第12話 二つの死
遺体は街の外れにある小さな墓地で見つかった。
未来遺跡に墓があること自体は珍しくない。
死者を埋葬する習慣まで六百年先へ残るのだと知ったとき、リゼは妙な安心を覚えたことがある。
人間は変わっても、全部が変わるわけではない。
そう思えたからだ。
けれど最近は、墓を見るたび落ち着かなくなった。
自分の名前が刻まれた石棺を知ってしまったせいだろう。
「ここ」
マレルがしゃがんだ。
墓石は横倒しになっている。
刻まれた名前を読む。
エリナ・ヴァル。
知らない女性。
死亡年は王暦九百三十八年。
年齢五十歳。
「三年前の墓か」
ダインが言う。
この都市の記録年代は九百四十一年。
不自然ではない。
マレルは墓の周囲を確認した。
「掘ります」
「勝手に決めるな」
トルヴが言う。
「許可を求めています」
「今のどこが?」
「掘りますが、問題ありますか」
「最初からそう言え」
五人で周囲を調べたあと、墓を開けた。
未来の墓を掘る仕事。
考えると妙な話だった。
自分たちより未来に死ぬはずだった人間を、過去の人間が掘り返している。
土の下から骨が現れる。
保存状態は良い。
マレルが丁寧に並べていく。
リゼは少し離れて記録を取った。
「五十歳前後で合ってる」
マレルが言う。
「女性。身長は百六十前後。大きな外傷はない」
「それだけなら普通ね」
「普通でいてくれると助かります」
最近、彼の口から普通という言葉を聞くと不安になる。
一通り記録を取り、墓を戻した。
問題が起きたのは、その日の夕方だった。
墓地から南へ一キロほど進んだ場所に、もう一つの共同墓所があった。
規模はこちらの方が大きい。
壁には死者の名を記した石板が何百枚も並んでいる。
ネマが一枚ずつ読んでいた。
「これ」
彼女の声に全員が集まる。
エリナ・ヴァル。
また同じ名前。
リゼは眉を寄せた。
「同姓同名?」
「珍しい名前ではありません」
ネマが言う。
その下に年齢がある。
七十二歳。
死亡年は王暦九百四十年。
二年前。
「おかしいな」
ダインが腕を組んだ。
「同じ人間なら、さっき五十で死んでる」
「だから別人でしょう」
トルヴが言う。
もっともな答えだった。
リゼも最初はそう思った。
しかしマレルは石板の家族記録を見ている。
「夫の名前が同じです」
誰も喋らなくなった。
エリナ・ヴァル。
夫、ロアン・ヴァル。
出生地。
北部セレス村。
どちらの墓石にも同じ記録があった。
「姉妹で同じ名前は?」
ダインが訊く。
「夫まで同じ?」
リゼが返す。
「変な家もあるだろ」
「無理がある」
マレルが共同墓所の管理記録を探し始めた。
古い棚から石板が数枚出てくる。
埋葬位置。
遺族。
生前の病歴。
そして身体記録。
マレルの手が止まった。
「左大腿骨、十六歳時骨折」
リゼは先ほど掘り出した骨を思い出す。
左脚に治癒痕があった。
「歯は?」
「右上の第二臼歯欠損」
同じだった。
ダインが小さく舌打ちした。
「またか」
リゼには何を指しているのか分かった。
自分の墓。
死んだ自分と、生きている自分。
あれと似ている。
ただ今回は、他人だ。
偶然だと逃げる余地が少し減る。
「この墓も開ける?」
リゼが訊いた。
マレルはネマを見る。
「教会ではどうです?」
「私は墓を守るために来たわけではありません」
「じゃあ掘ります」
「だから勝手に決めるな」
トルヴがまた言った。
日が変わる頃、二つ目の骨が並べられた。
七十代の女性。
骨は細くなっている。
背骨には加齢による変形。
同一人物には見えない。
年齢が違うのだから当然だ。
マレルが左大腿骨を取り上げる。
治癒した骨折痕。
一つ目と同じ位置。
角度も似ている。
さらに右上の歯。
欠損。
「身体の癖もある」
マレルが小さな計測器を取り出した。
骨盤。
肩。
指骨。
一つずつ確認していく。
時間がかかった。
誰も急かさなかった。
最後にマレルは道具を置いた。
「同じです」
「どの程度?」
トルヴが訊く。
「別人と考える方が難しい程度」
ダインが壁へ背を預けた。
「じゃあ未来が変わった」
その言葉が、すぐに出た。
リゼもこれまでそう考えていた。
エリナは一度五十歳で死ぬ未来を持っていた。
何かが変わった。
生き延びて七十二歳で死んだ。
それなら説明できる。
「でも」
リゼは二つの骨を見る。
五十歳のエリナ。
七十二歳のエリナ。
「変わったなら、どうして前の方が残るの」
誰も答えない。
死ぬはずだった未来。
生き延びた未来。
新しい方へ変わったなら、五十歳の死は起きていないことになる。
それなのに墓がある。
骨まである。
「消えないからでしょう」
ネマが言った。
全員の視線が集まった。
彼女は二つの遺骨を見ている。
「何が?」
リゼが訊く。
ネマは少し黙った。
「記録は、という意味です」
明らかに言い直した。
ダインも気づいたらしい。
「今、記録って言おうとしたか?」
「言いましたが」
「その前」
「何も」
「お前――」
「ダイン」
リゼが止めた。
ネマが何かを知っている。
それはもう疑いようがない。
けれど問い詰めたところで、今は話さないだろう。
それより二つの骨の方が重要だった。
リゼは五十歳のエリナへ視線を戻す。
生きていない。
けれど確かに生きた形がある。
七十二歳の骨も同じだった。
どちらかが偽物なのだと思えば簡単だ。
ただ、自分の墓を見たあとでは、その言葉を簡単には使えなかった。
偽物というのは、どちら側から決めるのだろう。
地上に立っている自分なら本物で、地下に横たわっている自分なら偽物なのか。
その境目は、どこにある。
リゼは知らない女の二つの骨を見つめながら、左肩を無意識に押さえていた。




