ある夏の日の縁日 序
「誠司、見て」
ある日の夕方、美奈が唐突にやってきた。
ただし、いつもと違って美奈は赤地に綺麗な桔梗の花の模様の浴衣を着ていた。
……なかなかに似合っている。ちっこいけど。
「へえ、結構似合ってるじゃないか。で、何でいきなり浴衣?」
「夏祭り」
「……ああ」
すっかり忘れていた。
今日は近くの神社の夏祭りがあるんだった。
結構大きな祭りで、近くの人はもちろん少し離れたところの人もやってくるのだ。
「っと、メールだ」
『今日の夏祭り一緒にいこうぜ!! 嫁を忘れてくんなよ!! From:海老津』
と言うわけで、いつもの連中に美奈を合わせたメンバーで夏祭りを回ることになりそうで……と、ここまで考えたところでインターホンが鳴り響いた。
はて、いったい誰だろうか?
「誠司君、こんにちは。今日も暑いね」
そこに居たのは由紀さんだった。
クリーム色の髪に青い眼と外国人に見間違えられそうな容姿だが、着ているのは青地に錦鯉の絵がかかれた浴衣だった。
これまた似合っているのだが、正直言って帯で胸が強調されて少々刺激が強い格好になってしまっている。
「えっと、どうかな? 久しぶりに浴衣を出してみたんだけど……」
由紀さんは俺の答えを期待するようにこちらを見てくる。
……とにかく、今はそれに答えるとしよう。
「お似合いですよ、由紀さん」
「……そっか。えへへ……」
俺の感想を聞いて、由紀さんの頬が嬉しそうに緩む。
その一方で、不機嫌そうに頬を膨らませるのが約1名。
「むぅ~……」
美奈は俺の背中に張り付いて由紀さんを睨む。
俺が由紀さんの浴衣姿を褒めたのが気に食わないようである。
どうやら俺はこの程度の発言もあまり許して貰えないようであった。どうしろと。
「ところで、由紀さんも夏祭りに行くんですか?」
「うん。だから誠司君も美奈ちゃんも一緒に来ないかなって思って」
「今日は俺、友達に呼ばれてるんですけど、それでも良ければご一緒しますよ」
「大丈夫だよ。私はみんなよりお姉さんなんだから、それぐらい平気だよ」
えっへんと胸を張る由紀さん。
何の根拠があってそう断言できるのか謎だが、一緒に連れて行っても問題はなさそうである。
一応海老津にメールを送ったが、恐らく大丈夫であろう。
……と言うか、この人は俺達が行けなかったりしたらどうするつもりだったんだろうか? 普通先に連絡を入れそうなものなんだがなぁ。
「それじゃあ、みんなで一緒に行きましょうか」
「そうだね」
「……むぅ」
俺の一言に由紀さんは同意し、美奈も不承不承ながら同意する。
美奈の場合は俺と2人で回りたいが、由紀さんが居るから難しいとか考えてるんだろうな。
そんなことを考えながら俺は靴をはこうとする。
「その前に」
「その前に」
と、唐突に俺の両肩に手が置かれる。
それぞれ家猫と由紀さんの手なのだが、何かやることがあるのだろうか?
「誠司君は浴衣持ってないのかな?」
「去年私と一緒に買ったのがあるはず」
それぞれ期待に満ちた眼で俺を見る2人。
要するに、俺も浴衣に着替えろと。
……まあ、たまには良いか。
「分かった。それじゃ、着替えてくるから少し待っててくれ」
俺はそう言うと部屋に戻って浴衣を取り出す。
包んでいた油紙を取り払うと、中から紺地に水色の二巴の柄の浴衣が出てきた。
それに袖を通し、黄土色の帯を締める。
浴衣なんぞ久しぶりに着るからな、少々違和感が残る。
しかしまあ気分と言うものは大事なもので、浴衣を着るだけで少々涼しく感じるから不思議だ。
着替え終わって部屋の扉を開けると、案の定そこにはうちの家猫が鎮座していた。
「着替えたぜ」
「ん」
美奈は俺の浴衣姿に満足そうに頷く。
「いいなぁ……何ていうか、見るからに日本人って感じで」
その横から、由紀さんが俺の浴衣姿を見て羨ましそうにしていた。
まあ、確かに由紀さんの外見では日本人とは人目では分からないだろう。
目指すところが大和撫子と公言して止まない由紀さんにとって、日本人らしい黒髪と黒い眼は羨望の対象なのである。
……別に気にするような容姿でもないと思うが。
「さて、この格好に着替えたからには少し早めに出ないとな。走って形を崩すわけにはいかないからな」
「そうだね。それじゃあ、早く行こうか」
「……ん」
玄関で下駄を取り出し、それを履いて外に出る。
2つのペタペタと言う草履の足音と、カランコロンと言う下駄の音。
少々急ぎ足だが、それでも美奈は俺の手をしっかり握っている。
由紀さんはといえば、流石に集合時間に遅れそうになるような行動は避けるようである。
15分ほど歩くと、目的地である神社に到着した。
神社はそれなりに名の通った大きな神社で、そこに面した通りには沢山の縁日の屋台が並んでいる。
「お、いたいた」
着いてすぐによく目立つ赤い頭を見つけてそこに向かう。
するとそこには、よく見る面子とは一味違った顔が1つあった。
「ふぉぉ!? せーちゃん、浴衣だ!?」
俺を見るなりそんなことを言ってくるのは、この前合コンで女子側の幹事をやっていたハイテンション娘であった。
栗色の髪をポニーテールにして、薄い桃色のキャミソールにジーンズを穿いている。
ところどころにアクセサリーが見受けられるあたり、オシャレには結構気を使う性質なのだろうか。
その横で、いつもどおりの服装をしている海老津と福間が俺を見ていた。
「やあ、今年も浴衣なんだね、君は」
「まあな。あんまり着る機会もないし、こういう時くらいはいいかと思ってな」
「そんなこと言って、本当はお嫁さんに着て欲しいって言われたから着たんじゃないのかい?」
「……何でそんなことが分かるんだよ」
「君の性格を考えたら何となく」
俺の顔を見てそう言いながら笑う福間。
相変わらず嫌な思考回路をしてやがる。時たまこいつがエスパーに思えてくる。
等と考えていると、福間はうちの家猫に眼を向けた。
「それにしても、あの桔梗の柄の着物って遠賀川が選んだんだって?」
「ん? ああ、そうだが……」
俺がそう答えた瞬間、にんまりと笑う福間。
……あ、嫌な予感。
「やるねえ、君も。がっちりキープしに来てるじゃないか」
「……訳が分からん。どうしたらそうなるんだ?」
「桔梗の花言葉。『従順』『気品』『誠実』。でも、一番ロマンティックなのが『変わらぬ愛』。幼馴染のお嫁さんに対する愛が溢れてるとは思わないかい?」
福間はそう言いながら俺の肩を叩いてくる。
ええい、本当に無駄な知識を仕入れてやがる。
「……だからなんだって言うんだよ。第一、俺が花言葉なんて知っているような性質だと思うか?」
「ああ、思うね。特にあの桔梗の花に関してはね。君は自分じゃ気づいてないかもしれないけど、結構ロマンティストだからね」
「……ったく、本当に余計なところまで頭が回る奴だ」
「そんな素直なところは好感が持てるよ、遠賀川」
「やめろ、気色悪い。お前に言われると寒気がする」
本気で冗談じゃない。こいつは一部女子から薔薇族疑惑が上がっているのだ。
火のないところに煙は立たんとも言うし、何より腐女子共のネタにされるのはごめんだ。
俺が引き下がると、福間は苦笑いを浮かべた。
「酷いなぁ、僕は君を見習って素直に気持ちを述べただけなのに」
「やかましい。お前、一部女子の間で薔薇族疑惑が上がってるのを知らんのか?」
「知ってるよ? その相手が君や海老津だって所までね」
「なぁ!?」
背中に怖気が走った。
こいつ、全てを知っていてこういう言動を繰り返していたのか。
「先に言っとくけど、僕はノーマルだよ」
「じゃあお前何でこんな誤解されるようなことするんだよ!?」
「決まってるじゃないか」
福間はそう言うと一呼吸置き、これ以上無い最高の笑顔で、
「その方が面白そうだから」
等とのたまった。
「……左様ですか」
もはや殴る気力すらない。
本当にこいつは何を考えているのだろうか?
自分を傷つける諸刃の剣を使ってまで俺や海老津で遊びたいのか、こいつは?
……頭痛くなってきた。
「まあ、君達が相思相愛なのは分かったことだし、向こうで挙動不審になっている海老津君を助けに行こうじゃないか」
「……ふん、勝手に言ってろ」
俺達はそう言い合いながら、海老津のところの向かう。
その海老津はと言えば、
「もう、勿体無い。せっかく日本人として生まれたんだから黒髪で居ればいいのに。そんな風に染めてると就職活動とか大変よ?」
「は、はあ……でも、まだ就職活動までは時間が」
「ダメだよ。第一、髪を染めたくらいじゃ個性なんて出ないよ? だったら、最初から黒髪で居れば髪を染めたりする手間が省けるじゃない」
「あ~……それはそう、だけどな?」
由紀さんに詰め寄られてタジタジになっていた。
話を聞いていると、こいつは黒い髪を脱色して赤く染めているのだが、その黒い髪に羨望を抱く由紀さんからすればそんな面倒を冒してまで黒髪を捨てるというのが理解できない様である。
由紀さん、こういう時って相手の反論とかあんまり聞いてくれないんだよな。
「もしもし、由紀さん。あんまり海老津をいじめないでくださいます?」
「だって……」
「いいじゃないですか、個人の自由で。髪の色を変えたくらいで死ぬわけじゃないんですから」
「……それは、そうだけど……」
「そんなことよりもせっかくのお祭りなんですし、そっちに集中しましょう?」
「は~い……」
由紀さんはそう言うと、納得いかない表情ながら下がってくれた。
そんな俺に海老津が話しかけてくる。
「わりぃ、助かったわ」
「気にするな。しかし、お前由紀さんに髪か眼に関する話題を振っただろ?」
「お、おお。まさかそれが地雷だとは思わなかったがな。ところで、あの人どなた?」
「俺の兄貴の嫁さんの妹。どうやら気に入られたみたいで、俺んちによく遊びに来るけどな」
「けっ、このモテ男が。リア充はもげて爆ぜろ」
由紀さんとの関係を話した瞬間、海老津は吐き捨てるようにそう言った。
……なんでここまで言われにゃならんのだ。
「それはそうと海老津、お前由紀さんみたいな人苦手なのか?」
「……はっきり言うと、得意なタイプじゃねえ。なんつーか、うちのお袋を思い出させるっつーか……見た目はうちのお袋の何倍も綺麗だがな」
妙に歯切れの悪い口調で海老津はそう話す。
こいつの母親にあったことはないが、どうやら海老津はその母親が相当に苦手らしい。
その海老津に、苦笑いを浮かべながら水巻が近寄ってきた。
「にゃはは、こーちゃん災難だったね。でも、こーちゃんにも苦手なタイプって居るんだね、初めて知ったよ」
「そりゃ居るって。そんなことより、どう回るんだ? 花火大会まではまだ時間があるぜ?」
「どう回るもくそも、縁日を回るしかないだろ。さ、混む前に行こうぜ」
俺がそう言った瞬間、袖が後ろに引かれる。
それに振り向いてみると、うちの家猫が腰に抱きついてきた。
「どうした、美奈?」
「お腹空いた」
「ほう、それで何が食べたい?」
「たこ焼き」
「ん。それじゃ、買いに行くか」
「ん」
俺は美奈をじっと見つめる。
美奈も上目遣いで俺の顔ををじーっと見ている。
……こいつ、俺が何を言いたいか分かってねえな。
「……おい。離れてくれねえと俺が歩けないんだが」
「嫌」
……始まりおった。
俺の腰に回す腕にぐぐっと力を込める美奈。
いったんこうなると、こいつしばらく離れねえんだよな。
「おやおや、人前で見せ付けてくれるね、遠賀川君?」
「いや~、お熱いですな~……何だか一気に真夏の暑さが戻ってきましたなぁ~、せーちゃん?」
福間と水巻がニヤニヤと笑いながら俺のほうを見ている。
ええい、やかましい。鬱陶しいからその視線をやめろ。
「かぁーっ!! もうやってらんねえや!!」
海老津はそう叫ぶと、どかどかと歩きながら縁日の屋台の並ぶ通りへと入っていく。
「あ、こら!! 集団行動を乱しちゃダメでしょ!!」
そんな海老津を、世話好きな由紀さんが走って捕まえに行く。
……あ、何となく先が読めた。
「きゃあ!?」
「のわっ!?」
あと少しで追いつくというところで、由紀さんがつんのめって転び、海老津がもろに巻き込まれる。
浴衣に草履なんていう走りにくい格好で走れば、まあ予想のできる展開であろう。
本当に由紀さんはこういった所が抜けてるんだよなぁ。
「これまた派手に転んだね。赤間さんは海老津が下敷きになったから無事そうだけど」
「冷静に見ている場合じゃないって!! おーい、こーちゃん!! 大丈夫~!?」
その現場に水巻が走っていくと、福間もそれを追って歩き出す。
そして最後には俺と未だに抱きついている美奈だけが残った。
「おい、俺達も行くぞ」
「……(じ~っ)」
美奈は何かを訴える視線で俺のほうを見た。
こいつが何を考えているかは分からんが、さっさと離れて貰おう。
「何を訴えているかは知らんが、さっさと行くぞ」
「……むぅ」
俺の言葉を聴いて、美奈は渋々といった様子で俺から離れ、右手を差し出してきた。
俺はその小さくて柔らかい手を左手で掴み、海老津たちのところへ向かうことにした。
……しかしまあ、今年の夏祭りはいつもより騒がしくなりそうだ。
と言うわけで、これからしばらく夏祭り編です。
ついでに、これでこの話のメインとなる役者6人が一堂に会しました。
まあ、やっぱり基本は誠司と美奈なのですが。
あと、何気に誠司の美奈に対する感情をばらしてみたり。
誠司君は口下手なのです。
これでみんな安心できるはず。




