#29 ガンスモークブルース
夜闇に雨がしたたるネオン街。
ドブのように黒いアスファルトを踏みしめて黒づくめの男が歩く。
うらぶれた狭い路地だ。スナックに焼肉屋、落書きされたシャッター。
「おやっさん、いるか?」
「……遅かったじゃねえか、イルマちゃんよ」
イルマがドアを開けた先には荒らされた喫茶店。
カウンターの奧で倒れる老店主がいた。
イルマは慌ててカウンターを乗り越えて店主に駆け寄る。
「オイオイオイ何があったマジかよ救急車呼ぶ?」
「へっ、これくらいでくたばるようなヤワな義体してねえよ。
やられたのは駆動部だけだ、内臓はイッてねえ。お優しいこったな」
店主はサイボーグであった。ちぎれた手足からコードと火花が散っている。
しかし、胴体部の内臓は無事の様子だ。
「オーケー、立てるか?何あったのよ」
「あいつだ。ビリーが来てお前さんの銃を奪ってったよ。
言伝だと。『あの場所で待ってる。ケリをつけたい』だとさ」
黒い中折れ帽を目深にかぶった奧の眼光が鋭くなる。
「あの野郎!」
「行ってやんな。あたしも年だからわかんだよ。死に花咲かせたいんだろうさ」
「クソが!しゃあねえな、いい加減ケリつけてくるわ。良い度胸だなあいつ。手段も選べねえのか老いぼれが」
店主はよろよろと立ち上がり残った片手で棚を開けて中から拳銃を投げてよこす。
帽子をかぶり直していたイルマは慌ててキャッチする。
「持ってけ。聖エリザベス教会の黒い十字架溶かして作ったガバメントだ。
サブアーム、いつか作ってやろうと思ってたんだ」
「あっぶねえな銃を投げるとか!もらっていいの?マジで?ありがとう。ところで救急車呼ぶ?」
「締まんねえなあ……ああ、頼むよ。だからあたしのこたぁ気にせず思い切りやってきな!」
「おう、ちょっと暴れてくるわ」
イルマはガバメントを懐に、コートを翻して出て行った。
■
スカイビルの屋上、スタッフオンリーの狭い通路。
雨が止んだ後の生ぬるい風が吹きっ晒す足場の上。
黒い帽子の男と、白い包帯の男は向かい合った。
「良く来たなイルマ。言いたいこともあろう。言え」
ビリ-という男は白いテンガロンハットにガンマン姿だ。
包帯から覗く皮膚は腐れ、彼の余命が長くないことを示していた。
「おうじゃあ言わせてもらうわ。なんなのお前?俺につきまとうのはキモいのは置いといてまあいいよ。
おやっさん全然関係ないじゃん!あとこれお前の都合だよね100%!
お前のわがままでここまで来る俺のめんどくささとかチョットでもわかるか?解んねえよな知ってた!」
黒い帽子にフェイスマスク、コート姿のイルマはマグマのような怒りをビリーにぶつける。
これこそ彼の戦いの流儀。挑発と威圧を兼ねた罵倒術だ。
だがその罵倒すら懐かしいとビリーはからからと笑った。
「まったく、お前の悪罵もこれきりと思うと愉快になってくるから不思議だな。
……お前の銃だ。拾え。それが合図だ」
ビリーが投げ渡すのはまるでレーザガンのようなデザインの巨大銃。
サンダー50BMG。対物ライフル弾1発のみを発射する変態銃だ。
「相変わらず話の通じねえ野郎だな!ハーブか何かやってらっしゃる?酔っ払い過ぎだろ死ねよ」
「ようやく言ったな。『死ね』とお前が言うときはいつも本気で殺すときだけだ!ああ、まったくその言葉を引き出したかった!」
イルマの足下にサンダー50BMGが滑ってくる。
そして、しゃがんで手に触れる寸前で止まる二人。
荒涼と吹きすさぶ生ぬるい風が神聖な沈黙を演出した。
「……来いよオラァ!」
「待ちわびたぞ!」
ビリーが腰より抜き撃つのはプファイファー・ツェリザカ。
こちらもライフル弾を撃つ巨大変態銃の類いだ。
それに対するはイルマ。
サンダー50BMGを左手に持ったまま、右手でガバメントを抜いてビリーよりわずかに先に撃った。
「ハッハー!二丁拳銃か!嬉しいぞ!いつも鈍器を振り回すお前がこちらのスタイルに合わせて来るとはな!」
「やかましいわお前を楽しませるためにやってんじゃねえんだよ!おめでたい頭だなカチ割るぞボケッ!」
ビリーもまたもう片手に標準サイズのリボルバー、コルト・サンダラーを装備して撃ちまくる。
イルマの弾丸はビリーの片目に当たって今も血を流している。
そして、その隙にイルマは物陰に隠れていた。
「ああ、全く最高だ!どうした?出てこい!お前に合わせてこちらも近接武器を使ってやろうか?」
ビリーはツェリザカをホルスターにしまって、代わりに腰につけていた投げ縄を取り出して回し始める。
右手に縄、左手にサンダラー。縄は恐ろしい風切り音を出して回る。
「そらぁ!」
音速を超えた破裂音を出して縄が飛ぶ。イルマの隠れていた配電設備の金属箱を切り裂く威力だ。
しかし切り裂かれた配電盤をイルマは盾にして突っ込んでくる。
「人様のもん壊すなよ誰が払うんだコレ俺か?おめえだよ!賞金で豪遊してやっからな死ね!」
イルマもまた右手に30cmほどのネイルハンマー、左手にガバメントを構えて飛びかかる。
「ぬおお!まだだ!まだ負けていない!」
ビリーがサンダラーでガバメントを打ち落とす。
それを犠牲にしてイルマはビリーの縄を持つ右手を破壊した。
さらにそのままの勢いでビリーの頭をハンマーでカチ割ろうとするイルマ。
「チェックメイトだオラッ!観念して死ね!潔くしろ!」
イルマのハンマーに対し、ビリーは壊れた右手で防御する。
あと数発で頭までカチ割られて死ぬだろう。
故にビリーは賭けに出た。左手のサンダラーを離すと、袖の中から閃光弾が転がり出る。
フラッシュバン。音と光のめくらましの爆弾だ。
「目くらましたぁ器用だな感心するよ。近所迷惑が極まってんな老いぼれが!」
「チェックメイトだ」
背後に逃れたビリーがツェリザカを構える。
しかしイルマもそうするだろうと、ちょうど背後にサンダー50BMGを構えていた。
勝負の時だ。これでケリがつく。
「勝負だ」
「ああ、良いなそれは良い……」
銃声。ビリーの頭部の右半分が吹っ飛んだ。
どしゃり、と血の海に倒れるビリーに、イルマはガバメントを拾って構える。
「どうした。いつもの減らず口とハンマーは」
「弔いだよ言わせんな。この世の景色は見終わったか?」
「ああ、星空の下で死ぬ。上等の部類だ」
「そうかよ。満足したな、じゃあ死ね。もう出てくんな。死ね」
銃声が何発も鳴った。
「あー……ガラじゃねえな。銃とか」
そして、夜景を振り返り装備をしまう。
「ま、たまにゃあ悪くねえ。こういうのも、悪くはねえ。たぶんな」
眼下には綺羅星のような夜景。夜空には熟れたように輝く月。
夜景というのは不思議な物で、人を詩人にさせるのだ。
痛む体を引きずって、そして男はねぐらに帰るのだろう。
再掲です、まとめました。




