とある休日の早朝
「どーん」
「ぶへぁ!?」
その日の目覚めはみぞおちへのフライングエルボードロップだった。
……最悪の目覚めだ。せっかくの休日なのに何をしてくれる。
時計を見ると、午前六時半。休日の朝、必要以上に早く訪れた起床に軽く殺意を覚える。
「……おい、朝っぱらから何のマネだ?」
「一緒に寝る」
「五時半に家出てここに来て寝るくらいなら家で寝てろよ……」
「誠司と一緒が良い」
「……一億歩譲ってそうするにしても、みぞおちにエルボーはねえだろうが。せめて俺を起こさないように入って来い」
「それだと寝るまで暇」
「わがままも大概にせい」
「あうち」
注文の多い家猫の頭に一発、脳天唐竹割りを食らわせてやる。
美奈は少し痛かったのか頭をさすると、もぞもぞと俺の布団の中へと入ってくる。
そして布団に入るや否や、俺の頬を人差し指でつつき始めた。
……この状態でどうやって寝ろと?
「おい、つつくのやめろ。寝れんだろうが」
「だって暇」
「やかましい。寝るんなら大人しく寝ろ」
「……つまんない」
美奈はそう言うと、頬をつつくのをやめた。
その代わり布団の中でもぞもぞと動き、俺の体の上へと這い上がってきた。
美奈は俺の体の上に腹這いで寝転がり、布団の中から顔を出した。
ちょうど俺の顔の前に美奈の顔が出てきて、息が顔に掛かる。
……暑い、重い、息がくすぐったい。
「……おい、お前は俺の安眠を妨害しにやってきたのか?」
「寝てから遊びに来た」
「だったら頼むから大人しく寝てくれよ……何で休日にいつもより早く起きなきゃいけねえんだよ……」
「これなら安眠」
「俺が不眠になるわい」
ドヤ顔で何を抜かすか。
……ホント、自分のことしか考えねえな、こいつは。
「……眠い」
「はやっ!?」
ええい何と言う奴だ、人を勝手に叩き起こしておいて自分はさっさと寝やがるとは。
もちろん、そんな横暴を俺が許すわけも無い。
目の前でまどろむ美奈の頬を掴み、横に引っ張る。
「むに……」
おお、伸びる伸びる。
こいつの頬って柔らかい上に引っ張ると良く伸びるんだよな。
……小学生の頃からこんなことばっかやってたからこんなことになったような気がするが、別に気にしない。
たてたてよこよこまるかいてさんかくかいてしかくかいてごかっけいかいてろっかっけいかいて……
「にーっ!」
しばらくいじっていると、美奈は鬱陶しそうに顔を横に振って俺の手を振りほどいた。
おっと、少しやりすぎたか。
「うに~……」
美奈は眠たそうなジト眼で俺を見つめる。
しばらく見つめていると、美奈はのそのそと俺の体を上のほうへと這い上がってきた。
「あむっ」
「いってえ!?」
何がしたいのか考えていると、美奈は思いっきり俺の鼻に噛み付いてきた。
容赦ねえにもほどがある。どう考えたって俺がやったことと比べてダメージがでかい。
「ぺろぺろ……」
かと思えば、今度は俺の鼻をぺろぺろと舐めてくる。
……確定、こいつ寝ぼけてやがる。
「おい、くすぐったいからやめろ」
「に~……」
俺が手で押しのけようとすると、美奈は腕に力をこめて離れないように抵抗する。
ええい、普段無気力な癖して無駄に力が強い!
こいつ、何でか知らんが昔から運動神経が無駄に良かったんだよな。
「ああくそ、いい加減にせい!!」
「にゃう!?」
再び猫の額に空手チョップを食らわせる。
すると美奈はびっくりした表情で額を押さえて飛び上がった。
「痛い」
「当たり前だ、そうしたんだからな」
涙目で抗議の視線をくれている美奈。
抗議したいのはこっちの方だ馬鹿者。
……ああちくしょう、眠気が完全にぶっ飛んじまった。
「美奈、朝飯作るからどけ」
「嫌」
「……お前な……」
「眠くないの?」
「お前のせいで眠気なんざ綺麗さっぱり無くなっちまったよ」
「むぅ……」
話しながら体を起こそうとするが、美奈は敷布団を掴んで抵抗する。
どうやら意地でも俺と寝ようとしているようだ。
わき腹を突っついて退かしてもいいが、間違いなく後で被害を被るからな……
仕方が無い。急ぐ用もねえし、譲歩案を出して何とかしよう。
「……分かった分かった、お前が寝るまではそばに居てやるよ。その代わり、俺の上からは退け」
「嫌」
譲歩案をノータイムで却下する美奈。
ははは、こやつめ。
「無理やり退かしてやっても良いんだぜ?」
「そうしたら噛む」
「……横暴だ」
依然として俺の上に居座る美奈。
そこをキープするためなら武力行使も辞さないとかどんだけ俺の上が好きなんだよ。
そんなことを考えていると、美奈は再びうとうとし始めた。
「にゅー……」
美奈はトロンとした目で俺を見ながら、眠らないように努力をする。
眠りに来たのに眠気に抵抗するとはどういうことだ。
とにかく、こういう場合は速やかに眠ってもらうに限る。
俺は黙って美奈が眠るのを待つことにした。
「にっ……」
もぞもぞと布団の中に後退し、俺の胸に顔をこすり付けて眠気に抗う。
無駄な抵抗だと思うがな。
その証拠に、ところどころで止まっては寝息を立て、気がついては顔を動かしている。
もう寝るのも時間の問題であろう。
「……す~……」
そして案の定眠り始めた美奈。
それにしても眠るのが早い。俺の上で寝るのがそんなに気持ちいいのだろうか? ちなみに俺は暑い。
だというのにあんまり快適そうに眠っているものだから、ことさらに腹が立つ。
「……んに……」
おまけに起こさないように抜け出そうとすると、美奈は反射的に俺のシャツを握り締めて落ちないようにする。
これが少し体をゆすったくらいでは落ちたりしないものだから如何ともし難い。
かといって、ここで下手に起こして機嫌を損ねられては余計に面倒くさい。
う~む、ままならん。
「……しゃあない、寝るか」
もうどうしようもないので、わざとらしくそう言ってから諦めて寝る。
眼をつぶって、深呼吸するようにゆっくりと呼吸をする。
「……に」
しばらくすると、胸元で何やらもぞもぞと動く気配が。
それは少し顔を上げてどこぞを見ている。まあ、俺の顔だろうが。
「…………」
それから今度は俺の体を這い上がってくる気配。
俺の顔の近くまで来て、吐息が俺の口元に掛かる。
……何するつもりなのやら。
「……ん……」
ぬめりとした感覚を覚える俺の唇。
……まあ言うまでもないが、美奈が俺の唇を舐めたんだろうな。本当に猫か、こいつは。
「……うにゅ……」
俺が起きないことに気を良くしたのか、執拗に唇を舐めまくる家猫。
しかも繰り返すたびに息が荒くなっており、顔に掛かる息が強くなる。
よくよく感覚を済ませてみると、2枚の薄い布越しに感じられる心拍数が異様に高くなっている。
要するに、美奈は只今どういうわけか等と惚けるまでもなく、興奮状態である。
……これ以上は色々と不味い。
「そりゃっ!」
「うにゃあ!?」
俺は美奈の行動を食い止めるために無理やり体を反転させて、美奈と上下を入れ替える。
つまり、今は俺が美奈の体を上から押さえつけている形である。
美奈は眼をぱちくりと瞬かせて、呆然とした表情で俺のことを見ている。
……危ないところだった。このまま美奈に体を弄くらせていたら、何をされたか分かったもんじゃない。
「……誠司……その……」
何やら頬を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに俺から眼を背ける美奈。
……はて、様子がおかしいな。今の行為がばれたのがそんなに恥ずかしかったのだろうか?
等と考えていたら。
「……いい。でも、優しくして」
「……あい?」
しばし呆然。俺は言われたことの意味をしばらく考える。
目の前には顔を真っ赤にし、何かを怖がっているような表情で、それで居て何かを期待するような眼で俺を見る美奈。
そして、今の俺は美奈をベッドの上で組み伏せている状態。
更にその上で、美奈は優しくしろと言う。
「…………」
俺はそっと美奈の上から退くことにした。
流石にここまで条件が揃っていて何のことだか分からんほど鈍くは無い。
すると美奈は急にむすくれた表情を浮かべた。
「へたれ」
「何とでも言え」
「堅物」
「堅くて結構」
「……ちょっとくらい……」
「あと二年待ちな。約束だろ?」
「……後悔しても知らない」
「それじゃあ、後悔させてみな?」
「……意地悪」
そっぽを向いて拗ねる美奈。
う~む、流石に最後の一言は意地が悪かったか。
けどまあ、美奈には悪いが俺にも譲れないものがあるというものだ。
……もっとも、この様子じゃ何のために約束をしたのか分からなくなりそうだが。
「さてと、二人とも起きたところで朝飯でも作りますかね。ちなみにリクエストは聞かん」
そう言って台所に向かおうとすると、シャツの裾を握られる。
「うおっと!?」
立ち上がりかけていたところを強引に引き戻され、再びベッドの上に座り込む羽目に。
するとその膝の上にするりと家猫が滑り込んでくる。
「まだお腹空いてない」
美奈はそう言いながら俺の顔を下から覗き込んでくる。
時計を見ると七時半。普段ならもう起きて朝飯を作っている時間である。
「生活リズムを崩さんためにも起きて飯食う」
「私の家の朝ごはんはもっと後」
「ここは俺んちだっつーの」
「……むぅ」
不満そうに頬を膨らませる美奈。
しかし、論破しても膝の上に居座られてはどうしようもない。
それを分かっているため、美奈は俺の膝をしっかりと脚で挟み込んで立てないようにする。
「ふはははは、無駄だ!!」
「うにゃ~」
しかし美奈の体は軽いので、完全に封じられなければ押さえ込まれても力技で何とかなる。
そんな訳で、今回は強行突破の処置を取った。
ただし、これをやると美奈が首からぶら下がることになって結局何も出来ない。
「えりゃ」
「うにゃあ!?」
そこでわき腹をちょんと一突き。
すると美奈は驚いて首から手を離す。
美奈の弱点はわき腹で、ここをくすぐると面白い反応を返してくれるのだ。
……ただし、やりすぎると向う脛や膝の皿だの、非常に痛いところを蹴りまくってくるようになるので注意である。
ちなみに最強技は全身のばねを最大限に使った、男の勲章に対するジャンピングアッパーである。
中学校のときに食らった奴が居て、そいつはそのまま蒼い顔で早退したという恐怖の技である。
……話が逸れたが、とにかく美奈が離れた隙に台所に向かうことにした。
「誠司、待って」
そんな俺の後ろについてくる美奈。
恐らく、このあと俺は飛びつかれて美奈を後ろにくっつけて作業することになるだろう。
「……やれやれ」
思わず口からそんな言葉が出る。
あんまり使いたくない言葉だが、たまには言っても許されるだろう。
……まあ、腹が減ってないって言うんなら量を少し加減してやろう。
そんなことを考えながら、俺は冷蔵庫の中を確認した。
なお、冷蔵庫を開いている間、俺の首にチョークスリーパーが掛かっていたことを追記しておく。
美奈は誠司の家の合鍵を渡されています。誠司の兄に。
それでも誠司は付き合ってないという。
爆ぜろ。




