旅立ちの日に
辺りはまだ薄暗く、街灯の明かりが届かない場所は夜の余韻を残している。
辺りを見渡しても人影も見えない。そんな中修道院の門が開き、輪廻が手に息を吹き掛けながら出てきた。
冒険者になると決めたときから、体力をつけるため走り込みを始めていたが、オルガと修行を始めるようになってからは、剣の素振りや魔法のトレーニングをメニューに加えた為朝早くから行動するようになっていた。
ゆっくりと体を伸ばし入念に準備運動をする。
斜めがけされていた鞘には、訓練用の鉛の入った鉄製の剣が収まっていた。
オルガの丁寧な指導もあり、ずっしりと感じる重量のこの剣をなんとか自分のものにしてきているところだった。
街の真ん中を突っ切って折り返す。そして修道院を通り越し、森の手前の開けたところで一度息を整える。
この行程で、既に10km以上の距離を走っているのだが、輪廻にそれほど疲れは見えない。
そして、鞘から剣を抜き素振を始めた。
輪廻の素振りは、何か鬼気迫るものが感じられた。一心不乱に剣を振り続ける事で不安を圧し殺しているようであった。
一時間程振り続けてようやく剣が鞘に戻された。
そして、輪廻は周りに落ちている石や枯れ葉、木の枝等を集め始めた。風の魔法を使い、それらを空高く舞い上がらせる。
落下速度が違うそれぞれを、風の魔法と火の魔法を使い分けながら、撃ち落としていく。
いくつかの失敗があり、そのまま落ちて来てしまった物に、改めて拾い集めた物を追加し、それを繰り返していく。
そして、朝陽が辺りを照らし始める頃にやっと早朝の修行が終わりとなる。
修道院に戻り朝食を食べ終えると、本を読み冒険者として必要な知識を学び、オルガから冒険者の心得等の実践的な事を学ぶ。
そして、昼食をとった後はオルガとの組み手をするというメニューをこなしていた。
夜には、早朝と同じメニューを繰り返すというハードな毎日を送っていた。
旅立ちの日が近づいていることもあり、最近では、オルガと二人近場の森に行きモンスターを倒すと言うことをしていた。
始めは命を奪うという行為に慣れていない輪廻にはかなり辛い行為であり、致命傷を与えながらも最後の止めを刺せず逃がしてしまうということもあった。
しかし、モンスターは弱い者でも基本的に人間に対し有害で有ること、冒険者として生きていく上で絶対的に必要なこと、輪廻自身が生きていくために、殺して食べるということが当たり前である事をオルガから徹底的に学び、何とか自分の心と折り合いをつけることが出来るようになって来ていた。
この狩りで殺したモンスターを売って輪廻の旅立ちの資金を稼ぐことも出来ていた。
そうして、遂に輪廻の16才の誕生日になり旅立ちの日がやって来た。
冒険者になるという者は、ほとんどの人間が16才になると同時にギルドに登録する。
ギルドに登録してから一定年月が経たないと受けられないランク試験や依頼がある為、少しでも早く競うように登録するのが慣習になっていた。
「ホントに行ってしまうのね。」
マリーが、目元を涙で濡らしながら輪廻の手を取る。
「はい。今まで本当にお世話になりました。コンエアに戻った時は、絶対に会いに来ます。」
「絶対よ。毎年誕生日にはこの街に戻ってきてくれなくちゃダメよ。」
「ええ。約束します。必ず誕生日には戻ってきます。」
「マリーや、輪廻は本当に強くなった。毎年元気な姿を見せてくれるよ。」
そう言って、オルガはいつもの柔らかな目で輪廻に微笑みかけた。
「オルガさん。本当にありがとうございました。あとごめんなさい。ずっと僕の修行に付き合わせてしまって。」
「いいんじゃよ。わしも昔に戻ったようで楽しかった。それに輪廻の成長が間近で感じられたのは嬉しかったよ。では輪廻や。そろそろ行こうかのぅ。」
「はい。それでは、マリーさん。行ってきます。」
「やっぱり本当に行っちゃうんだね。他の子達みたいにこの街で仕事を探せば良かったのに。」
そう言いながら、輪廻の体を抱き締めた。
抱き締められながら輪廻は心苦しさに襲われていた。
(やっぱり恩返しの為にはそうした方が良かったんだろうな。)
そんなことを思っていると、僕の心の中を覗いたかのようにオルガが声をかけた。
「マリーよ。いつまでもそんなことをを言っていてはダメじゃよ。輪廻が決めたことなのじゃから応援してあげねば。さあ送り出しておやり。」
「そうね、ごめんなさい。じゃあ輪廻、いってらっしゃい。ちゃんと帰って来るのよ。約束よ。」
「はい、必ず。では改めて行ってきます。」
そう言ってマリーに別れを告げた。
「じゃあマリー。わしはギルドまで付き添って来るからのぅ。」
「はい。手続きなんかもあるんでしょ?宜しくお願いしますね。」
そして、オルガと二人連れ立って修道院を、あとにした。そんな二人が見えなくなるまでマリーはずっと手を振り続けながら見つめていた。
ギルドに到着し、オルガに続いて中に入った。
ギルドは、この街でも1、2を争う大きな建物で一階部分はかなり開けた空間になっており、壁際の机には依頼の種類やランクごとに別れた依頼書が並べられていた。またチームのメンバー募集の貼り紙なんかも貼られていた。更には、ギルドでしか扱われていない特別な武器や防具、魔道具が陳列されている棚もあった。
酒場、食堂も兼ねており、今も10数名が話し込んだり、食事を取ったりしていた。二階部分は半分が吹き抜けになっており、その奥にもテーブルが並んでいるようだったが、人のいる気配は感じられなかった。
オルガは、入り口から一直線に進み一番奥のカウンターに進んでいった。辺りを見回していて取り残されていた輪廻は、慌てて後に続いた。
「オルガのじいさんじゃないか。随分ご無沙汰だな。どうした? 電撃復帰か?」
カウンターに座っていたオルガより少し若そうな男性が声をかけてきた。
「あほぅ誰がじいさんじゃ。今日は付き添いじゃ。この子が今日で16になったはずじゃからのぅ。登録手続きに来たのじゃ。」
そう言って輪廻の肩に手を置いた。
「70越えたらどんな男でもじいさんだよ。お前さんの教え子か。だったら少しは見込みがありそうだな。最近の若いのは根性が足らん。すぐ辞めるだの、怖いだのぬかすからな。」
「この子は、そんな根性無しじゃないわい。早よう登録の準備をせんか。」
「よっぽど可愛がってるんだな。そんな眼をしたお前さん初めてみたよ。」
オルガが照れ隠しにその男性の頭を小突いた。
「いてて、じいさんからかうのは止めにして自己紹介といこうか。俺は、ここのギルドマスターのロギンスだ。お前さんは?」
「リンネと言います。オルガさんの修道院で育てていただいてました。宜しくお願いします。」
「じいさんの教え子にしては礼儀正しいな。マリーの教育の賜物だな。じゃあまずはこの石板に手を置いてくれ。」
オルガがまた殴ろうとしたので、慌てて石板を出し防御していた。
この石板は、16才未満のギルド登録の不正を防ぐ為の機能がつけられている。16才未満が触れると赤く変色するようになっている。
輪廻が石板の上に手を置いても何の変化も起こらなかった。
「よし、大丈夫だな。字はかけるか?」
輪廻が頷くと、
「じゃあそこの台の上に登録用紙があるから記入してくれ。終わったらここに持ってきてくれればいい。」
「分かりました。」
そう答えて輪廻は、台に向かい登録用紙に記入し始めた。
名前 リンネ
職業 剣士 (魔導師か迷うけどやっぱり剣士だな)
属性 風
能力 特に無し
出身 コンエア (日本とはかけないよな)
活動拠点 未定
その他特記 特に無し
すぐに書き終えた輪廻は、オルガと会話していたロギンスに用紙を渡した。
「早いな。よしじゃあこの上に手を置いてくれ。」
ロギンスは用紙を見もしないで、先程とは違う石板の間に挟んだ。その石板の上には一つ水晶と15個黒い玉のついたブレスレットが、埋め込まれていた。
ブレスレットがちょうど手首の位置に来るように右手を置くと魔力が吸われる感覚を感じた。すると、石板が青く光出し埋め込まれていたブレスレットが独りでに動き、右手にかっちりとはめられた。
「これで登録完了だ。そのブレスレットは装備者が死ぬか冒険者を辞めない限り外れないようになっている。装備者が死ぬと独りでに登録したギルドに戻ってくるようになってるから生存確認の意味合いもあるな。辞めるときはどこのギルドでもいいから行けば外すことが出来る。」
「なるほど、分かりました。」
「あと、ギルドに登録される情報はお前さんが用紙に書いた情報だけだから、追加したい事が出来たらその都度書き換えてくれ。ギルドの誰かに伝えてくれれば追記の手続きをしてくれる。あとブレスレットに魔力を込めると、お前さんの情報が頭に浮かぶようになってるはずだから後で試してみてくれ。」
「はい。」
「後は、ギルドランクは全員が必ずFから始まる。それで依頼をこなしたり、モンスターを討伐した数や質によってランクが上がる。E,D,C,B,A,S,と上がる。まあその上にダブルS、最高ランクのトリプルSって化けもんみたいなやつらがいるがな。それでCからBに上がる時に試験がある。まあBランクになって初めて一人前と認められる訳だな。まあBランク以上の内容は試験に受かってからじゃないと話さないことになってるな。あとお前さんモンスターは倒した事あるよな?」
「はい。オルガさんと何度か。」
「そうか。それでその時は、食ったり売ったりしたか?」
「どちらもあります。」
「まあ食べちまう場合は、余り関係ないんだが売る場合は、その時は直接武器屋とか道具屋に持っていったよな。だが、ギルドに登録したらブレスレットにはまっている黒い玉にモンスターを入れて運べる事が出来る。数は黒い玉と同じ15体までだがな。それでギルドに来れば一括で買い取ってやるからな。ブレスレットに入っている間は腐敗が進まないから非常食換わりにある程度は入れておいた方が利口だぞ。まあ説明は以上だ。」
「分かりました。ありがとうございました。」
「おう。頑張って早く一人前になってくれよ。そんでバリバリ稼いでくれ。」
「はい。頑張ります。」
そう輪廻が答えたとき、オルガの手が再度輪廻の肩に置かれた。
「では、武器と防具を取りに行こうかのぅ。」
「買いにいくんじゃなくて取りにですか?」
「うむ。わしが使っておったお古で申し訳ないが、輪廻にサイズを合わせて作り直してもらっておいたのじゃ。」
「えっ、そんな。いいんですか?」
二人は会話しながら、ロギンスに別れを告げギルドから外に出た。
「いいんじゃよ。お主にわしの一部として連れていってもらうつもりだったのじゃ。」
「僕なんかにそこまでしていただいても、何もお返しすることが出来ません。」
「本当にそんな事を考えなくていいんじゃよ。マリーとの約束通り一年に一度元気でやっとる姿を見せてくれさえすればわし達は幸せなんじゃ。」
そう言ってオルガは輪廻の頭を撫でた。輪廻は、言葉を出すと涙が溢れそうなのを感じただゆっくりと頷いた。
「さて、では取って来ようかのぅ。」
二人並んで武器屋に入る。オルガが店員に声をかけると、すぐに真っ黒な鞘に入ったロングソードを持ってきてくれた。
オルガはありがとうと剣を受け取ると輪廻に合図し隣の防具屋へと向かった。
防具屋でも、声をかけるとすぐ真っ黒なハーフコートが奥から出てきた。
「これは一度サイズを確かめねばならんな。輪廻、着てみておくれ。」
輪廻は手渡されたコートの不思議な質感を感じながら袖を通してみた。
「ちょっと大きめですが、凄くしっくり来ます。」
「そうか。それは大きめに仕立ててもらったからのぅ。では行こうか。」
オルガと輪廻は店を出て、街道の方へ歩いて行った。歩きながらオルガが、武器と防具の説明をしてくれた。
「そのコートは、あらゆる攻撃からの耐性を上げてくれる黒糸で織られておる。魔法耐性もな。通常の物理耐性なら並の甲冑なんかより強いぐらいじゃ。
そして、そのロングソードは、魔法電導率が非常に良く、今の輪廻なら普通に魔法を放つより剣を通した方が威力が上がるじゃろう。難点としては、魔力を使う割に攻撃範囲が狭い事ぐらいじゃな。」
輪廻がベルトに括られた剣の柄を握ってみると手に馴染み吸い付くように感じた。
「こんな凄いものありがとうございます。大事に使わせて頂きます。」
「戦闘スタイルをわしが決めてしまうようで申し訳ないが、わし自身が魔法剣士だったから輪廻にも合うと思うたのでのぅ。世間的にはかなり珍しいスタイルではあるがのぅ。」
「自分でも剣と魔法両方を使いたいと思っていたので理想的です。」
「ならば、良かった。
さあ、それでは輪廻ここでお別れじゃのぅ。また会いに来ておくれ。」
いつの間にか街の端の門まで来ていた。輪廻はずっと考えていた事を口に出した。
「オルガさん。僕はずっとあなた方に秘密にしてきた事があります。それをあなたに伝えないまま旅立つことは出来ません。」
そう言って輪廻は、今まで伝えていなかった自身へかけられた呪いや、境遇について話す決心をしたのだった。




