだと思え。
あとは個人的なことだが、おまえも忙しくなるぞ。せいぜい苦労しろ」
「あーわかったよ。それは習知させるのか?」
「ああ、近々動画と書面で通達する。これで問題は無いだろう。同盟に残ってくれるか?」
イルマは静かにうなずいた。
「……ああ、同盟に残るよ」
「こうして話すのもこれで最後かもしれん。なあ同志。まるで長く騒がしい夢のようだったなあ」
「ああ、ろくでもねえけど青春だった。いい夢だったな」
「ああ、いい夢だった」
男二人はしばらく静かに星空を眺めていた。
■
かくして、じわじわと政治は動いていく。
ジェットコースターが坂を上るかのように。
夜明けは……近い。




