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ある合コンでの一幕

 合コン当日の六時十分前、駅前の居酒屋の前で他の連中の到着を待つ。

 他の連中と言っても、女性陣の顔なんざさっぱり分からん。分かるのはせいぜい海老津と福間くらいだ。

 近くでは何やら女子が固まって話をしている。

 合コンの参加者である可能性もあるが、そもそも俺は合コンに参加する意味すら皆無なので話しかけない。

 ……何やらちらちら視線を向けられているが、どうせろくな事は無いだろう。


 などと思っていると、今回の幹事である赤い髪の男がやってきた。

 その男こと海老津幸介は女子側の幹事と思われる奴と少し話をするとこちらへやってきた。

 あ、やっぱあの連中参加者か。


「お? 何だ、男はまだ遠賀川しか来てねえのか?」


 海老津は辺りを見回して俺にそう話しかける。

 周囲を見回しても周りに男は居ないので、俺は素直に頷くことにした。

 この男、割と気合の入った服装してんな。流石に付き合いが広いだけあって流行りものに聡い。


「そうらしいな。で、何人来るんだ?」

「男女それぞれ七人。まあ、男の方はその内2人が客寄せパンダとエキストラだけどな」

「……そのエキストラたる俺は、そのせいで首筋に歯形が付いたがな」


 俺は思いっきり歯形が付いていた首筋をさする。

 美奈の奴、昨日合コンに行く旨を話したときばかりか出かける直前にまで噛み付いてきおった。

 どうやら余程俺を合コンに行かせたくなかった様である。俺も出来ることならあまり行きたくなかったが。

 そんな俺を、海老津はジロジロと眺めていた。


「……何だよ、海老津?」

「いや、お前渋ってた割にはなかなか良い格好してきたな。浮気相手でも見繕うつもりか?」


 海老津は俺の服装にそう評価を下す。

 ちなみに、今の俺の格好はシャツからズボンまで全て黒で統一した格好で、その上から慣れないシルバーアクセなんぞつけている。

 少し好きなアーティストの服装をイメージしてやってみたのだが、割と評判は良さそうである。

 それはさておき、こいつの発言はいただけない。


「浮気って何だよ……それに、俺がこんな格好をしてんのはお前のためだぞ?」

「はぁ?」

「……お前さ、合コンでみんながお洒落してきている中で、どう見ても相手に興味がありませんって格好してる奴が居たらどう思うよ? 呼んできた奴の面子が潰れるんだぜ?」

「なるほどな。つーか、お前そう言う部分の気配りホントに上手いよな」

「そりゃあ、周りのことなんざお構いなしの家猫に構ってりゃ自然と俺が気を使うようになるさ」


 あの家猫、兄貴の結婚式にいつもの格好で行こうとしやがったからな。

 そのせいで、俺は美奈を連れて礼服を買いに行ったり、作法を叩き込んだりする羽目になったんだよな。

 ……美奈の奴は俺が構っているせいか、やけに上機嫌だったが。


「やあ、まだ時間にはなってないよね? こんばんは、二人とも」


 そんなことを話していると聞こえてくる男だか女だか分からん中性的な声。

 本日の客寄せパンダ、福間湊の登場である。

 その瞬間、向こうの女子どももにわかに色めき立つ。流石は名の知れた(見た目だけは)イケメンである。

 こいつの格好はいつもと変わらないスーツ姿。普段着がしっかりしているから、いつもと同じ格好でも違和感が無い。


「お前で男は三人目だな。ま、あと四人もその内くんだろ」

「ま、そうだろうね。それにしても、海老津はともかく遠賀川がそんな気合を入れてくるとは思わなかったな。思わず「ウホッ、良い男」とか言いそうになったよ」

「……お前、それ言ったら鳩尾に蹴りを入れて縁を切るからな」


 冗談とは分かっているが、薄ら寒いことを言う奴である。

 当然ながら俺はノーマルであるし、福間もノーマルなはずである。

 ……ただ、福間はこの容姿で彼女を作らんから、実は薔薇族なんじゃないかと噂をしている腐女子共も居るらしいが。


「お~い、こーちゃん! もう時間だから入ろうぜい!」


 女子側の幹事と思われる奴が声を掛けると、海老津は頷く。


「おう! んじゃ野郎共、中に入るぜ」


 海老津がそう言うと、俺達は奴に続いて中に入る。

 いつの間にか全員揃っていた様で、ぞろぞろと予約席へとなだれ込む。


「席はどうする?」

「合コンなら男女交互でくじ引きじゃない?」

「お、くじ持ってんの?」

「こんなこともあろうと作ってきたのだー!」


 海老津と先程のテンションの高い女子が席決めについて話をしている。

 男女交互か……てことは、正面と隣は必然的に女子か。

 福間が何処に来るかで俺の命運が決まりそうな気がする。無論、近ければろくなことにならん。


「おう、遠賀川。くじ引きな」

「ん」


 海老津の手からくじを引く。

 折りたたまれた紙を開いてみると、中には3と言う数字が書かれていた。

 奥から三番目の手前側か。さて、周りには誰が来るのだろうか。

 などと思っていると、福間が俺の手元を覗き込んでいた。


「おや、君は三番か」

「ん。そう言うお前は?」

「二番。君の斜め前さ」

「なん……だと……」


 終わった……絶対最後の最後まで弄り倒される。

 いや、問題はそこではない。こいつが絡むということは、他の女子も俺に絡んでくることが間違いなく予想される。ここで迂闊なことをすると、後日うちの家猫が何をしでかすか分かったもんじゃないのだ。


「よーし、三番はここかー!」


 そんな俺の真正面に座るのは、先程からテンションがぶっちぎりで高い女子側の幹事。

 少々癖のある黒髪に、Tシャツにミニスカートと活発そうな格好をしている。

 そいつは俺の前の席に座ると、隣と前を見て笑みを浮かべた。


「むふふふ……左にイケメン、正面にオシャレさん……絵になりますなぁ~?」


 ……オシャレねえ。言われて悪い気はしないが、どうにもくすぐったい。

 そもそも、普段からこんな格好をしているわけじゃないのだからオシャレとは言いがたいだろう。

 ふと、福間の奴がニヤニヤとこちらを見て笑っているのが見えた。


「ふふふ、言われてるよ、遠賀川?」

「いったい何が言いたいんだ、福間?」

「いや、別に。ただ、僕と君の関係を少し明確にしておこうと思っただけだよ」

「おおう!? なんと二人はそんな関係なの!?」


 福間の言葉に、三番の女子は興味深そうに福間を見る。

 ふと隣を見ると、二番の女子は指で×印を作って三番女子に向け、「ありだわ」等と言いながら鼻血をたらしている。

 ……何やらとても不名誉な勘違いをされている気がする。


「おいコラ福間。貴様は何でそんな誤解を招くような発言をするんだ?」

「おや? 君は今の発言をどう勘違いしたのかな?」

「そう言う言葉が出てくるってことは、勘違いを狙ってるって事だろうが。関係を明確にするんなら、さっさと詳細を話せ」

「ちぇ、つまんないの。もう少し慌ててくれたら面白かったのに」


 福間は心底つまらなさそうに俺にそう言った。

 こいつのこの手の発言にはもう慣れている。

 何しろ、知り合った当初はしょっちゅうからかわれたからな。


「はい、じゃあ席も決まったことだし、自己紹介と行こうぜ! それじゃ、一番男から始めてくれ!」


 六番の席に座った海老津の号令で、一番男子、一番女子の順に立ち上がって自己紹介をしていく。

 ……この自己紹介がめんどくさいんだよな、本当に。


「福間湊といいます。趣味とかはここでは言わないから、自分で聞き出して欲しいな」


 福間はそう簡単に自己紹介を済ませて再び座る。

 ちっ、俺が使おうとしていた手法を先取りしやがったな。

 そんなことを考えている間に、二番の女子の自己紹介が終わって俺の番が来る。


「遠賀川誠司。趣味が何かとか訊かれると良く分からないんで、適当に話しかけてくれ。以上」


 俺はそう言って座る。ちなみに、嘘は全く言っていない。

 俺が座ると、今度は目の前のハイテンション女子が立ち上がった。


「水巻澄香と言います! 今日はみんなで楽しく盛り上がろうぜぃ! そんじゃ次の人、どうぞ!」


 超ハイテンションで自己紹介を終えると、三番女子は腰を下ろした。

 良く笑うなぁ、こいつ。

 そんなこんなで自己紹介が終わり、合コンが始まった。


「えっと、そっちのイケメンさんがみっちゃんで、こっちのオシャレさんがせーちゃんだね! 宜しく!」

「うん、宜しくね、水巻さん」


 早速単純なあだ名で俺達のことを呼び始める水巻に、福間はそう言った。

 すると、水巻はニヤリと笑って人差し指を振った。


「ちっちっちっ。ダメでしょー、仲良くなるための席で水巻さんなんて他人行儀な呼び方は。ほら、もっと可愛い呼び方考えて!」

「んじゃ、チェシャ猫」

「ほえ?」


 俺がふと思いついたあだ名を口にすると、水巻は不意を撃たれた表情でこちらを見た。

 ……あ、何かやらかした予感。


「ほほう、チェシャ猫かぁ……なんでそう思ったのさ?」

「だって、さっきからずっと笑ってばかりだろ? で、とっさに思いついたのがチェシャ猫」

「そうかそうか、それじゃあ君はアリスかな?」


 俺が水巻と話をしていると、横から福間が訳の分からないことを言い出した。

 ……ああ、これはやっちまったな。


「……おい福間。何で俺がアリスなんだよ?」

「何となく。強いて言うなら、君の性格は良く小説やゲームの主人公になっていそうな性格だからかな?」

「何だよそれ……ていうか、そもそもアリスって女だろうが……」


 頭痛い。こいつは本当にろくなこと言わねえな。

 その横を見てみれば、面白いものを見る表情で俺を見ている水巻の姿が。


「ほうほう、それじゃあこの流れで行くとみっちゃんは何になるのかな、アリスちゃん?」

「だから誰がアリスだよ。まあ、そうだな。福間みたいな奴は帽子屋がお似合いだな。時々イカレるし」


 最大限の皮肉を込めて福間にそう言ってやる。

 すると福間はそれを聞いてニヤニヤ笑って俺のほうを見た。


「へえ、そうかい。それじゃ、今度から帽子を被ってお茶会でも開こうかな? あ、アリスちゃんはもちろん参加ね」

「だぁ~! アリスって呼ぶな、気持ち悪い!」

「にゃはは~、君達仲良いね。帽子屋さんとアリスちゃんはやっぱりそう言う関係なのかな~?」

「断じて違う! と言うかいい加減にしろ!」


 ぐぬぬ、やっぱり面倒なことになった……

 それから、こいつはチェシャ猫じゃなくて三月ウサギのほうだった様だ。

 ……さっきから2番女子が何やら薄い本のネタがどうとか言いながらメモを取っているが、触れないで置こう。


「それで、チェシャ猫ちゃんはどうして合コンを開こうとか思ったのかな? やっぱり彼氏が欲しかったから?」

「そんなことは別に考えてないよ? 私はただみんなで楽しく騒ぎたかっただけだし。そう言う帽子屋さんは?」

「僕かい? 僕は面白いもの見たさだよ。例えば、そこのアリスちゃんとか」

「おいコラ貴様、しつこいぞ!」


 満面の笑みを浮かべて俺のことを見るイカレ帽子屋。

 にゃろう、完全に面白がってやがる。

 その横で、水巻は楽しそうに福間の言葉に頷いていた。


「なるほど~、確かにこれは面白いわ。でも、客寄せパンダになってまで見たかったの?」

「ああ、確かにこうやって弄るのも面白いけどね、本当に面白いのは合コンの後だよ」

「え、何で?」

「実は、彼にはとっても可愛くてやきもち焼きな幼馴染が居るんだ。遠賀川に会いたい一心で、大学の授業に割り込むような子がね」

「ほええ? じゃあ、何でアリスちゃんは合コンに来てるの?」

「そりゃあ、僕がこの合コンに参加する条件が遠賀川の参加だったからだよ。客寄せパンダになるんだったら、せめて楽しめるようにしたかったしね」


 福間は清々しいまでの、殴りたくなるような笑顔を俺に向けてくる。

 こいつ……本当に余計なことをしゃべらねえな……

 流石にこれには水巻も少し引いた様で、少しこわばった表情を俺に向けてきた。


「アリスちゃん、帽子屋さんって結構いい性格してるね」

「……その意見には同意するが、アリスって呼ぶのはやめろ」


 全く、男の俺にアリスなんて呼び名をつけて気持ち悪くならんのだろうか?

 と思っていると、水巻は少し不満そうに頬を膨らませていた。

 ……自分が面白ければいーんですか、そーですか。


「それじゃ、せーちゃんは本当に良かったの? そんな彼女さんほっぽりだして合コンに出てさ」

「しょうがないだろ。もし福間が不参加なら海老津の面子が潰れるからな。だったら、うちの家猫に我慢してもらう方が良いだろ?」

「おお、友達思いだね、せーちゃんは」

「それだけじゃないよ。遠賀川はいつも二人分の料理も作ってるらしいし、彼女のわがままも可能な限り受け止めてあげてるよ」

「ほっほう……つまりせーちゃんはこの合コンでは大当たりに当たるわけだね。彼女居るけど」


 水巻は興味深そうな眼で俺を眺めている。

 大当たりかどうか知らないが、美奈との関係については否定させてもらおう。


「……別に、彼氏彼女の関係って訳じゃねえよ」

「うん、そうだね。旦那と嫁の関係だもんね」

「俺はまだ結婚なんてしてねえよ」

「まだと言うことは、これから結婚するつもりなんだね。結婚式には呼んでくれ、冷やかしに行くから」

「あ、私も呼んで欲しいな。声高らかに祝辞を面白おかしく呼んであげるから」

「ええい、お前ら少し黙れい!」


 こいつら、本当にろくなもんじゃねえな。

 何で俺がこんなに弄られなければならんのだ……

 ちくしょう、目の前の二人の笑顔が憎い。


「にゃはは、それにしても、せーちゃんって本当に弄ると面白いね。みっちゃんが弄るのも良くわかるよ」

「だろう? チェシャ猫ちゃんも一緒に弄ってみるかい?」

「もちろん! ぐふふ……せーちゃん、覚悟はいいかにゃー?」

「……勘弁してくれ……」


 それからというもの、俺は海老津が席替えを言い渡すまで散々に弄られまくったのであった。




 その後、何度かの席替えを経て長々と合コンは続いた。

 やはり人気なのは福間で、近くにいる女子はほぼ全員福間に話しかけている。

 もっとも、福間の表情を見るに少し面倒くさくなっている様ではある。

 が、どうにも水巻とは馬が合うらしく、彼女とだけは割と話をしていた。


 海老津はといえば、全員に注文を聞いて回ったり、具合が悪くなった奴の介抱やらをして回っていた。

 面倒見が良いのは美徳だが、そのせいで肝心の女子との話はあまり出来てない。

 せっかく幹事になって合コンを開いたのにあんまりと言えばあんまりであるが、気を回しすぎたゆえの自業自得とも言える。


 で、一方の俺はといえば、福間とも席が離れているせいもあって割と女子が話しかけてくる。

 全員何故か俺に対して妙な視線を向けており、最初は少し棘のある話し方をするのだが、俺がここに来た理由を言うと手のひらを返したように態度が変わるのだ。

 そんな彼女らの態度に首をかしげていると、そのうちの一人がその答えを言ってくれた。


「……やっぱりあんたって噂どおりの人なのね」

「噂どおりって何だよ……」

「嫁が居なけりゃ彼氏にしたい男」


 ……要するに、俺が思っていた以上に俺と美奈の話は有名だった様である。

 最初に棘があったのは、彼女を放り出して何してるんだ、と言う意味だった様である。


「……そんなに有名なのか、俺」

「まあ、講義中に彼女が乱入してきた男の噂は話の種になるからね。うん、本当に惜しいわ」

「はあ……そりゃどうも」


 そんなに熱の篭った視線で残念そうな顔をされても困る。

 文句を言うなら美奈……と言うより、昔の俺にも原因があるか。


「はい、ちょっと注もーく! もうそろそろ時間だから、みんな準備して外に出てくれ!」


 合コンで盛り上がっている中、海老津が終了の時間を告げる。

 結局、ほとんど女子と会話できなかったそいつの声を聞いて、俺は安堵のため息を付いた。


「……終わりか」

「ねえ、あんた一緒に二次会行かない? たまにはべったりな彼女を忘れてさ」


 さっきから話をしていた女子が、俺に肩を寄せながらそう誘ってきた。

 正直なところ、クールビューティーと言う言葉が似合いそうな人に言い寄られるのは悪い気はしない。

 しかし、悪い気はしないというだけで別段特別な気分になるという訳でもないし、何よりうちの家猫がへそを曲げる。 


「誘いは嬉しいが、この後先約があってな」


 と言うわけで、俺は誘いを断ることにした。

 すると彼女は小さくため息を付いた後、可愛らしい苦笑いを浮かべた。


「ちぇ、振られちゃったか。それじゃ、早く外に出よう?」

「そうするか」


 俺は彼女と一緒に居酒屋の外に出る。

 すると彼女は外に出来ていた、何やら暗い表情の女子の集まりの中へと入っていった。

 ……ああ、相手がいなくていじけるのは男だけじゃないんだな。

 そんなことを考えていると、海老津が話しかけてきた。


「よう、遠賀川。今日はどうだった?」

「俺は二次会に誘われたな。断ったが」


 まあ、正直美奈が居なければ行っていたかもしれないが。

 などと思いつつそう言うと、海老津は惚けた表情を浮かべた。


「はあ? ケッ! 流石にモテる人種は違いますなあ!」

「ん? 何だ、お前二次会企画してないのか?」

「してるわけねえだろ! この後は皆さん気に入った相手とご自由にって奴だよ! ちっきしょお!!」

「……まあ、心中ご察ししておいてやるよ」


 自分の結果を嘆くこいつの残念なところは、自分が損な役回りをしていることに気がつかないところである。

 要するに、面倒見が良すぎてあれやこれや気になり、結局自分のことが出来ていないことに気づいていないのである。

 ……まあ、こんな性格だからこいつの交友関係は滅茶苦茶広いんだろうがな。


 ふと一角に眼を向けると、そこでは福間と水巻が話をしていた。


「ねえねえ、みっちゃん。アドレス交換しよう! 私みっちゃんと友達になりたい!」

「……うん、そうだね。君になら教えても良さそうだ」

「やった♪ それじゃ、私から送信するね!」


 少し考えた後に福間が頷くと、水巻は携帯の赤外線機能を使ってアドレスを送る。

 その様子を見て、海老津は頭をかきむしった。


「ちきしょう、福間も勝ち組かよ……こうなったら、ヒトカラで大絶叫してやるぅー!」

「……俺は付きあわねえからな、ごふぅ!?」


 大絶叫する海老津に断りを入れようとすると、腹に強烈な衝撃が走った。

 巨大なボールか何かがぶつかったような感覚で、俺は衝撃に耐えられずに後ろに倒れる。

 何事かと思って目を落とすと、そこには茶色い髪に流れ星のヘアピンが見えた。


「……見つけた、誠司」

「み、美奈!? お前、何でここに!?」

「迎えに来た」

「迎えに来たって……お前なあ……」


 呆れた行動力である。

 しかも、褒めろと言わんばかりのドヤ顔である。

 俺としては補導されなかったことにホッとするばかりであるから、少々説教をしたい気分で立ち上がる。


「ほうほう、あれが噂の嫁さんか……中学生?」

「いや、幼馴染って言ってたし、遠賀川は二個下って言ってたよ」

「嘘ぉ!? でも、確かに可愛いわ……」


 向こうでは、水巻と福間が俺と美奈を見て何やら話をしている。

 ……やはり美奈は中学生くらいに見えるらしい。

 が、その言葉は美奈は聞いていなかったらしく、反応を示すことは無い。

 その代わり、周囲の視線が気になるようである。


「…………むぅ」


 美奈は不機嫌そうに頬を膨らませる。

 美奈の視線をたどってみると、そこに居たのは女子の集まり。

 ……何を考えているのだろうか?


「……美奈?」

「誠司」

「なんっ……」


 俺が美奈に返事をしようとすると、突然唇を奪われた。

 一瞬何が起きたか分からず、俺は硬直する。

 そしてしばらくすると、美奈は俺の頭を両手で抱え込んだ。


「……あげない」


 美奈はむすっとした表情で、周囲に見せ付けるように抱きついたまま周囲にそう宣言した。

 ……こいつまさか、このアピールのためだけにここに来たんじゃあるまいな?

 そのアピールの効果は絶大だったらしく、一人の導火線に火をつけた様である。


「おお~っ! 見せ付けてくれるねぇ、コンチクショウ! 流石は夫婦だぜ!」

「夫婦って、おまっ……」


 俺が抗議をしようとすると、服の裾をギュッと握り締められる感覚を感じた。


「……夫婦」


 ふと目を落とすと、そこには幸せそうに頬を染め、上目遣いの潤んだ瞳で俺を見つめる美奈の姿があった。


「ん……」


 美奈は目を閉じ、そのまま顔を俺に向ける。

 ……おい、まさかこの衆人環視の中でやれと?

 お前は良いかもしれんが、俺もやるのか!?


「おおっと! お嫁さん猛アタック! このみんなが見守る中でキスのおねだりだぁ! さあせーちゃん、お望みどおりブチュッといっちゃって!」

「遠慮することは無いよ、僕がしっかりと録画しとくから」


 野郎、余計なことを……と言いたい所だが、周囲の視線は完全に俺の行動に向けられている。

 つまり、もう抜き差しなら無い状況まで追い込まれているということだ。


「……ん」


 更に言えば、美奈はこの状況を存分に利用して俺の行動を待ち構えている。

 そして、たぶんやらないと俺は周りからブーイングを受けるし、何より唯でさえご機嫌斜めな美奈の機嫌が更に悪くなる。

 そうなると、今後色々と面倒なことが待っていることになるわけだ。

 ……腹、括るか。


「……帰ったら文句言ってやるからな……」

「んっ……」


 俺は覚悟を決めて美奈のお望みどおりにしてやった。

 死ぬほど恥ずかしくて、柔らかいはずの唇の感覚などほとんど分からない。

 きっと今頃、俺の顔は耳まで真っ赤に染まっていることであろう。


「行ったあああああ! 熱いぜこの野郎、お前は何のためにこの合コンに来た!?」

「ああもう、周囲の迷惑だからもう少し静かにしろ!」

「うん、君もね」

「やかましい!!」


 とりあえず騒がしい連中を黙らせるべく声を掛けると、福間が満足そうな顔で俺に指摘する。

 ……こいつ、いつか泣かす。


「「「リ  ア  充  爆  発  し  ろ」」」

「……お前ら落ち着け、な?」


 その横で、滂沱のごとく血の涙を流しながら俺を見ている連中を、海老津が宥めていた。

 本当に、損な性格をしている奴である。

 俺がどうしようか考えていると、美奈が俺の手を引っ張った。


「帰る」

「はあ、了解」


 美奈の一言で俺は帰ろうとするが、肝心の美奈は動かない。

 その代わり、何か言いたげな目で俺を見ていた。


「……どうした?」

「お姫様抱っこ」


 ……もうどうにでもなれ。


「……あいよ」


 俺は美奈の体を抱き上げてやる。

 美奈の体は小さくて軽いので、お姫様抱っこくらい楽に出来る。

 それと同時に、やいのやいのと騒がしくなるギャラリー。

 やれやれ……なんだこの公開処刑。

 もういい、こうなったらさっさと帰って終わらせよう。


「んじゃ、またな、皆の衆」


 俺はそう言うと、返事も聞かずに足早にその場を立ち去った。

 しばらく歩いて人通りの少ない道に来ると、美奈が俺の服をくいくいと引っ張ってきた。


「誠司」

「なんだよ……」


 俺は腕の中に居る美奈に目を落とす。

 すると、美奈は切ない表情で俺の顔をじっと見つめながら口を開いた。


「もう一回」

「……今じゃないとダメか?」

「ん」


 美奈は目を閉じ、再び俺の行動を待ち始めた。

 腕に伝わる感触はどこかそわそわしており、落ち着かない様子が分かる。


「……はあ」


 俺はキスを待つ美奈の唇にそっと自分のそれを触れてやる。

 すると美奈は俺の首に手を回して、離れようとする俺の顔を離すまいとしてきた。

 美奈はペロペロと俺の唇を舐め回している。今口を開けると、美奈は間違いなく口の中まで入ってくることであろう。

 俺は美奈の口に思いっきり息を吹き込み、びっくりしたところで顔を引き離した。

 その行為を受けて、美奈は眼に涙を浮かべて不満そうに頬を膨らませた。


「むぅ」

「むぅ、じゃねえよ。そんなことされてたら歩けねえだろうが」

「……じゃあ、帰ったら続きしよ?」


 美奈は俺の首に手を回し、やたらと熱の篭った視線を俺に向けてくる。

 その切ない吐息からは美奈が俺を求めているのが良く分かった。

 ……何があったというのだ。


「お前どうしたんだ? 今日はやけにがっつくじゃないか」

「私達、夫婦」


 美奈はそう言うと、俺の首を抱く腕に力を込めた。

 この口調はどこか嬉しそうであった。


「……お前、まさかあれを真に受けたのか?」

「……夫婦」


 俺の言葉を聴いて、美奈は強く主張するようにそう言った。

 ……ああ、こりゃ当分何を言っても聞かんな。


「はいはい、夫婦って言われて嬉しかったのは分かったから、少しは自重しような」

「むぅ……」


 俺はそのまま美奈をお姫様抱っこしたまま、家に帰った。

 その後のことは、あまり思い出したくない。

 一つだけ言えることは、貞操を守らなければ行けない事態になるのは女子だけでは無いという事だ。



 ……これからは、美奈の前では夫婦って言葉を迂闊に言わないようにしておこう。襲われたくないし。

 合コンのお話。

 モブのつもりで書いたのに、台詞が付いたキャラに愛着が沸きすぎて困る。

 正直、名前付きで出た水巻さんよりも、クールビューティーモブのほうが気に入っていたり。


 あと、猫ちゃんは夫婦って言われると嬉しくてついやっちゃうそうです。


 それから、福間・東郷・赤間・海老津・遠賀川・水巻という並びをみて、某JRの路線が思い浮かんだ人は多分私と家が近いです。

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