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『明日の遺跡を掘る者たち』  作者: asnt2026


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2/20

第2話 棺の中の私

棺を開けないという選択肢はあった。


むしろ調査手順だけを考えるなら、それが正しい。


発見場所を記録し、地上の深層院へ報告する。専門の保存班を呼び、周囲の層が安定しているか確かめてから開封する。


リゼ自身もそう教えられてきた。


それなのに、石棺から離れられなかった。


自分の名前が刻まれた文字だけを何度も目でなぞっている。


見れば見るほど、何かの間違いには見えなくなっていった。


「同名だろ」


ダインが言った。


少し離れた場所からだった。


慰めるつもりなら、たぶん彼なりにかなり努力している。


「六百年もあれば同じ名前の人間くらい出る」


「姓も?」


「出ることはある」


「役職まで?」


ダインは答えなかった。


発掘者という言葉。


そこまで一致している。


偶然という言葉は便利だが、重ねすぎると薄くなる。


トルヴが石棺の周囲を一周した。


「封は生きてる」


「開けられる?」


リゼが訊く。


「開けられるかどうかなら開けられる。ただ、開けていいかは別だ」


「開けたい」


「お前が言うと思ったよ」


トルヴはため息をつき、腰の工具袋を床へ置いた。


ダインが眉を寄せる。


「待て。本人がいる場所で本人の墓を開けるのか」


「本人かどうか確かめるんでしょう」


マレルの声はいつもと変わらない。


彼は石棺の文字を紙へ写しながら続けた。


「怖いなら廊下に出ていてもいいですよ、ダイン」


「誰が怖いと言った」


「顔に書いてあります」


「お前はもう少し人の気持ちってものをだな」


「今は骨の方が重要です」


リゼは二人の会話を聞きながら石棺を見ていた。


いつもなら少し笑えた。


今は喉の奥が乾いていた。


怖いのだと思う。


棺を開けて何もなければ、それでいい。


別人の骨が出てきてもいい。


けれど、もし。


その先を考えようとすると、頭の中に薄い膜が張る。


トルヴが四隅へ工具を差し込んだ。


「持ち上げるぞ。ダイン、そっち」


「俺もやるのか」


「お前が一番でかい」


「理由が雑だな」


石の蓋が少しずつ浮いた。


重い音が墓室に響く。


リゼは無意識に一歩下がった。


隙間から空気が抜けた。


腐臭はない。


六百年以上先の墓だ。中に何があったとしても、リゼの知る死の匂いとは違う。


蓋が横へずらされる。


最初に見えたのは白い布だった。


灰色に変色し、ところどころ裂けている。


その中央。


骨。


人骨だった。


胸の奥が沈んだ。


自分でも理由は分からない。


棺なのだから骨があるのは当たり前なのに、文字だけだった死が急に形を持った。


マレルがしゃがみ込む。


「触るなよ」


トルヴが言う。


「あなたより丁寧に扱います」


「そういう問題じゃねえ」


マレルは小さな刷毛で骨の周囲を払った。


頭蓋。


肋骨。


腕。


脚。


ほぼ全身が残っている。


「女性だと思う」


「年齢は?」


リゼが訊いた。


「今は言えない。二十代から三十代前半くらいには見えるけど、保存状態が普通じゃない」


二十代。


自分と近い。


リゼは奥歯を噛んだ。


棺の内壁には細かな文字が刻まれている。未来の記録なのだから、死亡年齢くらい残っていてもおかしくない。


けれど今は読みたくなかった。


マレルが左腕を動かした。


そのとき、リゼの視線が肩へ止まった。


「待って」


自分でも驚くほど強い声が出た。


マレルの手が止まる。


「左肩、見せて」


「触らずに?」


「それでいい」


ランタンを寄せる。


鎖骨の端。


一度折れた骨が治癒した痕が残っている。


少しだけ曲がっていた。


リゼは自分の左肩へ手をやった。


服の上からでは何も分からない。


それでもそこにある。


十一歳のとき、崩れた足場から落ちて折った。


治療師からは、少し曲がったまま繋がると言われた。


父が死んだ事故の、半年ほど前だった。


「同じ場所ね」


マレルが言った。


「珍しい場所なの?」


「骨折自体は珍しくない。ただし形まで似ている」


ダインが棺へ近づいてきた。


先ほどより足音が慎重になっている。


「似ているだけだ」


誰に言っているのか分からなかった。


リゼは返さず、骨を見た。


右手。


指。


歯。


自分と違う場所を探したくなった。


マレルも何かを察したらしい。


頭蓋を横から照らす。


「リゼ。右下の奥歯、一本少なかったな」


心臓が一度だけ強く打った。


「生えてこなかった」


「この骨もだ」


ダインの顔から表情が消えた。


二つの一致なら偶然で済むかもしれない。


三つ目がある。


リゼは左の小指を握った。


幼い頃、刃物で深く切ったことがある。骨そのものへ届いた傷ではないから、骨格には残らない。


そこまで同じならと思った自分が、急に馬鹿らしくなった。


何を期待しているのだろう。


同じであってほしいのか。


違っていてほしいのか。


どちらを選んでも、目の前に自分の名前を持つ墓がある事実は変わらない。


「まだ本人だとは言えない」


マレルが静かに言った。


リゼは彼を見る。


「でも?」


「少なくとも、この骨は君とかなり似た身体の履歴を持ってる」


墓室が静かになった。


遠くで水滴が落ちたらしい。


一度だけ音がして、その後は何も続かなかった。


リゼは棺の縁へ手を置いた。


石の冷たさが手袋越しにも伝わる。


未来が地下にあることは知っていた。


まだ造られていない橋も、これから生まれる王の像も見たことがある。


けれど、それはいつも他人の未来だった。


自分だけは地上にいた。


それが今、少しだけ崩れた。


六百四十二年後の墓に眠っている骨は、未来の自分なのか。


そう考えた瞬間、もっと嫌な疑問が浮かんだ。


もし本当に自分なら。


なぜ二十代ほどの身体のまま、六百年以上先の墓に入っているのだろう。

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