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#15 狩人と小説家とトイレの邪神様

「真字」

狩人達が戦いのなかに見出だした真理の欠片。

大概において一語で言い表せる信念が神秘を帯びたもの。

それらは何故か刻む者に戦技の継承と、物理的な加護を与える。

しかし、刻むためには、僅かなりとも字の表す真実に共感する必要がある。

また理解度が高いほど真なる力を引き出すという。


■


ちょっと片田舎ののんびりした駅。

そこにいかにも都会人でござい、というような垢抜けした服装の男が時計を見ながら立っている。


「んー、やはり田舎というのはいいね。創作意欲をかき立てられる。

おお、あの雲は良い感じだな。青い空とのコントラストが良い。写真に撮って資料にしよう」


真司流(しんじ ながれ)。新進気鋭の小説家だ。

彼は人気の少ないことを良い事にパシャパシャとスマホで写真を撮っては保存していた。


「よう、あんたが真司さん?」


真夏の入道雲を背景に、黒帽子に黒コートという異装の男が駅から出てくる。


「ああ、あなたが依頼した狩人さんかい?ええっと、名前は何だったかな……そう!イルマさんだ。

けっこう有名な人なんだっけ。で、ところでこれは興味から聞くんだけどそのコート熱くないのかい?

いや、冷却魔術式が入ってるのは知ってるんだけど実際のつけ心地を聞きたいんだ!」


イルマはやっぱり作家さんは変った奴が多いんだな……とちょっと引きながらも答えた。


「暑くはないよ?動きやすいし。コート着てるのに涼しいって違和感になれれば快適だよ。

ほらイスラム圏の服だって長袖じゃん。ああいう感じ」


真司は遠慮無くじろじろとコートを眺め回しスマホを取り出す。


「なるほど参考になるなあ!思ったよりも生地が薄い……ぱっと見は鎧みたいなのに、動きやすさが優先されてるわけか。

防御は呪術加護と防刃繊維で確保してると。なるほど、写真撮ってもいい?」

「いやうん、いいけど。初対面で容赦ない取材とかちょっと引く。常識を疑うわ」


イルマは居心地悪そうに写真を撮られながらも生来のノリの良さでピースしてみせる。


「ああ、すまない。職業柄か好奇心が強いんだ。じゃあ残りは歩きながら聞こうか!」

「目的地はこのへんの神社だっけ。護衛依頼だよね?取材じゃなく」


狩人とはこの時代において魔法を使える荒事屋であり、ボディガード的な仕事も引き受けていた。

しかしたかが神社にいくのに護衛が必要なのだろうか?

必要なのだ。魔法を使える人々が当たり前にいると言うことは、それを振うべき相手もまた当たり前にいると言うことなのだから。


「もちろんそうさ。片田舎にある因習だらけの村が一夜にして異常な滅び方をした。

残ったのは無傷の神社だけ……警察とかの捜査は通り一遍でいつも通り深淵なら仕方ない、っていう奴さ。

あれは天災そのものだからね。そしてだからこそ僕は調べたいんだ。一夜にして村を滅ぼした怪物を!」


深淵。それは形容しがたい化け物。外宇宙からの神とも、古代生物の生き残りとも言われる。

とにかくわけのわからなくて危険な何か。闇ですらない悪意の塊。そんなものだ。

常であれば近寄るべきではないもの。だからこそ知りたいと願う命知らずは後を絶たない。


「深淵を取材に行くとか正気の沙汰じゃないと思うんだけど、探究心旺盛すぎない?命は投げ捨てるタイプ?」


イルマもこの頭のおかしい小説家の扱いに慣れてきたのか、遠慮無くしゃべり始めた。


「おおっ、それが『鉄槌』のイルマの罵倒格闘術ってやつかい?

口の悪さで相手を威圧挑発するやつ!いやあ生で見るとすごい迫力だなあ。そして面白い!

参考になるぞ、これはすごく参考になる!」


真司は何事かさらさらとメモまでする始末だ。

二人は真夏の田舎道を歩きつつ進む。じーわじーわと蝉が鳴いていた。


「だめだこりゃ好奇心の塊だな。なら死ぬ目に遭う覚悟はできてる?OK?」

「もちろんさ!でも今死んだら書きたいアイデアが沢山残ってるから困るんだ。だから君に頼んだ。

というわけでよろしく頼む、イルマさん」

「ああ、よろしく真司さん。小説家ってリアルで初めて会うんだけどやっぱちょっと変ってるのな……」


かくして、魔を狩る狩人と、魔を書き記す小説家は怪物の通った後の村へと散策に行く。


■


今より少し未来、退魔師が銃と魔法と鈍器で闘う世界。

いまや魔法はカルチャースクールで習うモノで、妖怪は外国人並みによく見かける存在となり。

街にはパワードスーツやサイボーグ、ロボットも見られるようになってきた。

そんな時代において退魔師は自警団を組織し、狩人とよばれるようになった。


■


「うわあくっさ!なにこれ。もう帰ろうよ。見ての通りじゃん。うんこじゃんこれ!」


イルマと真司の前には下水で没した村だったものがある。

想像してみて欲しい、ダム湖まるまる全て下水という悪夢を。

そして季節は真夏だ。最悪の中の最悪といえるだろう。


「いや、確かに人糞には違いないが、これはすごいぞ!これはこれで一つの生き物なんだ。

神も混ざっている……たしかここの祭神はハニヤスビコだったなあ。でもそれだけでこうはならない。

他の何かも混ざっているはずだ。となると召喚者がいるはずで……」


最悪なことにこのダム湖一杯の下水は生きているらしい。

真司は興味深そうにデスクワーカーにあるまじき行動力で辺りを探っていく。

イルマはうんざりした顔で口にマスクをすると真司について行った。


「あった!見てくれイルマさん!これはすごい!見たことあるパターンの文様が見たことない組み合わせで綴られている。

読み解くと……なるほど、なるほど!プロの見地を聞かせてくれるかい?」


真司は軍手をはめてこの泥とも糞ともつかない最悪の地面を掘り起こしていた。

そこにあったのは神社の残骸。いくつかの要石らしきもの。


「うえっ、なんかもう俺吐きそうなんだけど。えーっと何々……?」


イルマもお人好しな事に、要石に顔を近づける。くさい。


「まあプロとして言うとさ。ハニヤスビコはイザナミのウンコから生まれた粘土の神様だよね。

だから怒らせればこうなるのもまあ解るんだよ。でもこれハニヤスビコでも何でもないじゃん。

わけわかんない邪神をハニヤスビコと言い表すしかなかった系だと思うよ」


そこで真司は興奮して写真を撮りまくし立てる。


「だろう?じゃなきゃこんな異常な光景は説明がつかない!

見てくれこの肥大したカビにあらゆるものが腐り堕ちる腐海じみた光景!

森なんかもう新しい生態系が出来てる!きっと彼らは深淵を起こしたんだ!」


真司が手を広げて見る光景はおぞましかった。

草のように膝丈までおいしげるカビ、鼠ほどもある蛆。空を飛ぶのはおぞましい生ゴミのような何か。

全てが穢れた呪われた土地だ。


「だろうね。深淵の性質はまあ見たまんまだな。「穢れ」だ。

ありとあらゆる「穢れ」を詰め込んだスカトロ神だな。

明るい面では許容とか腐敗による再生とかを司って、暗い面だと死とか罪とかの汚れを司ってるんだろ」


真司は夢中になってメモを取っている。いや、この光景を描写しているのだ。

最初は数千文字あったそれを何度も何度も校正していく。


「そう!それだ!すばらしい……これは参考になるぞ!すごい体験だ!

ところでイルマさん、僕の作品を読んだことはあるかい?」

「いや、ないけど?」


その間にも校正は進んでいく。無駄な描写をそぎ落とし、必要な場面と言葉を凝縮し。

文章は数千字から数百字に圧縮される。さらにその数百が数十に。ついには数文字に凝縮される。

通常であればありえない魔の技だ。これもまた、魔法が公開されたことによる異業間技術フュージョンである。


「そうか……僕の作品は元々短編でね。それをさらに凝縮することでついには物理的な作用さえ生み出したんだ……

さあ、書けた。これがこの場の光景だ」


ついに彼の小説はたった1字の象形文字になった。


「いや、見たくねえわ。凝縮されたこの場の描写とか正気度が削れるやつじゃん。もっと美しいもんないの?」

「しょうがないな。じゃあこれはどうかな?」


真司はメモ長から1字を書いてイルマに見せた。


「何々……?「美食」?って読めるぞこれ。すごいな。ぜんぜんわけわかんない字なのに普通に読める。

いやこれ続きあるわ。なんだこりゃ!?まるでこの場がピクニックにちょうど良い高原とかになったみてえだ!

すげえ!無駄に空気まで美味しい!しゃれおつなバンガロー風のテーブルでスゲーウマいイタリアン食ってる気分だ!

腹まで満たされて味が口の中に広がっていく!表現の神殿だよこれ!」


ここまで見て、真司はイルマの視界からメモを隠した。


「どうかな?これが僕の創作であり魔法だ」

「いやあんたすごい小説家だわ。これもう小説と言っていいのかわかんねえけど。

っていうか、現実に戻ったら余計この場くさいな!もう帰ろうよマジで」


フフ、と真司が笑った。


「その上でいくつか聞きたいけど、君たち狩人は戦いの中で信念を見いだすんだってね。

たとえば「怒り」とか「笑い」とか「愛」とか。

僕はそれを描写したい!君たちが悟ったモノを見たいんだ!きっとものすごい快作になるぞ!」


イルマは何か嫌な予感がした。


「というわけでここの邪神と闘って欲しい。そこで君の見いだしたモノを僕に描写させて欲しいんだ!」

「うっわ当たったよ嫌な予感……マジで?これと闘うの?嫌だよ帰った方が良いって」

「僕はエロ小説も書いていてね……闘ってくれれば報酬として君の好きなシュチュエーションを書こうじゃないか!」


イルマは懐から鉄槌を取り出した。


「一つ注文な。エロじゃなくって食レポ頼むわ。とびきりウマいアメリカンステーキ。できる?」

「もちろんさ!」

「オーケーそれじゃ決まりだ」


かくしてこのろくでもない邪神にろくでもない動機で闘うことが決まった。


■


イルマがいくつかの呪文を唱えると、下水ダムの水面が持ち上がり、おぞましい邪神の姿があらわになった。

ゴキブリの触覚のような細い毛に、ガマガエルのように腫れてイボのついた皮膚。

ある種のウミウシのようなうねうねした何か。

そして何よりおぞましいのが、蜂の巣のように身体に埋め込まれた人々の変異した姿だ。

豚のように肥大し、その口からは嘔吐を、下からは糞便を垂れ流す姿はもうただただ悲しい。


「想像以上にゲスい神様だったみてえだなこのゴミ野郎が!

アヘ顔絶頂まではまあわかるよ?肥大化はないわ。わけわかんねえよ死ね!

うんざりだ!加熱消毒してやる!汚物は消毒だこの野郎!」


イルマの手に炎が灯り、火球が投げつけられる。

空中で3000度に達した火球で穴を開けられても邪神は平然とこちらに汚らしい何かを投げてくる。


「ていうか舐めてるよな人間をよ!人質に埋め込んどきゃそれで躊躇うと思うか!絶好調だ死ね!

むしろますますおめえをブッ殺したくなったよ!あとそうなったらもう楽にさせてやりてえと思うだろ普通!

ないわ。ほんとないわ。頼むから死んでくれ」


真司は少し後ろから熱心に観察し、イルマはあえて紙一重で避け、火球を投げつけるばかりでいつもより消極的な戦い方だ。


「どうしたんだい?金槌はつかわないのかい?」

「これに武器たたきつけたくねえ!ぶちゅっていくよこれ!

クソが……文字通りクソだったね知ってた!」

「それが飛び散らなければいいのかい?なら出来るよ」


真司が空中に文字を描くと夏の空気が一瞬で凍り付き、吹雪がいきなり吹き出してあっというまに邪神を凍り付かせた。


「ナイスアシスト!っていうかあんたの方がよっぽど深淵だわ……

いくぞコラァ!てめえが太鼓になるんだよ!死ね!」


真司が氷で拘束できたのはほんの3秒くらいだが、その間にイルマは何発も金槌を叩き込み、邪神をバラバラに砕いた。

とけて再び元に再生しようという邪神に対し、イルマは呪文を唱えた。


「トドメだ。遍満する金剛部諸尊に礼したてまつる。

暴悪なる大忿怒尊よ。砕破したまえ。忿怒したまえ。害障、穢れを破摧したまえ。

火生三昧の炎により、烏枢沙摩明王が解穢の力を借りさせたまえ!

吉祥を保持し給え。幸福を保持し給え。華麗な吉祥に、成就あれ!」


イルマの金槌に灯る炎が大きく、おおきく。赤から青へ、そして白へと輝いてゆき、巨大な火炎の渦として邪神に向かう。


「火生三昧・解穢大呪!」


それは罪穢れを焼き尽くす地獄の炎。故に邪なる神には有効であった。


■


好奇心と私欲のために神殺しをしてのけた小説家と狩人は調査を終えて、返り道を歩く。


「ありがとう。おかげで素晴らしいものが書けたよ!」

「ああうん、どう?書けた?」

「もちろんさ!読んでくれるかい?」


真司はイルマのその信念と戦いの本質を一文字に凝縮して書き出した。


「「怒り」?だなこれは……なんだこれ、すげえ共感できるわ。なんか自分の背中見てるみたいなんだけど。

いやちょっと待て……これここ、なんだかわかんねえけどこうじゃねえの?」


それは「怒り」。理不尽に怒ることこそ人間の勇気だという人間賛歌。

そしてイルマは自身を現した字だからこそ、それに手を加えることができた。


「ああそうだね。これでよりいっそう良くなった!これで君の悟りを他の人にも共有できるよ!」

「俺以外の人が読んだらどうなんのこれ。さっきの氷はなんか物理的に影響あったけど」

「君の信念を理解できるはずさ!あるいは、技術のひとかけらでも理解できるようになるだろうね」


それはつまり、記憶と技術のアーカイブ化、共有ができるということだ。

ただ読んだだけで、達人の精神と技術が身につく。

技術の継承は文字の本質ではあるが、それでも一つのパラダイムシフトであろう。


「ちょっと待て、それとんでもなくねえ?もう真言か何かじゃん!」


そう、それはこの世の真理を書き表し、物理にも影響を与える呪文を新しく作るのと何ら変らない。

ゆえに、これは莫大なカネを生み出すものだ。

だから、真司はニヤリと笑ってこう嘯いた。


「そうだろう?ところで僕は書く場所が欲しいんだ。

もっといろんなモノを書きたいし、それにはコネも金もいる。

もしよかったら、同盟でなんとかできないかい?」

「上の方に聞いてみるわ」


この出会いにより、同盟は彼の「真字」を武器によりいっそうの力を持っていくこととなる。

真司がイルマに見いだした文字は2つ。「粋」と「怒り」であった。


■


「怒り」 

鉄槌派の狩人達が狩りの中に見出だしたもの。

「理不尽に怒る事こそ人間の勇気である」

そう悟った彼らは最も初めに真字を見出だした。


短い棒状の武器の扱いを習得し、火炎を操る力を得る。

また戦闘時に高揚し、それは敵に対する容赦ない罵倒を伴う。

罵倒により挑発と威圧を行い、戦いを有利に進める技術を見いだす。

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