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#16 虫も殺せぬ鬼とチキンなサムライが怪盗になるには1

「悪いな、そういうわけだ。お前なら武術師範とかで食っていけるし、その方がきっと合ってるよ」

「ああ、お世話んなったの。ほじゃあの」


九州なまりの男が腰に木刀を下げて建物の入り口で職場に別れを告げた。

つまり、いろいろあってクビになったのだ。


「はあ……まあ、せいせいしたき。退職金はあるが、こりゃぱぁっと遊ぼうかのー」


足はふらふらと繁華街に向かっていく。アーケードの大通りから夕闇迫る淫靡な裏通りへ。

そこでちょっとした事件があった。


「我はもう、こんな職場いやなのだー!うんざりなのだ!」


頭に角を生やした幼女がネオンけばけばしいビルから逃げていく。

薄く扇情的なデザインの服。幼女に見えるがおそらく実年齢は成人している。

そういう趣向の妖怪風俗だ。この時代においてはよくある存在である。


「……たいぎぃのぉ」


鬼種の娼婦は追手から逃げようというのか、自転車の鍵を壊そうと四苦八苦している。

盗難防止退魔防壁が作動し、鬼は吹っ飛ばされた。


「ううー……!」

「おいこら待てぇ!」

「ひええ」


九州なまりの男が行動を起こしたのはいくつもの偶然の積み重なりだった。

まず、退職直後で浮かれていたこと。

たまたま、わりと好みの女の子が困っていたこと。

たまたま盗りやすそうで、廃車らしき車があったこと。

それで、つい良いところを見せようと……彼は行動した。


「おらぁ!」


娼婦を捕まえんとした女衒に後ろからボロい車が軽くぶつかってきた。

そしてドアが開いて九州なまりの男が娼婦に手を差し出す。


「のう」

「な、なんなのだ」

「乗るか?逃げようが。近場までおくっていくきに」


娼婦は理性では混乱していたが、本能では瞬時に理解した。

つまり、白馬の王子様である。

疑う理由は無数にあったが、彼女は本能的に九州なまりの男に悪意がないのを感じていた。

ならばこれはお互いノリで行動している!乗ってみよう!

そう彼女の大分おめでたい頭が結論するまで2秒。


「乗るのだ!」

「ほいじゃあ行こうかの」


女衒の男が立ち上がり痛みに顔をしかめながら車に向かっていく。

軽い強化インプラントを入れているらしき女衒は車を掴み、引き留める。


「待てよコラァ!雇用契約のこってんだろうが!」

「たいぎぃのー。

『イグニス・ファトゥス。松明持ちのウィリアム。一つかみの地獄の業火を貸しとくれ』

かんしゃく玉じゃ!」


女衒の顔の真ん前に小さな火球が現われ破裂する。

それはかんしゃく玉程度だが、目の前でならば一瞬手を緩めるのには使える。

そうして、車は赤い夕日の中を爆走していった。



今より少し未来、退魔師が銃と魔法と鈍器で闘う世界。

いまや魔法はカルチャースクールで習うモノで、妖怪は外国人並みによく見かける存在となり。

街にはパワードスーツやサイボーグ、ロボットも見られるようになってきた。

これはそんな混沌の時代で繰り広げられる物語だ。



「ありがとうなのだ……なんで助けてくれたのだ?」


鬼が男に尋ねる。


「あー、気まぐれとノリじゃ。しばらく暇になるき」

「そうなのかー」


ここで少し間を開けて色気と照れの混じった声で鬼が囁く。


「そ、その……見ての通り着の身着のままで、行く当てなんかないのだ……

しばらく泊めてほしいのだ」


うーむ、と男は考える。

どうもこのちょっと頭の足らなそうな鬼は、202X年の世界内戦後、表の世界に出てきた妖怪の一人だろう。

今まで隠れ里などでのんびりしていた妖怪が、都会に出て騙されたり、目の毒すぎる商品の数々に無駄遣いする。

そうして金がなくなって風俗墜ち。どのみち稼げるスキルなどそんなに無かった。

そんなよくある所だろうと考え、実際それは当たっていた。


「あんなあ……そんな女が男の所にほいほい上がるもんじゃなか。

じゃっとん、仕方なかか……たいぎぃのぉ」

「そうなのだ……このまま放り出されても着る服も泊まる場所もお金も仕事もないのだ。

そういうのが嫌なら、すみっこで寝てるのだ……お料理もお掃除もできるのだ!」

「うーむ……」


なんだかこのままずるずるとこの女のヒモになりそうなコースが見えた辺りで一つの変化があった。

カーナビが突然動きだし陽気な声を出し始める。


『はーい!元気してるかいダメンズ&ダメガール!ああ、僕はその車の持ち主さ!

名前は……そうだな、ロビーって呼んでくれよ!

その車はあげるから、ちょっと頼みたいことがあるんだ!』


カーナビの画面にはLIVE2Dらしき3Dアバターがくるくると動く。

白兎モチーフの女の子アバターで、声も女のそれだ。ボイスチェンジャーかもしれないが。


「な、なんだー!?」


驚く鬼女。


「こりゃあ、たいぎぃのお……ええっとロビーさんじゃったか?

車はすぐ返すきに。簡便してつかあさい」


即謝りを入れる木刀男。


『ははは!まあまあ、話は最後まで聞くものさ!君ら、二人とも今職を辞めてきたばかりだろう?

とりあえずのお金はあっても、その先どうするんだい?僕なら十分な報酬を用意できるよ。

仕事自体もそれほど難しくない。

内容はちゃんと話すし、それでも嫌なら……ちょっと後ろの座席にある鞄を見てみな。

ダイヤル番号は623だ』


鬼女が素早くずっしりと重い鞄を手に取り、開ける。


「うわーっ!すごいお金なのだ!逆に怖いのだ!」


札束がどさどさと出てくる。100万200万ではない。


『……と言う訳なんだ。さあ選んでくれ。

僕が君たちを泥棒として起訴するか。

仕事の対価としてそれを受け取るか。

あるいはそのままそこで車を止めて何事もなく帰るか』


うーむ、と悩む二人。しかし退職後のテンションはすごかった。


「……仕事の内容聞いてもええかの?」

『うん、良く聞いてくれたね!君たちには怪盗、義賊になってもらう!

あるときはブラック企業の内部留保金を従業員にばらまき、

あるときは癒着公共事業の金をかすめ取りばらまき、

あるときは学校の中のもみ消された不祥事を暴く!

どうだい?底辺からあっというまに皆のヒーローさ!』


これにいち早く反応したのが鬼女だった。


「おおっ、つまり悪い奴から略奪して、それを貧乏な皆に分けるのだな!?楽しそうなのだ!」

「……言うとくが俺は人は斬れん。殺しはできん。それでもええがじゃ?」


悪い事に、ノーフューチャーな二人は乗り気になった。なんだかんだでこの二人、ノリで生きている。


『もちろんさ!君たちは二人とも『人を殺せない』から鬼にも退魔師にもなれずこうなった。

ならば人を傷つけない怪盗なんか理想解じゃないかな?さあ、改めて返事を聞こうか!』


そう、男は治安維持機構にいたが、どうしても犯罪者を斬れなかった。故にクビになった。

女は鬼としてテロリストに入るには優しすぎて、娼婦にでもなるしかなかった。

二人とも優しすぎるのだ。故に、この提案は渡りに船だ。


「やってみたいのだ!」

「ええいこうなりゃヤケじゃ!ええがじゃ!やったるわ-!」


やけくそ気味に笑いながら二人はハイタッチする。


『では最初のミッションだ……自己紹介しよう!』


ここで彼等は初めて互いの名前を知らぬ事に気がついた。


「お、おう……右田斬九郎じゃ」

「おー!我はぽこぽこ山の左鬼なのだ!」

『右と左だね!ちょうど良いコンビだ!怪盗チーム「LR」なんてどうかな?』

「気に入ったー!」


かくして。

このお調子者で脳天気で、底抜けに明るい怪盗が世を賑わすまであと3日。

彼等もまた、この宵闇の時代を綺羅星のように駆け抜けるのだ。

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