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#13 獣のうごめき

ある日、魔法と妖怪の存在が公開された。当然大混乱になった。

退魔師が自警団を作り、銃と魔法と鈍器で治安維持をするようになった未来。


「エレベーター止まってるところで最上階とか常識ねえのかよ……!

クソボロアパートの住民が!」


「鉄槌」の二つ名を持つ退魔師イルマは、ある調査依頼から黒森という新聞記者を追っていた。

黒帽子とコートが汗ばむ。内部に冷却術式を内蔵したこれは、案外に快適ではあるのだが。


「ここが奴のアジトか?ゴーストアパートね。いかにもって感じだ」


奇妙な依頼だった。

小切手と数枚のカードを届けるという簡単過ぎる仕事。しかし受取人は探せども行方不明。

探すには奇人変人巡りをする必要があり、イルマの機嫌は最悪だった。

情報屋に、失せもの探しの占い師といういかにも濃い連中の相手は大変だ。


「よし……ようやく本人に文句が言えるわ。手間かけさせやがってカストリ記者がよ!」


イルマは口の悪さが取り柄の戦士だ。

暴言で敵を威圧、挑発する戦法を得意としている。

言葉を武器にするからこそ彼は自覚している。

故に味方に向くことはないのだが、当然良く誤解される。そんな男だ。


「チャイムすら壊れてるじゃん。なんなのこのマンション。

もしもーし!お届けものでーす!黒森善也さん!?

……開いてるじゃん。入るか。仕方ねえ仕方ねえ」


扉を開いてイルマは一瞬驚いた。

どう見ても火事の焼け跡だからだ。

しかし、新しい家具があるところから人は住んでいるようだ。


「なにこれ火事場に住んでるとか正気を疑うわ……」


イルマは油断なく懐から金槌を出す。

二つ名にもなった彼の得物だ。


「メモか……記事の原稿か?いやこれ日記だな」


イルマは机の上から煤けたルーズリーフを調べる。


《私刑が蔓延ったこの国は、今やまさに魔女狩りと全体主義へと墜ちようとしている。

誰もが隣人の密告におびえ、自由に本音を話すことも出来ない。


かつて、タバコが禁止された時は私は反対しなかった。

喫煙者ではないから。

かつて、ビールが課税されたときは私は反対しなかった。

私はビールは飲まない。

かつて、ポルノが禁止された時は私は反対しなかった。

愛する人がいたからだ。

かつて、私刑が導入されたとき、私は反対しなかった!

自分を善良な市民だと思っていたからだ!》


一理ある、とイルマは思う。

最初は自警団であった退魔師も大所帯だ。

質の悪いやつらはいる。

そういうのが暴走しているのを処罰にいった事もある。


《私は……私は恐れていた!世間の空気に刃向かうことを!

その空気を作るのは一部の権力者によるものだと知っても》


間違いではない。耳に痛い言葉だ。

彼のいる組織「同盟」は元々は神秘を使った人殺しだけを始末する自警団だった。

しかし、今や誰でもが神秘を使えるようになり、殺人者を殺す組織と化し。

結果として治安維持装置として権力を持ちつつある。

それはイルマにも不安に感じられた。


《そして気づいたとき、私を助ける者は誰もいなかった!》


ゴシックフォントから、黒森の悲痛な叫びが聞こえてくる。


《私はもう空気など読んだりはしない!

お前達に刃向かうことを恐れもしない!

もう何も失う者などないからだ!》


イルマは思い出す。そう言えば黒森には家族がいた。

だが、この家の有り様を見ればもう失ったのだろう。

彼に何があったか察せられる。


「ん?!ガソリンの臭いだと!?やべえ!」


イルマが素早く冷静にベランダに逃げる。

後ろからは炎が燃え上がった。


「腐った軍閥に仕える憐れな犬よ!飼い主に伝えておけ!

もう憐れな新聞記者はどこにも現れないとな!」


隣のビルから錆びた声が響く。

そこにいたのは白コートガスマスク姿の怪人だ。


「ええと、あんた黒森さん?自宅に放火とか頭大丈夫かあんた」

「これで黒森という私の過去は全て燃え落ちた!せいせいした気分だよ」

「気分で放火しないでくれる?俺まで燃えそうなんだけど。

まあいいや、あんたが黒森善也ならお届けものだ!受けとれ!」


イルマはベランダのコンクリートブロックに封筒をくくりつけ投げる。

殺人的な速度のそれを黒森は軽く避け、封筒を的にとり中を見た。

ガスマスクの奥で狂的な笑いが響く。


「く、ふふふふ……ははは!そうか!そういうことか!

なるほど、ひどい話だ!だが、福音でもある!

いいだろう、使ってやろうじゃないか!」


イルマは胡乱な眼で黒森の狂態を見た。


「おう、なんだかわかんねえけど気に入ったなら何よりだわ。サインくれる?」

「ああ、そうかサインか。そうだな届け物には必要だ。受けとれ!」


黒森がサインすると、紙は手裏剣の形に畳まれ投げられる。


「ありがとよ!いちいち殺意あるの何なの!?そろそろキレていい?防衛権使うよ?」

「いいだろう!正当防衛はお前たちのやり方だったな!

好きにするがいい。

こちらも新たな力の試し打ちにちょうどいい。

殺しに行くからその権利を使って見せろ!」


イルマの背後に炎が迫る。

しかし彼は炎に金槌を突っ込むと綿あめのように炎を絡めとる。

イルマは炎を使う密教呪術師だからだ。


「オーケー、あんたが売った俺が買った!

舐めんのも大概にしとけよぶっ殺すぞ」


爆発と共にイルマが隣のビルに飛び込む。

黒森は懐から紙手裏剣をだして投げると、ビルのコンクリートが易々と切れた。

どちらも人体と物理法則を越えた神秘の力だ。


「腐った組織の飼い犬よ!今の日本をどう思う?

人々は密告に明け暮れ、誰も本音を話さない!

真実を分かち合える事こそ人の幸福だと言うのに!」


黒森はどこからか火掻き棒を取りだしイルマ金槌と打ち合う。


「良いわけねえだろだから俺が動いてんの色々な!

そういうあんたはなんなんだ。本当に元記者かよ!

いい鍛え方してるね死ね!」

「粛清か?お前たちらしい!

だがそれでは解決にならないのも解っているだろう!

故に私は立ち上げる!新たなる組織を!」


イルマの烈火の攻めに黒森は紙手裏剣で応じる。

炎が燃え上がり、しばし距離が空いた。


「そうかいそりゃ結構なこった。金あるの?

妄想癖もここまでくると救えないわ」

「金ならさっきの封筒に小切手があった。

新たな力もな!送り主は知っているか?」

「ハルマンか…!」


イルマは困惑と共に呟いた。

それはこの神秘溢れる時代を作った偉大なる魔術師。

そして彼の組織「同盟」の創始者の一人。

そして、故人である。


「そうだ!あの魔術師だ!この金と力を私に渡す。

これは彼が同盟などもう要らない、新しい組織『誓約』を作れという啓示と受け取った!

私はお前たちに挑戦する!今これより私はジェボーダンと名乗ろう!」


ハルマンにはそういうところがあった。

自分が作った組織でも腐ったら潰す。

そして、彼が魔術師と言われる所以の一つがこのように人を導くからだ。


「アメコミ読みすぎだって!頭たたきゃ治るよ。死ね!」


イルマは自らの体を炎に変えて接近し、ジェボーダンの前で実体化して金槌を振り抜いた。

頭部にヒットするはずの金槌は、しかしジェボーダンの体をすり抜けた。


「妙な術つかいやがる。それがハルマンから得た力か!

頼むから死んでくれ」


ジェボーダン体はどんどん透明になっていく。


「今夜はこれくらいにしておこう…!また会おう、猟犬よ」

「あんた本当に元記者かよ?演技力豊かすぎるだろ」


そうして彼はその場から消え失せた。

イルマはその狂的な瞳と尋常ならざる力に唸った。


「こりゃ面白えことになりそうだな……」


イルマの勘が告げていた。これで終わるはずがないと。

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