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#36 暗闘その3

「あはっ、あはははは!」

「なるほど、お前が鬼院の手札か。スマイリークロウ」


笑顔の仮面、スマイリークロウが空から白瀬に向かって落ちてくる。

気配を消したその一撃を白瀬はすんでの所で警棒で弾いた。

スマイリークロウのナイフと白瀬の警棒が火花を上げる。


「そうさ!さあ僕をどうやって倒してくれるんだい?

必ず最後には殺してやるからさあ!」

「そうだな……こうする。豊葦原工業生産ライン03稼働」


世界がイオンの匂いと静電気の火花を上げて書き換えられる。

虚空から塵を集めるように、スマイリークロウの周囲に何かができあがりつつある。

それは要塞だった。分厚い鉄板で出来た要塞がスマイリークロウの周囲に作られていた。


「へえ?ダンジョンでも作ってくれるのかい?」

「そんな所だ。時間稼ぎをさせてもらう。即席だが歯ごたえのある難易度のはずだ」

「絶対にクリアしてお前を倒してやるよ……!」

「そうか。その間に私はやるべきことをやろう。生産ライン05稼働」


同じような改変が戦域全体に及ぶ。敵味方は壁で分断され、複雑な迷路ができあがりつつあった。


『退魔師と狩人の皆、驚かせて済まない。その場で3分待機の後、倒せる相手をそちらによこす。

この迷路は可動式だ。全体はルービックキューブのようになっている。

可能な限り迷路のトラップで倒すが、打ち漏らしをそちらで始末していただきたい』


壁についたスピーカーから白瀬の声が聞こえた。

まるでまさにそれは往年の名作映画「CUBE」に出てくる殺人迷路そのものだ。



「くそっ、仕切り直しかよ……どうにも落ち着かねえ戦いだな。俺らしくもねえ……」


迷路の部屋の中、イルマは静かに体を燃やしつつ敵を待っていた。

イルマのスタンスはあくまで退魔師のそれだ。

悪党がいるから倒す。それだけだ。

故にこの戦いの国をこれからどうするか、というテーマに乗れず、だからこそ今夜の彼の攻撃は精細を欠いていた。


『敵との遭遇まで残り30秒』

「ああ、そうかい」


イルマのいる部屋は駐車場のような数十メートル四方の正方形の空間だ。

正面に頑丈そうなハッチというかシャッターがついている。そこから他の部屋に行けるのだろう。

迷宮は自己進化を恐るべき速さで続けており、あっという間に管理AIまでついていた。

イルマは白瀬の能力を恐るべきモノだと評価する。


「おっかねえなああの兄ちゃん。なんでも一流にできやがる……あんなバケモンに国任せちゃって大丈夫か?」


AIが最後の問いかけをした。


『残り10秒準備はよろしいですか?』

「ああ、いいよいいよ。さっさとよこしちゃって」

『解りました。ドアを開けます』


ごっ、と音がして部屋の真ん中に設置されたシャッターが開く。


「やあ、久しぶりだね。兄弟。それとも昔みたいに誠一セイイチって呼ぼうか?」


それは一種絵画的だった。

イルマの部屋はイルマ自身の纏う炎により赤く、暗い。

対する相手の部屋は雪原のように雪が積もり白く、冷たい。


「ああ、あんたか……そうだな、兄弟だ。残念ながら。

その名は捨てたんだ。あんたは今でも真一シンイチって名乗ってんの?」


イルマはひどく珍しい表情をした。嫌悪だ。

相手は先程剣聖の狩人と闘っていた氷使いである。

シンイチと呼ばれた氷使いはねっとりとした笑顔と声色で笑う。


「まあね。僕が入谷を継いだ。僕が宗主さ。

それにしても、戦場でこれだけ近くにいて声をかけないなんてずいぶん寂しいじゃないか」

「会いたくなかったんだよ、解れ。

そのへんから女さらって人間でダビスタする家とか控えめに言って恥でしかねえから」

「だから、そのスタイルになったのかい?玄翁和尚の技と金槌、炎……

すべて雪山の神と化した玉藻前に対するメタだよね?君の人生は僕等を否定するためにあるのかい?」


イルマの家は退魔師の家系であり、彼らが奉っていたのは山の神と集合した九尾の狐だった。

そして、イルマはそれに対抗するために、それを倒した玄翁和尚の技を受け継いだのだ。


「だったら何だ!強姦魔の家系がカッコイイことくっちゃべってんじゃねえぞボケッ!

俺は御免だね、家のための種馬になるのも、家にくっついた憑き物にしがみついて生きるのも!」


ごう、と神秘の炎が吹き荒れ、イルマは弾丸のようにシンイチに飛びかかっていった。


「自分の生まれと血に素直になりなよ。人間、持って生まれたサガに沿ったことをするのが幸福さ」

「知ったことか!何が俺の幸せかは俺が決めるんだよ!俺の血でも家でもねえ!」


シンイチの氷が炎をかいくぐってイルマに届こうとするが、すべてイルマの纏う炎に消される。

だがシンイチの体術もまた獣じみてすばやく鉄槌は当たらない。


「で、今同盟にいて幸せなのかい?その道で正しいと本気で思っているのかい?」

「俺が正しくなかろうが、おめえを殺すのに変更があるわけねえだろ!」


氷の溶けた水が今度はイルマを襲う。足下からウオーターカッターとして、口元には蒸気として。


「そうだね。でも迷いがあるままじゃあ僕には勝てないよ。

今の同盟が正しいと思ってないんだろう?でも止めることもできないんだろう?

だから答えを出すことなく従っている……それじゃあ、勝てないね」


さくり。

イルマの腹にウオーターカッターが刺さり、そこから浸食が進む。

マグマのようであったイルマの体は傷口から黒く冷えていく。

そして、浸食した場所は相手に支配権を奪われるだろう。


「ぐうっ!」


深刻なダメージだ。

そこにたたみかけるように真一のあざけりが響く。


「情けないなあ。君には弟子も仲間もいっぱいいながら……

それじゃあ誰もついてこない」


イルマの脳裏に何十人。何百人もの出会ってきた、共に戦った仲間の記憶がよぎる。

彼らの顔を思い出す。

むしろ勇気がわいてきた。


「知るかよ……」

「ん?聞こえないな。そんな弱い声じゃ聞こえない」

「知るかっていったんだ。俺はどっちも選ばねえ。

仲間を狩れねえから止めねえ。政治なんざ知ったことじゃねえ」

「へえ」


イルマの瞳に炎がよみがえった。


「俺はこの騒ぎに荷担しねえ。サボる。ボイコットだ。

なんなら同盟やめてもいい。

ほかの奴らも……自分で決められるだろ。いい大人だ。

まあそれでも、頼ってきたら動くさ。全力で逃がしてやるさ。

どうだ?これで満足か?イチャモンどうせまたつけるんだろ?」

「そうだね、ただ……」


真一がさらなる攻撃を仕掛けようと氷の刀を飛ばしてくる。

しかしイルマは氷を炎をまとった金槌でたたき割った。


「だが!俺はそんなこととはまったく関係なくてめえをブッ殺す!

おめえのイチャモンは聞き飽きた!うんざりだ!死ね!」

「そうだよそうでなくちゃ……全力のきみを正面からねじ伏せてこそだ!」

「やかましいわ!征服欲のモンスターがよ!」


ここに一つ、反撃ののろしが上がった。

戦場は、これより動く。


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