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『明日の遺跡を掘る者たち』  作者: asnt2026


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第7話 未来を掘るな

銀白の杭は一本だけではなかった。


最初の杭から十数歩進んだ場所に二本目、その先の分岐に三本目。


どれも石床へ斜めに打ち込まれている。


「道標か?」


ダインが訊いた。


トルヴは首を振る。


「道を示すならこんな打ち方はしねえ」


杭には矢印も番号もない。


あるのは保存教会の印だけだった。


リゼは四本目の杭を見つけたところで、妙なことに気づいた。


その周辺では街が動かない。


少なくとも数分間、壁も床も位置を変えていなかった。


「ここだけ落ち着いてる」


マレルも同じことを感じたらしい。


「杭のせいでしょうか」


「触るなよ」


トルヴがすぐに言う。


「分かってます」


「お前ら二人は分かってても触る」


リゼは否定しなかった。


トルヴの方がよく分かっている。


彼らは四本の杭に囲まれた小さな範囲で息を整えた。


鐘の舌は中央へ置いてある。


それ以来、街の大きな変形は止まっていた。


「置いて帰るか」


ダインが包みを見た。


「せっかく取ったのに?」


リゼが訊く。


「お前さ、こういうときだけ発掘士になるな」


「いつも発掘士だけど」


「自分の墓が出ても鐘を拾って帰ろうとする奴は、お前くらいだ」


返す言葉が少し遅れた。


自分の墓。


数時間しか経っていないのに、その言葉だけが別の時間から届いたように感じる。


リゼは鐘の舌から視線を外した。


「だから持って帰りたいの」


ダインが眉を寄せる。


「なんで」


「分からないものが多すぎるから」


言ってから、自分でも少し違うと思った。


本当は、何かを持って帰りたかったのかもしれない。


墓も骨も未来の街も、このまま地下へ置いて地上へ戻れば、全部夢だったように思えてしまう。


手元に一つでも確かな物があれば、そこで見たことが自分の中だけの出来事ではなくなる。


そんな気がした。


「持ち出せるかどうかは帰路で判断する」


トルヴが話を切った。


「まず出口を探す。街がまた動くなら、同じ道は使えねえ」


「杭沿いに行けば?」


マレルが言う。


四本の杭。


その先にも同じものが続いている可能性がある。


トルヴはしばらく考え、頷いた。


「他人の印を信用するのは嫌だが、今は他に手がねえ」


鐘の舌を再び包む。


ダインが持ち上げた瞬間、床がわずかに鳴った。


けれど杭の周辺は動かなかった。


「本当にこれ、街を止めてるのか?」


ダインが杭を見る。


「だとしたら、教会は何のために」


リゼが言いかけたとき、トルヴが片手を上げた。


足音。


四人とも動きを止める。


こちらのものではない。


規則正しい。


複数。


通路の向こうで灯りが揺れた。


ダインが前へ出る。


トルヴはリゼとマレルを壁際へ寄せた。


やがて人影が現れた。


五人。


白と灰色を基調にした外套。


胸元に双塔の印。


保存教会の者たちだった。


先頭の男は四十代ほどに見えた。


短い灰色の髪。


腰には細身の剣を差している。


彼はリゼたちを見るより先に、ダインが抱えている包みへ視線を向けた。


「それを置いてください」


穏やかな声だった。


ダインが剣へ手を伸ばす。


「まず名乗れ」


「オルダ・ケイン。保存教会深層封鎖隊」


「長いな」


「あなた方の所属は把握しています。ルヴェル王立深層院、第十九調査隊」


トルヴの目が細くなった。


「よく知ってるじゃねえか」


「正式な層門を使ったのですから、調べれば分かります」


敵意があるのかないのか、判断しづらい。


ただ、後ろの四人はすでに武器を持っていた。


剣。


短弓。


銀白の杭。


リゼは最後の一つを見た。


「この街の杭はあなたたちが?」


「置いてください」


オルダは質問に答えなかった。


視線は鐘の舌から動かない。


「これが何か知ってるの?」


リゼが訊く。


オルダの眉がわずかに動いた。


それだけだった。


「鐘の一部です」


「そんなこと聞いてない」


「リゼ」


トルヴが低い声で止める。


彼女は口を閉じた。


オルダが一歩進んだ。


ダインも剣を抜く。


音が響く。


教会側の四人が構えた。


「争うつもりはありません」


「その割に武器が多い」


ダインが言う。


「あなたが剣を戻せば、こちらも戻します」


「先にそっちがやれ」


「子どもですか」


「よく言われる」


場違いな返事だった。


それでも緊張は薄れなかった。


オルダが小さく息を吐く。


「その遺物を地上へ持ち出してはいけない」


「理由は?」


リゼが訊いた。


「ここで説明する時間はありません」


「じゃあ置かない」


「リゼ」


今度はダインが言った。


驚いて見ると、彼は前を向いたままだった。


「意地になるな」


「なってない」


「なってる」


図星だったので余計に腹が立った。


「あなたたちは、これが街を動かすことを知っていた?」


オルダの目が一瞬、床へ向いた。


その反応をリゼは見逃さなかった。


知っている。


少なくとも何かは。


「答えて」


「置いてください」


同じ言葉だった。


それが答えでもあった。


トルヴがダインへ目配せする。


リゼには意味が分からない。


次の瞬間、ダインが包みを床へ落とした。


鐘の舌が石へ当たる。


鈍い音。


教会側の視線が一斉にそちらへ向いた。


トルヴがリゼの腕を掴んだ。


「走れ」


「え?」


考える前に引かれた。


横の通路へ飛び込む。


マレルも続く。


背後で剣がぶつかる音。


「ダイン!」


振り返ろうとしたリゼをトルヴが押した。


「戻るな!」


「一人で置いていくの!」


「三十秒で来る!」


何を根拠に。


そう思った直後、後方で誰かが罵声を上げた。


続いて足音。


ダインだった。


「三十秒もかかってねえぞ!」


追いついてくる。


手には鐘の舌。


「取ったの?」


リゼが目を見開く。


「置いてきたふりしただけだ!」


「子どもじゃない!」


「今それ言うか!」


矢が壁へ刺さった。


リゼは反射的に頭を下げる。


次の矢。


ダインではなく、鐘の舌を包んだ布へ向かって飛んできた。


布の端が裂ける。


三本目。


また遺物。


「狙われてるの、それだけだ!」


リゼが叫ぶ。


ダインも気づいた。


教会兵たちは、こちらの足や背中を狙える位置にいる。


なのに矢は鐘の舌へ集中している。


「殺す気がない?」


マレルが息を切らしながら言う。


「ありがたい話だな!」


ダインが曲がり角へ飛び込む。


その先に、銀白の杭が四本。


トルヴが足を止めた。


「中へ!」


全員が杭の間へ入る。


教会兵も追ってくる。


その瞬間、ダインが持っていた包みの中で金属音が消えた。


正確には、音はした。


けれど何かが違った。


鐘の舌から感じていた妙な圧が消えている。


リゼは足元を見る。


街の歪みも止まった。


オルダたちが通路の手前で止まる。


「そこから動かないでください」


「追ってきて言うことか?」


ダインが剣を向ける。


オルダは剣を抜かなかった。


「鐘を地上へ出せば、次は街だけでは済まない」


「何が起こるの」


リゼが訊く。


オルダは彼女を見た。


初めて鐘ではなく、まっすぐに。


「未来を掘るな」


その言葉に、リゼは眉を寄せた。


教会の教義として知っている。


子どもの頃から何度も耳にした。


ただ、今の声は祈りにも脅しにも聞こえなかった。


もっと現実的な何かを知っている人間の声だった。


「それだけ?」


リゼが訊く。


「今は」


オルダが答えた。


後ろで街が軋んだ。


杭の外側だけが、またゆっくりと折れ始める。


リゼは銀白の杭を見た。


その内側だけは何も起きていない。


教会が何を隠しているのかは分からない。


けれど少なくとも一つだけ、考え直す必要があった。


保存教会は未来遺跡を恐れているのではない。


何かが起きることを知っている。

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