ある夏の日の縁日 第一幕
「ごめんなさい、ごめんなさい!! 怪我は無い!?」
「だ、大丈夫だからちょっと落ち着いてくれ。な?」
「で、でももし怪我なんてしてたら……」
先程から由紀さんが猛烈な勢いで海老津に謝り倒している。
海老津の性格上あの程度のことなど気にも留めないのだが、由紀さんはそうも行かないようである。
おかげで海老津がまた困り果てる事態になってしまっているようだ。
「大丈夫だって。精々ちっと擦りむいただけだから、別に平気だって」
「っ!! ダメよ!! 化膿したりしたらどうするの!! ほら、傷口見せて!!」
「お、おう……」
由紀さんに翻弄されっぱなしの海老津。
逆らわないほうがいいと察したのか、素直に傷口を見せる。
「せめて傷口は洗わないと……」
すると由紀さんは手にした巾着からペットボトルを取り出した。
……ってちょっと待った!!
「あんぎゃあああああああ!?」
「ふぇええ!? どうしたの!?」
ペットボトルの液体が血の滲んだ傷口に触れた瞬間、海老津は痛みに声を上げた。
それもそのはず、由紀さんの手に握られているのはミネラルウォーターではなく、サイダーのペットボトル。
糖分たっぷりの炭酸水を傷口に流されりゃ、そりゃ痛いだろう……
「……由紀さん。それ、サイダーです」
「あ、あれ!? お、お水だと思ったのに!!」
「ぐぉぉぉぉ……」
俺に指摘により、自分が手にしたものを見て愕然とする由紀さん。
その横で、海老津は傷口を押さえて悶絶している。
「うぷぷぷ……こーちゃん、大丈夫?」
「あははは、災難だったね、海老津」
笑いをこらえて話しかける水巻に、隠すことなく笑いながら話しかける福間。
しかし、遠巻きに眺めるだけで何もしない。
こいつ等、性格悪いな……等とは思わない。
何故ならここで俺達が水を差し出したりしたら、由紀さんが余計に惨めになってしまうからだ。
まあ、単に水を持っていないだけと言う可能性もあるが。
「ううっ、ごめんね……今度は大丈夫だから……」
由紀さんはそう言いながら海老津の傷口に水をかけ、救急セットで消毒する。
その様子を、海老津は何だか申し訳なさそうな表情で見ていた。
……そりゃ、ここまでやられればそうもなるわな。
由紀さんはこういうことに加減が効かないし。
「まあ、そんなに気にしちゃいねえよ。そんなことより、さっさと行こうぜ。腹も減ったし、そこいらの屋台でも荒らそうぜ」
「荒らしてどうすんのさ。でもま、時間は有限だし、ちゃっちゃと行っちゃおう!!」
海老津の言葉に水巻が乗り、俺達は屋台が並ぶ通りを歩くことにした。
といっても、俺はもう行く場所は決まっているのだが。
「なあ、たこ焼き買って来るけど、いくつ欲しい?」
「ん~、俺はたこ焼きよりも焼きそばが食いてえな。俺は焼きそば買って来るわ」
「あ、私もそれに行きます!!」
「うむむ……どれもこれも捨てがたいけど、私はお好み焼きが良いかにゃ~?」
「そうだね……僕もどれかといえばお好み焼きが食べたいかな? 流石にこの3つを全部食べるとそれだけでお腹いっぱいになるしね」
見事にみんなばらけたな。
つまり、俺と美奈がたこ焼きで、由紀さんと海老津が焼きそば、福間と水巻がお好み焼きか。
これなら分かれて買いに行ったほうが早いな。
「これなら分かれて買いに行ったほうが早そうだな」
「だな。んじゃ、買い終わったら階段の下に集合で良いか? 何でか知らんけど赤間さんも一緒に来るっつってるし」
「それで良いと思うよ。僕は水巻さんと一緒に買いに行けば良さそうだし」
「おっし。それなら早いとこ行こうぜ」
そういうわけで、俺は他の連中と別れて美奈と一緒にたこ焼きを買いに行くことになったのであった。
美奈に手を引かれながらたこ焼き屋の屋台を探す。
「♪~」
……2人っきりになったとたんに上機嫌になってやんの。
こいつ、ホントに分かりやすいな。
さっきも人前じゃ全然喋らないし、表情1つ変わらなかった癖に。
「誠司」
「どうした?」
「2人っきり」
「そうだな」
美奈は俺と話しながら繋いだ手を引き寄せ、俺の腕を抱きかかえる。
俺はと言えば特に何もしない。美奈にしては自重しているほうだからだ。
こいつは自重しないと俺の首からぶら下がってくるからな。
「(ちらちら)」
美奈は俺の腕を抱きながら周囲に眼を光らせる。
その視線の先には大概女子が居る。
つまり、こいつは俺を取られないように周囲の女子を警戒しているのだ。
……何もそうまでせんでも俺は逃げないっての。
けど、何となく面白いので黙っていよう。
「あ」
ふと、うちの家猫が立ち止まった。
その視線の先にあるのは、ひもくじの屋台。
ひもくじか……そう言えば、これだけは毎年やってるんだよな。
景品なんて狙わないでただ何等を引けるかと言う運試し、要するにただのおみくじ感覚で引くのである。
俺としてはここで特賞何ぞ引き当てたくは無いが、そんなことを言っても当たらんので気にせず引くことにする。
「おっちゃん、ひもくじ1回」
「まいど!!」
俺は100円払ってひもくじを引く。
何も考えずにただ漠然と引いてみると、その先に書いてあったのは5等の字。
……まあ、こんなもんだろう。今年も例年通りだ。景品は風車でももらうとしよう。帯に挿せるし。
「私も」
「あいよ!!」
美奈も100円払ってひもくじを1回引く。
今度は4等だった。それなりだな。
「これ」
そう言って美奈が手にした景品は、黒いネコ耳付きのカチューシャ。
恐らく、手が塞がらなくて済むからそれにしたのだろう。
案の定、美奈はそれを手にするなりすぐに頭につけた。
……家猫のイメージどおり、ネコ耳が似合うこと似合うこと。
「どう?」
「ん、似合ってる」
「えへへ」
素直に観想を言うと、家猫は嬉しそうに笑った。
そんな家猫に腕を取られながら、俺はたこ焼き屋の屋台へと向かう。
道中、周りから送られる視線が妙に暖かかった。
……俺の経験則として、恐らく兄妹か何かに見られているんだろうな。
等と考えている間にたこ焼き屋に着いた。
たこ焼きの生地が焼ける匂いがあたりに漂っている。
「おっちゃん、たこ焼き2つ」
「はい、800円な」
代金を払ってたこ焼きを2つもらう。
ソースのいい匂いが鼻をくすぐり、食欲を掻き立てる。
さて、買うものも買ったしさっさと戻るとしよう。
「おい、戻るぞ」
「ん」
2人揃って集合場所へと戻っていく。
するとそこには、福間と水巻が先に戻ってきていた。
「やあ、割と遅かったね」
「途中でひもくじやってきたからな。その分だけ時間は掛かった」
「あ、ネコ耳だ!! かわいい~!!」
「うにゃぁ~」
俺と福間が話している間に、ネコ耳の美奈に水巻が抱きつく。
一方の家猫は少し迷惑そうな表情でそれを受け入れている。
そうこうしている間に、海老津と由紀さんが帰ってきた。
「わりぃ、遅くなった!!」
「みんな、待った?」
「いや、そんなに待ってませんよ。それじゃ、全員揃ったみたいだし食べましょうか」
俺がそう言うと、全員石段に腰を下ろす。
それと同時に、美奈は即座に俺の膝の上に乗っかってくる。
……結局こうなるんかい。
「おやおや、相変わらず熱いっすなぁ~、ねえ、みっちゃん?」
「ふふっ、本当にね。僕達も真似してみるかい?」
「あはは、いいのかにゃ~? そんなこと言うと、本気にしちゃうよ~?」
「ふふふ、でもこれ以上熱くなると海老津が蒸し海老になるよ?」
「なんじゃそら。て言うか遠賀川は良いよなぁ~……リア充全開でよ。熱いぜ、本当に……」
煽り立てる福間と水巻に、羨望の眼差しを向けてくる海老津。
お前ら、熱い熱いって言ってるが、俺は実際に暑いんだよ!!
真夏でもべったりとくっついてくるもんだから、暑くてかなわん。
「美奈、食事時くらい膝の上に座るのはやめないか?」
「嫌」
「美奈ちゃん、誠司君食べづらそうだから退いてあげて?」
「い~や~だ~」
俺が言おうと由紀さんが言おうと頑として聞こうとしない美奈。
これはこれ以上言っても無駄そうである。
仕方が無いので、そのままの状態でたこ焼きを食べる。
ふむ、熱いが美味い。この屋台独特の味がたまらない。
「誠司」
「何だ?」
美奈に呼ばれてその方を向くと、そこには差し出されたたこ焼きが。
「あ~ん」
「……それ、同じものだよな?」
「あ~ん」
俺が一言言っても頑として引こうとしない美奈。
……どうやらこれがやりたいだけらしい。
よりにもよってこれでやるのか?
「あ~ん……」
段々と吊り上ってくる美奈の眉。
いかん、段々と不機嫌になってきてやがる。
ええい、こうなったら玉砕覚悟!!
俺は意を決してたこ焼きを口にした。
「はむっ!! はふっ!! はふっ!!」
熱い!! 熱い!! 焼ける!!
熱々のたこ焼きを一口で食べたらこうなるのは分かってたのに!!
ちくせう、俺1人をこんな眼にあわせて済むと思うなよ!!
「……あ~……」
今度はこちらからたこ焼きを差し出す。もちろん熱々である。
「はむっ」
美奈は全く躊躇せずにそれを口にした。
その瞬間、美奈は肩をビクリと大きく震わせた。
「っっっっ!?」
たこ焼きの熱さに身悶える美奈。
眼には涙が浮かび、小さくはふはふと息を吐き出す。
猫舌の癖に無茶をするからそうなるんだっての。
……いや、無茶と言うか、差し出されたのが嬉しくてそこまで考えが回らなかったってところか。
「……何と言うリア充空間……妬ましいわ……」
……横から海老津の黒い眼差しが突き刺さる。
そうなんだよな、俺が何て言おうとどう見たってこの光景は恋人同士の光景なんだよな……
……いやいやいや、まだまだ。少なくともあと2年は友人のままだ。そういう約束じゃないか。
「ぺろぺろ」
「おうっ!? どうした?」
突然俺の手を小さな舌でチロチロと舐め始めた美奈。
唐突な行為に思わず上ずった声が出る。
「熱い」
「だったら飲み物飲めよ。何で俺の手を舐めるんだよ?」
「一番近くにあったから」
「それなら自分の手のほうが早いだろうが」
「……盲点」
何が盲点、だよ。
誰がどう見たって俺の手を舐めることしか考えてなかった口だろうが。
「そうだ、このあと2人一組で行動してみないかい?」
俺と美奈がそうやって話をしていると、福間が突然そんなことを言い始めた。
それを聞いて、全員首をかしげる。
「え、何でさ?」
「人が増えてきたから、6人全員で纏まって動くのは難しいだろうしね。2人一組なのはその方がそれぞれの話し相手が出来ていいだろうと思ってさ」
福間は水巻の質問に的確に答える。
なるほど、確かに言いたい事は分からんでもない。
だが、それをやられると俺の相手は強制的に決まるんだが。
「んで、組み合わせはどうすんだ?」
「さっき買い物に言った組み合わせでいいんじゃないかな? それが一番スムーズに話が進みそうだし」
つまり俺と美奈、海老津と由紀さん、福間と水巻の組み合わせで行くというわけか。
とか考えていると、くいくいと袖を引かれた。
「一緒」
そこには上機嫌な家猫の姿が。
どうやら俺と2人きりで回れるのが嬉しいらしい。
「海老津君、迷子にならないように気をつけようね」
「……何だろう、何か今すげえフラグ立った気がする」
笑顔で海老津に話しかける由紀さん。
由紀さんからしてみれば手の掛かる弟を相手にしている気分なのだろう。
……でも何故だろう、海老津が苦労しそうな場面しか思い浮かばん。
「みっちゃんみっちゃん、私達はどうしようか?」
「そうだね……僕達は僕達で考えようか」
何やら小声で話し始める福間と水巻。
……こいつらはこいつらでろくな事を考えていない気がする。
そうこうしている間に、全員食べ終わった様子。
全員ゴミをゴミ箱に捨てると、それぞれのペアで纏まって立ち上がった。
「それじゃあ、花火大会が終わったらまたここに集合ってことで。それじゃあ、またあとで」
福間がそう言うと、各組に分かれて行動を始めることになった。
……さて、このあとどうなることやら。
前回に引き続き、甘味控えめ。
ここまでが序でよかった気もする。
ここから先、それぞれのペアで話が進んでいきます。




