第13話 未来の枝
調査から戻った七日後、深層院は一つの仮説を公表した。
《分岐未来説》
名前を付けたのは理論院の学者たちだった。
人間の選択によって未来は枝分かれし、それぞれ異なる歴史を作る。地下に見つかる複数の都市は、その枝分かれした未来が何らかの理由で残ったものではないか。
発表を聞いた瞬間、リゼは肩の力が抜けた。
会議室には何十人もの研究者がいた。
壁には二つのエリナの身体記録。
六百四十二年後の二都市。
英雄王と暴君。
死んだリゼと生きたリゼ。
これまでの発見が順番に並べられている。
全部に一本の説明がついた。
未来は一つではない。
枝分かれしている。
それなら分かる。
少なくとも、分かったような気にはなれる。
「やっぱりそうなんじゃない?」
会議のあと、リゼは廊下でマレルに言った。
「何がです?」
「未来が枝分かれしてる」
「可能性は高いですね」
「もっと嬉しそうに言ってよ」
「嬉しいんですか?」
言われて考えた。
たぶん。
少なくとも、自分の墓が未来の確定ではないと説明できる。
どこかの枝では死ぬ。
別の枝では生きる。
なら今の自分がどちらへ進むかは、まだ決まっていない。
それだけで呼吸が少し楽になる。
「リゼ」
後ろから声がした。
ネマだった。
会議中、彼女は一番後ろの席に座っていた。
一度も発言していない。
「あなたはどう思う?」
リゼが訊いた。
「何をでしょう」
「分岐未来説」
「興味深いと思います」
「それだけ?」
「学者ではありませんから」
「文献官でしょ」
「文献を読む仕事と、世界の構造を決める仕事は違います」
また逃げた。
そう感じた。
リゼは廊下の窓へ寄った。
外では雨が降っている。
石畳を歩く人々が外套を頭へ被り、小走りで通り過ぎていく。
あの人たちの未来も枝分かれしているのだろうか。
右へ曲がる未来。
左へ曲がる未来。
転ぶ未来。
誰かと出会う未来。
そう考えると、世界が急に細かく砕けていくようだった。
「枝って、どこまで増えるんだろう」
リゼが呟く。
マレルが隣へ来る。
「選択ごとなら無数でしょうね」
「私が今、窓を開けるか開けないかでも?」
「理屈だけなら」
「それ全部が地下にあるの?」
誰も答えなかった。
リゼは振り返る。
ネマも黙っている。
「それ、おかしくない?」
会議では誰も言っていなかった。
未来が分岐する。
聞けば納得できる。
けれどすべての選択で未来が分かれるなら、地下は無限の歴史で埋まる。
今この瞬間にも。
「重要な分岐だけ残るとか?」
マレルが言う。
「誰が重要って決めるの」
また答えがない。
そこへダインがやってきた。
濡れた外套を片手に持っている。
「まだいたのか」
「未来について考えてた」
「暇だな」
「護衛には難しい話だから」
「喧嘩売ってる?」
「半分くらい」
ダインは鼻で笑った。
彼は未来が一つでも百でも気にしていないように見える。
ただ、リゼには分かっていた。
墓の話が出ると、彼は以前より先に出口を確認するようになった。
気にしていない人間はそんなことをしない。
「次の調査が決まった」
ダインが紙を差し出す。
リゼが受け取る。
山岳地帯の浅層。
グラン=ヴェインとの国境近く。
小規模な遺跡群が新しく開いたらしい。
「早いね」
「休みたいなら俺が言ってやる」
「誰が」
「そう言うと思った」
ダインは歩き出した。
ネマも同行することになっている。
彼女が去りかけたところで、リゼは呼び止めた。
「ネマ」
「はい」
「さっきの発表、本当に納得してる?」
しばらく沈黙があった。
雨音が窓の外から届く。
「納得という言葉は便利です」
ネマが言った。
「説明できることと、正しいことを同じにできますから」
それだけ残して歩いていく。
リゼは背中を見送った。
「感じ悪いですね」
マレルが珍しく言った。
「そう?」
「答えを知ってる人の言い方です」
リゼもそう思った。
けれど同時に、別の引っかかりがあった。
会議で《分岐未来説》が発表されたとき。
学者たちは笑っていた。
長く答えのなかった問題へ名前が付いたからだ。
ネマだけは笑わなかった。
反対もしなかった。
まるで間違いを聞いたのではなく、
まだ途中の答えを聞いているような顔をしていた。




