↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『明日の遺跡を掘る者たち』  作者: asnt2026


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/17

第6話 折れ始めた都

倒れた鐘の下には、もう生き物の形をしたものは残っていなかった。


灰と木片、それから錆びた金属片が石床に散らばっている。少し前までそれらが四本の脚で走っていたことの方が、今では間違いだったように見えた。


リゼは鐘の脇にしゃがみ込んだ。


《残響を留める鐘》


表面に刻まれた文字をもう一度読む。


鐘そのものは大きく割れていた。支柱ごと崩れたせいで胴の半分に亀裂が走り、縁の一部も砕けている。


その中心から、細長い金属棒が転がり出ていた。


鐘を鳴らしていた舌だ。


「触るなよ」


背後からトルヴの声がした。


伸ばしかけていた手を、リゼは止めた。


「触ってない」


「触ろうとはした」


「見ただけ」


「手が出てた」


言い返しかけたが、やめた。


トルヴはこういうとき妙に細かい。


代わりにマレルが鐘の舌へ近づき、小さな計器をかざした。針が震え、ゆっくり右へ傾く。


「残ってますね」


「何が?」


ダインが訊く。


「鐘の法則です。たぶん本体より強く残ってる」


マレルは断定を避けながら言った。


未来遺跡から何でも持ち帰れるわけではない。


石も木材も金属も、こちらの世界へ出した途端に崩れてしまうものがほとんどだ。ただし、その歴史固有の法則と強く結びついた物だけは残る。


そうした品を、発掘士たちは遺物と呼ぶ。


リゼにとっても説明するほど珍しい言葉ではない。


けれど目の前にある鐘の舌は、これまで見てきたどの遺物とも少し違って見えた。


ただの金属棒なのに、周囲の静けさがそこだけ濃い。


気のせいだと思えば、それまでだった。


「持っていく?」


リゼが訊く。


トルヴはすぐには答えなかった。


床、壁、天井。


順番に目を動かしたあと、鐘の残骸を見る。


「本来なら記録だけ取って置いてく」


「本来なら?」


「この深さで、六百年以上先の遺物だ。上が欲しがる」


「欲しがるって言い方」


「欲しがるだろ」


否定できなかった。


深層院は未来遺物で成り立っている。


それを持ち帰るのが、自分たちの仕事でもある。


マレルが厚い布で鐘の舌を包んだ。


ダインが受け取る。


「重いな」


「鐘の舌なんだから軽かったら嫌でしょ」


リゼが言うと、ダインは包みを肩へ載せ直した。


「お前は持たないからそう言える」


一行は部屋を出た。


通路へ戻ったところで、リゼは足を止めた。


何かが違う。


すぐには分からなかった。


見慣れたはずのものが少しだけずれていると、人は意外に気づけない。


「どうした」


ダインが先で振り返る。


「さっき、この角こんなに近かった?」


トルヴも止まった。


正面の曲がり角まで十歩ほどしかない。


ここへ来たときは、もっと長かった気がする。


リゼが自分の記憶を疑っている間に、トルヴが壁へ近づいた。


傷を見る。


発掘隊が通った道には、帰路を確認できるよう小さな印を残している。


その印が、曲がり角の手前にあった。


「ここじゃねえ」


トルヴの声が低くなった。


「印を付けた場所は?」


「三十歩は向こうだ」


空気が変わった。


ダインが包みを下ろす。


「迷った?」


「一本道だぞ」


そのとき、遠くで石の擦れる音がした。


地鳴りではない。


巨大な何かをゆっくり引きずるような音。


リゼは通路の先を見た。


曲がり角が動いている。


一瞬、そう見えた。


目の錯覚かと思った直後、壁と壁の間が狭まり、曲がり角そのものがこちらへ滑ってきた。


「走れ!」


トルヴの声が響いた。


四人が反対方向へ駆ける。


背後で石が鳴る。


天井は落ちてこない。


壁も崩れない。


それなのに通路の長さだけが変わっていく。


リゼの足元で床の継ぎ目が横へ流れた。


「何これ!」


「知るか!」


ダインが鐘の舌を抱えたまま走る。


前方にあった扉へ向かったはずなのに、走っても距離が縮まらない。


いや。


違う。


扉が遠ざかっている。


「止まれ!」


トルヴが叫ぶ。


「止まったら潰される!」


「いいから止まれ!」


四人が足を止める。


リゼの胸が激しく上下している。


背後の曲がり角も止まっていた。


前方の扉も動かない。


「俺たちに反応してる?」


マレルが壁へ手をついた。


「歩くと動くのか」


「違う」


リゼはダインが抱えている包みを見た。


誰も動いていない。


その包みの中から、ほんのわずかな金属音がした。


鐘の舌が布の中で揺れたらしい。


次の瞬間、前方の扉が少しだけ近づいた。


「それ」


リゼが言った。


ダインが自分の腕を見る。


「これ?」


「床へ置いて」


「ここで?」


「早く」


包みが床へ置かれる。


しばらく待った。


何も動かない。


トルヴが顎を撫でる。


「持ち出したせいか」


「鐘を?」


マレルが振り返る。


「鐘そのものじゃない。この舌を、元の場所から動かしたから」


リゼは言いながら、自分でもまだ納得できていなかった。


遺物を動かした。


それだけで都市の道が変わる。


そんなことがあるのか。


けれど未来遺跡で、そんなことがあるのかと考える意味はあまりない。


起きているなら、ある。


それが先だ。


「戻す?」


ダインが訊く。


「たぶんな」


トルヴが鐘の舌を拾おうとした。


そのときだった。


乾いた金属音が、遠くで鳴った。


一度。


そしてもう一度。


ダインが剣を抜く。


今度は誰も喋らなかった。


通路の向こう。


薄暗い壁際に、小さな光が見えた。


床から斜めに突き出している。


トルヴが慎重に近づいた。


銀白色の杭だった。


手のひらより少し長い。


未来都市の石床へ、明らかに後から打ち込まれている。


リゼはしゃがみ込み、表面を照らした。


そこに刻まれていた文字を見て、息が止まった。


未来の文字ではない。


現在の文字だった。


そして、その印を知っていた。


二本の塔を囲む細い輪。


ネフラ聖王国。


保存教会。


「なんで教会の杭がここにあるの」


ダインの声から冗談が消えた。


トルヴは答えない。


リゼは銀白の杭に触れず、その周囲を見た。


埃が薄い。


最近誰かが打ち込んだ。


少なくとも六百四十二年後の人間ではない。


背後で、また街が動いた。


今度はもっと大きかった。


通路の向こうで建物同士が重なり、あり得ない角度で街路が折れ曲がる。


ダインが鐘の舌を掴んだ。


「今はどっちを疑えばいい」


鐘を動かした自分たちか。


未来を掘るなと唱える教会か。


リゼにも分からなかった。


ただ一つ分かるのは、自分たち以外の誰かが先にここへ来ていたことだった。


そしてその誰かは、この街に何かを残している。


遠くの暗闇で、また金属音がした。


今度は一つではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。