第11話 監視者ネマ
違法発掘者の男は、地上へ戻るまでほとんど口を開かなかった。
名前はガルド・セイン。
四十二歳。
深層院への登録歴はなく、三年前から複数の層門で目撃されている。使っていた《反響槍》も正式な発掘記録には存在しない遺物だった。
どこで手に入れたのかと訊いても、ガルドは笑うだけだった。
「未来は広いからな」
その言い方がリゼには引っかかった。
広い。
未来を場所のように言う。
自分たちも似たような言葉を使うことはある。それでも二つの未来都市を見たあとでは、何気ない言葉まで違って聞こえた。
地上へ戻った翌朝、四人は深層院の会議室へ呼ばれた。
また潜れと言われても驚かない。
そう思って入ったリゼは、窓際に立っていた見知らぬ女を見て足を止めた。
年齢はリゼより少し上に見える。
淡い灰色の長衣。
肩まである黒髪を後ろで緩く束ね、装飾らしいものはほとんど身につけていない。
ただ胸元に、小さな双塔の印があった。
ダインの空気が変わった。
ほんの少し肩が上がる。
「なんで教会がいる」
女は振り向いた。
「挨拶より先にそれですか」
声は穏やかだった。
柔らかいというより、必要以上に力を使わない話し方だった。
「ネマ・リースと申します。保存教会文献院所属です」
「聞いてない」
ダインがセヴランを見る。
深層院総監はいつもの席に座っていた。
机の上には数枚の報告書がある。
「今、伝えています」
「断る」
「まだ何も説明していません」
「教会の人間を連れて潜れって話なら断る」
セヴランの目元がわずかに動いた。
「説明していないのに、よく分かりましたね」
「帰るぞ」
本当に扉へ向かおうとしたダインの外套を、トルヴが後ろから掴んだ。
「座れ」
「嫌だ」
「二十八にもなって嫌だで通すな」
「年齢は関係ない」
「ある。みっともねえ」
ダインが振り返る。
トルヴは手を離さない。
その二人をネマは黙って見ていた。
笑いもしない。
リゼは少し意外だった。
保存教会の人間ならもっと堅苦しいと思っていた。
実際に地下で出会った封鎖隊はそうだった。未来を掘るなという教義を背負い、そのためなら武器も向ける。
ネマからは、そういう鋭さを感じない。
だから安心できるかというと、むしろ逆だった。
「理由を聞いてから断ればいい」
リゼが言う。
ダインが彼女を見る。
「お前、忘れたのか。あいつら地下で俺たちに矢を射たぞ」
「鐘にね」
「外れたら俺に刺さってた」
「あなた大きいから」
「今のは庇ってるのか?」
「全然」
トルヴがようやく手を離した。
ダインは不機嫌そうに椅子へ座った。
ネマも向かい側に腰を下ろす。
セヴランが報告書を開いた。
「保存教会から正式な共同調査要請がありました。六百四十二年後の都市について、教会側にも確認したい記録があるそうです」
「何の記録?」
リゼが訊く。
ネマが答えた。
「それを確認するために同行します」
「答えになってない」
「確認できていないものを先に答えにはできません」
少しだけ間があった。
リゼはネマを見た。
言い逃れとは違う。
本当にそう考えている顔だった。
「あなたたちは、あの街を前から知ってた?」
今度はネマの視線が止まった。
地下で見つけた銀白の杭。
保存教会が自分たちより先に入っていた証拠。
それを報告書から外す理由はない。
「正確には、似た現象を知っていました」
「街じゃなくて?」
「はい」
「じゃあ、杭は?」
「私の所属とは別の部署です。封鎖隊がどこまで把握していたか、私は知りません」
ダインが鼻で笑う。
「便利な組織だな。知らないで済む」
ネマは彼の方を見た。
「大きな組織なら、あなたも同じでしょう」
「深層院と一緒にするな」
「なぜです?」
ダインが言葉に詰まった。
リゼは少しだけ俯いた。
笑うと余計に怒る。
セヴランが机へ一枚の紙を滑らせた。
そこには新たに確認された層門の位置が記されている。
最初の二つより浅い。
年代は判明していない。
「目的は三つです。内部年代の確認、既存二都市との関連調査。それから――」
セヴランがネマを見る。
「保存教会が保有する古文献との照合」
「古文献?」
リゼが訊く。
ネマは答えるまで少し時間を置いた。
「地下について書かれたものです」
「未来について?」
その瞬間だけだった。
ネマの眉が、本当にわずかに寄った。
「あなた方は、そう呼ぶのですね」
リゼは聞き返した。
「未来を?」
ネマはすぐに表情を戻した。
「ええ」
それ以上は続けない。
その日の午後、五人は層門へ向かった。
ネマは発掘装備に慣れていた。
狭い坑道でも歩幅が乱れない。
書庫暮らしの文献官だと思っていたダインが、途中から何度か横目で見ている。
「何ですか」
ネマが先に気づいた。
「別に」
「さっきから三回見ました」
「数えてたのか」
「文献を扱う仕事ですので」
「関係ないだろ」
「数字を覚える癖があります」
相変わらず会話が噛み合わない。
リゼは二人の間を歩きながら、少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。
層門に到着した頃には夕刻を過ぎていた。
岩壁の裂け目の向こうに、薄暗い街が見える。
今回の遺跡は前の二つより古びていた。
屋根が崩れ、街路には土が積もっている。
遠くに尖塔が一つ。
空はない。
それでも天井らしきものも見えない。
層門を越えたネマが立ち止まった。
足元の石へ触れる。
そして、ごく自然な動作で目を閉じた。
「何してるの?」
リゼが訊く。
「確認です」
「何の?」
ネマは答えず立ち上がった。
街を見渡す。
その横顔に、リゼは初めて明確な緊張を見た。
「ネマ?」
「いえ」
彼女は歩き始める。
「行きましょう」
「今、何を確認したの」
返事はなかった。
夕闇のような街を五人で進んだ。
しばらくしてマレルが古い標識を見つける。
文字は読める。
王暦九百四十一年。
最初に見つけた街より二百年以上古い。
「こっちも未来だな」
ダインが言った。
その言葉を聞いたネマが、ほんの一瞬だけ歩みを止めた。
まただ。
リゼは気づいた。
ネマは地下へ入ってから一度も、自分からその言葉を使っていない。
未来。
教会が嫌っているからではない気がした。
嫌いなものなら、否定すればいい。
彼女は否定もしない。
まるで、
その呼び方そのものが正しくないことを知っているようだった。




