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#32 血脈と継承、そして兄弟

かつて。遙か昔。


硫黄の煙立ち上る不毛の荒野に二人の人物が相対していた。

一人は男とも女ともつかぬ公家風の美丈夫。

もう一人は筋肉隆々の僧侶だ。


「死してなお、こうして闘争の愉悦にあずかれる。ああ……まったき愉快であることよな」


先に口を開いたのは公家の美丈夫。よく見えれば狐の尻尾と耳が出ている。


「あ?ちっとも愉快じゃねえよ。

こちとら世間のしがらみでやりたくもねえのにこんなクソ田舎まで来てんだぞ。

でも考え変ったわ。おぬしこのへんの村人にろくでもねえことしてんのな」


僧侶は怒りに目を見開いてまるで仁王のようだ。


「ああ……あれか。生きるとは何か少し教えてやったのよ。

生とは闘いだ。あらゆる全てを使って闘い、前進するのだよ。

それはたまらない愉悦だろう?」


狐は歌うようにうっとりと目を細める。


「それだけなら間違いじゃあねえ。

だが俺が気に入らねえのは、おぬしらは闘うために闘う。

理由もなく!生きている限り!家族内ですら騙し合い色仕掛けし合い!

こんなもん広められるか呆けがっ!」


僧侶は渾身の怒りを以て狐を呪う。それは舌戦であり、呪術戦だ。


「そうかね?ぬしにも闘いの愉悦は解ろう?でなくばこんな所にまで妖を狩りには来れん。

ぬしの妖狩りは高貴な闘いで、わらわの闘いは妖しの業だと?」


狐は笑い、煽った。

だが僧侶は真顔で金槌を取り出した。


「ああそうだ!天魔外道を調伏して、仏道を説く。

お釈迦様から繰り返し続けてきた僧侶の醍醐味だろうがよ。

九尾よ……おぬしの力は強すぎる。死ねあばずれ狐が!

ムチムチしやがってそれも税で贅を尽くした結果か!」


僧侶は金槌と己の身一つで妖狐に飛びかかっていった。


「ぬしもまた、救いようのない修羅を心に飼っていることよの。

まあよい、闘争、闘争じゃ。愉快、愉快―!」


妖狐は無数の岩を念力で浮かして流れ星のように降らせ。

手には、いつの間にか氷で作られた野太刀が、反対の手には狐火が……

まるで山の大自然の権化だ。



どれほど経っただろう。

それは伝説の闘いだった。英雄と怪物の天変地異の如き闘い……

だが終わりはやがて訪れる。


「こちとらおぬしが仕掛けてた盗賊村を全て越えてやってきたんだぞ。

おぬしの手の内はわかってんだよ!

わしがここに一人で来た時点でおぬしは王手ってわけだ!」

「ああ、金銀飛車角すべてやられ、兵亡き王のみ……そんなこと、わかっておったよ。

わらわの負けであるが……愉快!愉快な闘いであった!

愉快な罠どもだったじゃろ?」


双方ボロボロだが、僧侶の金槌は狐の足と肩を潰し、あとはトドメのみだ。


「何一つ愉快じゃねえよ地獄みてえな要塞村つくりやがって死ね化け狐!

ありがたく浄戒受けて輪廻しやがれ!」


狐の体から血と共に何かおぞましいものが僧侶にしみこんでいく。


「くく、そうだ……命は輪廻している。その意味をよく理解せよ人よ。

我らが魂だけでなく、弟子への教えに、血脈の業に。

我らの闘いは生き続けるのだよ……!」


それは、呪いだ。僧侶は闘いの終わりに呪いをかけられている。


「だからなんだ知るか死ね呆けが!」


金槌が振り下ろされて、狐は事切れた。

僧侶は血濡れの顔でこちらを見る。


「おい、なあ。おぬしこれを見てるって事は我が弟子筋か?

そーいうことだ。どうも呪われた。すまん。

わしの生きてる内になんとかする予定ではあるが、仕留めきれなんだら後は頼む。

やつを、やつのような「もの」を許すなー

理不尽に抗ってこその人である。怒れ!抗え!」



平成最後の年。

イルマは気分が悪そうに頭を振って起き、枕元の鉄槌を見た。

実に無骨で血がしみこんでいる。

その姿が夢で見た金槌と重なった。


「あー……この夢か。わかってるよ開祖様よ。

俺は血に負けねえ。あんたの教えに生きる」


イルマは体を起こしつつ、鉄槌を額に当てる。


「しかしこの夢、あいつも見てるんだろうなあ……なあ、兄弟。

化け狐の家系の呪い持ちが!

俺は違う。あのクソみてえな呪いは受け継がねえ。

おかげで毎日最高に楽しいぜクソが!」


ふう、と大きく息を吐いた。

午前三時。夜明けにはまだ遠い。



「くく、そうだ……命は輪廻している。その意味をよく理解せよ人よ。

我らが魂だけでなく、弟子への教えに、血脈の業に。

我らの闘いは生き続けるのだよ……!」


それは、呪いだ。僧侶は闘いの終わりに呪いをかけられている。


「だからなんだ知るか死ね呆けが!」


金槌が振り下ろされて、狐は事切れた。だが夢は続く。

死んだはずの狐が笑ってこちらを見ている。


「そう、わらわは生き続ける。ぬしらの血の中に。

さあ、闘争を続けようぞ。

おぬしらの愉快、わらわたち祖霊に見せてくりゃれ―」



同時刻。百鬼自治区内。

イルマにどこか似た、しかしずっと美形で中性的な男が目を覚ます。

枕元には美麗な脇差しがあった。

それは夢の中で狐が使った太刀によく似ている。


「ああ、良い夢だった……そう、僕等の闘争は終わらない。

ああ、愉快だ。

なあ、君もこの夢を見てるのかな?兄弟……

家を出て、名を変えて、仇敵の流派に入ろうとも、血には抗えないよ。

ふふ……ああ、まったく愉快だ」


彼は、ベッドを抜け出そうとして、添い寝していた裸の美女に腕を掴まれる。


「……イリヤ、起きたの?」

「ああ、良い夢を見れたよ」

「あの夢?」


彼は笑顔でうなずいた。


「そうだよ。祖先の夢さ。みんな、僕の血の中に生きている。

予感がするんだ……今度のクリスマス侵攻作戦、兄弟に会えそうだよ」

「きっと、イリヤが言うならそうだね。

私たちの一家はみんなこっちに来たのに、一人だけ同盟にいたから……

ううん、きっと自分で捨てたんだね。私たちの血を」


男女は指を絡ませあう。


「ああ、今度会ったら……そろそろ今代の闘いの決着をつけられそうだ。

ああ、まったく楽しみだなあ」

「楽しみだね」


血に酔った笑い声が寝室に響いた。

午前三時のことである。

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