#30 雷光の英雄譚
「……そうか。鬼院の体は使い魔、しかし議員とのつながりは潰せた、か……ご苦労だった」
空に百鬼夜行が列を成して飛び、道にはロボット警官が交通誘導をする。
混沌とした昭和通りにパトカーが走る。
中に乗るのは若き警察の幹部「白瀬雷人」。
凜と雄々しい男だ。
「いや、特攻装警はよくやった。これは俺の指揮の問題だ。
自らのふがいなさを感じこそすれ、彼らの評価はむしろ上がった。
ああ、そうだ。ロボット警官量産計画は進めるべきだ。
……わかった。ではな」
運転手の老警官「三木」はこれまたとんでもない警察官僚が現われたと感心していた。
清廉潔白にして剛胆。実力もありそうで、カリスマは溢れるほど。
彼は趣味で習っている操気術で目に気力を回してさりげなく白瀬を観察する。
……こんなものを見れる日がやってくるとは!
その立ち上る英気は巨木か、台風か。そんな災害レベルの物だ。
性質はまるで燃えさかる太陽。あまりのまぶしさに誰もが狂乱せずにはいられない。
いるだけで周囲の者に強烈な影響を与えてしまう。そういう存在。
それはつまり、英雄か覇者の類いだ。
「……どうした?いささか緊張しているようだが」
「いえ、私は趣味で気功をやっているんですがね、少し長官の気配を見てみたんですよ」
「ああ、それか。目に毒だろうすまなかったな」
自分がもし若かったならばこの若き英雄に傾倒していただろう。
だが自分は老人だ。共に駆けられないのは解っている。
だから残念に思いこそすれ、それで嘆くほどではない。
気功の修行はたしかに、三木に毒のような覇気に耐える力をもたらしていた。
「ええ、もう少し若ければ共に駆けられないのを残念に思っていたでしょうがね。
ですが、私はもう今年で定年です。だから、むしろ楽しみなんですよ。
長官がどう警察や世の中を変えていくかがね」
ほう、と白瀬は感心した様子でうなずいた。
「あいにく今の私はただの警察官僚だ。警察内部の事しか出来ん。
だが幸いながらついてきてくれる者がいる。
彼らとならば社会を改善できると私は確信している」
そうだ、そのはずだ。警察官僚はどこまで行っても警察官。できるのは警察内部のはずだけ……
しかし彼ならばなんとかしてしまいそうだ、そういう根拠のない確信をさせる男だ。
彼について行くものとは、すなわちその覇気の毒にやられた者達なのだろう。
「乱世になると英雄が現われると言いますが、それは長官のようなお人のことを言うんでしょうねえ……」
「英雄だろうが悪の敵だろうが、世を鎮めるために必要ならばなるしかあるまい。む、あれは……!」
目の前の道路に車を玩具のようにはね飛ばしながら一軒家ほどもあるタコのようなバケモノが暴れている。
「ああ、深淵だか何だかいう怪獣の類いですね。迂回しますか?」
三木は白瀬がどう答えるかわかっていた。だが、聞きたかったのだ。
「いや、ここで止めろ。無線を使い応援を呼べ。それまで私が出る!」
「了解。無線の後、私も避難誘導に当たります。
どうやら長官の気に当てられて私も血がたぎってしまったようですよ」
「すまない、助かる」
車が止まると白瀬は足下に収納していた大ぶりの警棒を手に車を出た。
■
その多腕触手型宇宙人は宇宙的悪意そのものだ。
触手で逃げ惑う人を捕まえては体についた袋型の器官に入れていく。
抵抗が激しければ時に脳を吸い毒を打ち込んだ。あれは助からないだろう。
畑の収穫をするかのような無雑作な触手に人々は怯えすくむばかりだ。
「そこまでだ。一度だけ言う。その手を離せ。人々を解放しろ。
さもなくば、俺がお前を狩るだろう」
白瀬は40cmほどの警棒をぶん、と振る。
すると警棒は三段に伸びて巨大な特殊警棒となった。
さらにスイッチを押すとバジッと空気を焦し電気を帯びる。
子供の背丈ほどもある巨大三段スタンロッド。それが白瀬雷人の得物だ。
「GUGU?GGGG」
触手のバケモノは白瀬を認識すると他の獲物と変らずに触手を伸ばす。
「よかろう。投降されずに俺も逆にほっとしている。
人類を弄ぶとどうなるか、貴様の種族に刻んでやろう」
一閃。わずかそれだけで水飴のように触手腕は電撃により焼き切れた。
さらに、もう一撃。捕えられていた人々を避けて警棒が怪物を切断した。
「GAAAA!」
怪物は泣き、わめき、くずくずに解けていく。
しかし捕えられた人々に白瀬の攻撃による傷はない。
警棒の一撃は電気の流れすらも計算され、制御された神業であったのだ。
魔法が存在する世の中だ。可能不可能で言えば可能な部類に入る。
「GAGAGA!」
空から空間を割るようにして仲間の怪物が現われる。
テレポートの一種だろう。その数はゾウのようにでかいものが5体。
「徒党を組むか。いいだろう、数で上回るのは当然の対応と言えるだろう。
だが、5体や6体程度で阻めるほど、私は大人しくないぞ」
そこから先はまるでおとぎ話の英雄譚。
「なぜならこの身は国民の怒りの代弁者。法とは復讐の代行なのだから!
到着が遅れた事を詫びよう。そして、その無念をここで確実に晴らそう」
雷が舞い、剣戟が醜悪を切り裂く。
それは、被害に遭って生きている者に、傷の痛みすら忘れる輝かしい希望のように映った。
そして、被害に遭わずに逃げ延びた人々には歓喜を与える。
恐怖はいまや打ち砕かれ、英雄譚が幕開けた。
自分たちはその輝かしい歴史の1ページに載ったのだと感じる。
彼こそが英雄だ。
彼のような雄々しく立派な方が惨めな自分たちのためにこんなにも怒ってくれている。
こんな熱く鮮やかな感情は初めて見た。
そういう風に人々は感じた。
「こりゃあ、すごいお人が現われたもんだ。あ、はいここから先は危険ですので立ち入らないでください」
三木は飛んでくる瓦礫を気功による格闘で防ぎ、人々を避難させていく。
「お、おまわりさんあの人誰?っていうかあなたおまわりさん?」
「私は少々気功術を嗜む、ただの警官さ。あの方は……白瀬雷人長官。警察の希望だよ」
三木は苦笑いする。この状況で見物とは。
いくら神秘が当たり前になった世の中とはいえ、呑気なものだ。
「すごい……警官でもあんなかっこいい人いるんだ……」
「撮れてる?ねえあの人撮れた?アップロードしよ」
「はいはい、撮影はもっと下がって安全を確保してからにしてくださいね」
まるで偶像そのものだ。
あの英雄はその武威よりも、思想よりも、なにより爆発的に感染していくカリスマこそ脅威だ。
そう、下手をすればあまりのまぶしさに人の毒、人類の脅威になりかねない。
だからこそ、あとで一言忠告しておこう……自分に出来るのはそのくらいだし、それでいい。
■
この様子を収めた動画はあっという間にネット上を出回った。
一部界隈で「やたらかっこいい警察官僚がいる」という名声が彼の英雄譚の始まりとなった。
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「ああ、約束に遅れてすまない。少し行きがけに深淵に出会ってしまってな……
同盟長・獅子吼竜也さんだな。こちらは白瀬雷人という。階級は……」
「いや、構わんとも。見事な狩りだった。見ていたし、知っている。
さて、警察官僚が自警団の長、つまりはヤクザ者の我々に何用かな?」
郊外のちょっと小洒落た料理を出しそうなロッジ。
そこで警察の代表として白瀬は退魔師自警団「同盟」の長と会っていた。
「端的に言おう。超法的措置の用意がある。そちらは今まで通りのやり方で構わない。
退魔師という職業そのものを公のものにする。すでに「連合」は承諾済みだ」
長は白瀬の目を静かに見た。
白瀬もまた長の目を見た。
二人は互いの奥底に禍々しく輝く光を感じ取る。
「なるほど?つまり?我々を公務員としてありがたく取り立ててやると。面白い事を言う」
「俺は本気だし、こちらはすでに用意をしている」
怪物退治から一息つく間もなく陰謀劇。
英雄に、休みはない。彼は一挙手一投足が英雄的である存在なのだ。
それは、なんと恐ろしく悲しい事だろうか。




