#31 クリスマス中止作戦立案中
「なるほど?つまり?我々を公務員としてありがたく取り立ててやると」
秘書らしき執事風の男が二人の間にコーヒーを持ってくる。
山小屋風の別荘に相応しい金属製のカップにお菓子。
しかし二人は茶には目もくれず鋭く熱い圧をぶつけ合う。
「そうだ。お前の熱意と努力は素晴らしい。
お前達は市民から認められている。
それはお前達こそが市民の求めに答えてきたからに他ならない。
故にこの流れを作ったお前達がこの国の先槍を担わねばならん」
この長ったらしいお世辞を白瀬は噛まずに本気で言ってのけた。
「世辞は良い。そうだな、結論から言おう。断る。
この国に飲み込まれたとて未来はない。膿んで腐っている。
手間が増えるだけでメリットがない」
獅子吼の返答は拒否だった。獅子吼はさらに冷笑を深めて話を続ける。
「いや、もう本音を言おうか。俺は未来を担いたいのではない。罪には罰を。
腐った政治家に官僚、財界人。それらをまとめて粛正するつもりだ。
そのテロを許す貴様ではないだろう」
さあ俺は本音を言ったぞお前はどう止める?と獅子吼は面白がる。
そうだ、この鋼の男はそのくらいでは止まらない。
ならば必ず何かこちらを納得させるだけの面白い提案をするに違いないと。
「ああ、故に今ここでお前を止める言葉を持ってきた。
お前が国のガン共を駆逐したとしよう。では、鬼院や百鬼は狩らないのか?
現状で百鬼討伐ができないからお前は動けない。そうだろう」
獅子吼の口から低く深い笑いが這い出てきた。
確かにその通り。そこまで理解してなおかつそれを口にする。
実に痛いところを的確に突く。やはり、面白い男だ。
「そうだ。では何を差し出すべきかも解るだろう?」
さあ、答え合わせだ。白瀬は一体何を差し出してくる?
どこまでやる気概を見せてくれるのだ?
「……百鬼討伐に際して自衛隊と機動隊を動かそう。
今ならば鬼院や幹部の暗殺ならばできるはずだ。
いや、可能にしてみせる。お前が納得できる行動と信じるに足る結果を示そう」
獅子吼は笑みを隠し、最後の確認を行う。
まったくこの警官ときたら我々狩人よりもイカれている!
「ふむ、ならば百鬼を討伐したその後で俺が粛正に乗り出すとは思わんのかね?」
「逆に聞くが、百鬼討伐のために自衛隊を出すとして、
その時に私がお前より先に革命を起こしていないとどうして思う?」
獅子吼は今度こそ大笑いした。
「ハッ、ハハハハハ!いいぞ白瀬雷人!そうだ、話のわかるやつもいるじゃあないか……!
貴様、われわれ狩人よりもよほど闘争に向いている!
まったく、なんて面白い男だ。クク、ハハハハ!」
白瀬は真顔で真っ正面からその言葉を受け取る。
「褒め言葉として受け取っておこう」
獅子吼はまた大笑いしたが、やがてスッと冷静になって今や親しげな目で話を続ける。
「……少し熱くなりすぎたな。そうだな、話は聞いてやろう。
仮に俺達を公務員にするとして具体的にはどういう形態を考えている?」
白瀬は鞄からホチキスで束ねたプリントを出す。
『部外秘』とある20ページほどのA4だ。
「法で退魔師の立場と権限を保障し、助成金を出す。
これら『特例退魔業法』を今年中に通すつもりだ。
百鬼討伐は3年以内に実現させる。そしてこれが草案だ」
獅子吼は渡されたプリントに素早く目を通した。
難解な法案の文面もこの狩りの長にかかれば1分もかからない。
「なるほど。特別司法警察職員として退魔師に捜査権および逮捕権、武器携帯・使用権限を認める、か……
組織事に審査して順次許可を出していく方式と。
まあ妥当なところだろうな。それでこれと引き替えに俺に3年待てと言う訳か」
そして白瀬は殺し文句を静かに出した。
「そうだ。その間に私はお前を止めてみせる」
まったくイカれた男だ。そして権力をなかなかに掌握しているらしい。
退魔師の公業化。こんな無茶を通せる男だ。
実際とてつもない困難だろう。しかしこの男ならばやってしまうだろう。
ならば、これからも取引するに値する。
「クク……いいだろう。その賭けに乗ってやる。
3年後に俺がお前を信じている結果になることを期待しているぞ。
せいぜい死なぬ事だ」
「ああ……有意義な話が出来た。解っている、敵は多いがやすやすと殺されるつもりもない」
二人は固い握手をして別れた。
この会談こそが、次の戦いと時代への起点だと後に言われることとなる。
■
『特例退魔業法』
初めて公に退魔師の存在が認められた法。
ある種の国の警察官は現行犯や悪質な犯人達を逮捕しない。
抵抗すれば容赦なく射殺する慣例があるからだ。
この法で退魔師に認められた権利とはそういうものである。
■
「白瀬雷人……なるほど、厄介で面白い男ね。
今の日本で私に手出しをしてくるだけはあるわ。
でも、蛮勇には手痛い代償を与えなくてはね」
百鬼内のVRネット空間。
魔法とコンピュータの力でできた電脳空間で鬼院は笑う。
「今度の冬、クリスマスに白瀬雷人は東京ルルイエで演説を行う……
つまり、これは私たちに『やってみろ』という罠。
どんなお持て成しがあるか興味は無い?さあ、我こそはという勇者は?」
荒涼とした電脳空間にいくつものウィンドウが開き、『参加』という文字が躍る。
その数、実に数千!まだまだ増えていくだろう。
鬼院の口元に笑みが浮かんだ。
■
「百鬼へのスパイ計画?なるほどね……確かに、ありかもしれないな」
妖怪達のコミュニティ「八百万」の代表「駒野番外」もまた、白瀬の訪問を受けていた。
「何も破壊工作をして欲しいわけではない。
情報収集とコネクションの構築だ。戦闘はメインではない。
あちらも一枚岩ではないはずだ。こちらに協力しそうな者とつながりが欲しい」
駒野番外は自らの怜悧な顔を撫でる。
彼女は男装の麗人なのだ。
「なるほど。百鬼内の反社会性力はいわゆる敵の敵なわけだ。
こっちに寝返りそうな権力者を探し、いずれは鬼院を暗殺して傀儡政権を……
ってわけかい?暗殺の時にも協力者は必要だしね」
「そうだ」
「ああ、確かにそれは妖怪でなければできない任務だ。
だがスパイには死の危険が常につきまとう。
僕も仲間に見返りなく死地に行けとは言えない……わかるだろう?」
白瀬はやはり、鞄から書類を出す。
「無論、見返りはこちらで用意してきた。
八百万への補助金、そして退魔業法への加入。それはほんの一端に過ぎない。
今の日本で妖怪の管理者である八百万の重さ……理解しているつもりだ」
なるほど、と駒野番外はうなずく。
この男、常に本気なのだ。
そしてその本気を実行するだろうという謎の信頼感と熱意を感じる。
これがいわば彼の妖力なのだろう。これはタフな化かし合いになりそうだ。
「ふーん……そっちの交渉よりも僕は具体的な潜入手段を聞きたいね。
まさかこっちに丸投げじゃないだろう?」
「ああ、潜入手段については複数用意しているが、
鬼院は今度のクリスマスに俺を狙って来るだろう。
つまり、その間は「あちら側」へのゲートが若干警戒が緩くなる。
少なくとも結界そのものは一時的に開けるしかない。それを狙う」
白瀬はさらに何枚かの証拠となる写真や書類を見せた。
番外は血が沸き立つ思いだ。
この男、自らを囮にする大胆さもそうだが、
おそらくこうした細かい工作で相手の動きを操作しているのだろう。
身内にブレーンがいるか、白瀬自身が権謀術数に長けているか……
いずれにせよ、この男はヤバい。そして、面白い。
「自分自身を囮にってわけかい……いいだろう、乗った。
内密に志願者を募ってみるよ」
「いいのか?」
「いいのさ。妖怪とは面白いと思った方につくものだからね。
君はとびっきり面白くて、危険だ」
時代の歯車は、重い軋みを上げて再び動こうとしていた。




