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『明日の遺跡を掘る者たち』  作者: asnt2026


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第11話 監視者ネマ

違法発掘者の男は、地上へ戻るまでほとんど口を開かなかった。


名前はガルド・セイン。


四十二歳。


深層院への登録歴はなく、三年前から複数の層門で目撃されている。使っていた《反響槍》も正式な発掘記録には存在しない遺物だった。


どこで手に入れたのかと訊いても、ガルドは笑うだけだった。


「未来は広いからな」


その言い方がリゼには引っかかった。


広い。


未来を場所のように言う。


自分たちも似たような言葉を使うことはある。それでも二つの未来都市を見たあとでは、何気ない言葉まで違って聞こえた。


地上へ戻った翌朝、四人は深層院の会議室へ呼ばれた。


また潜れと言われても驚かない。


そう思って入ったリゼは、窓際に立っていた見知らぬ女を見て足を止めた。


年齢はリゼより少し上に見える。


淡い灰色の長衣。


肩まである黒髪を後ろで緩く束ね、装飾らしいものはほとんど身につけていない。


ただ胸元に、小さな双塔の印があった。


ダインの空気が変わった。


ほんの少し肩が上がる。


「なんで教会がいる」


女は振り向いた。


「挨拶より先にそれですか」


声は穏やかだった。


柔らかいというより、必要以上に力を使わない話し方だった。


「ネマ・リースと申します。保存教会文献院所属です」


「聞いてない」


ダインがセヴランを見る。


深層院総監はいつもの席に座っていた。


机の上には数枚の報告書がある。


「今、伝えています」


「断る」


「まだ何も説明していません」


「教会の人間を連れて潜れって話なら断る」


セヴランの目元がわずかに動いた。


「説明していないのに、よく分かりましたね」


「帰るぞ」


本当に扉へ向かおうとしたダインの外套を、トルヴが後ろから掴んだ。


「座れ」


「嫌だ」


「二十八にもなって嫌だで通すな」


「年齢は関係ない」


「ある。みっともねえ」


ダインが振り返る。


トルヴは手を離さない。


その二人をネマは黙って見ていた。


笑いもしない。


リゼは少し意外だった。


保存教会の人間ならもっと堅苦しいと思っていた。


実際に地下で出会った封鎖隊はそうだった。未来を掘るなという教義を背負い、そのためなら武器も向ける。


ネマからは、そういう鋭さを感じない。


だから安心できるかというと、むしろ逆だった。


「理由を聞いてから断ればいい」


リゼが言う。


ダインが彼女を見る。


「お前、忘れたのか。あいつら地下で俺たちに矢を射たぞ」


「鐘にね」


「外れたら俺に刺さってた」


「あなた大きいから」


「今のは庇ってるのか?」


「全然」


トルヴがようやく手を離した。


ダインは不機嫌そうに椅子へ座った。


ネマも向かい側に腰を下ろす。


セヴランが報告書を開いた。


「保存教会から正式な共同調査要請がありました。六百四十二年後の都市について、教会側にも確認したい記録があるそうです」


「何の記録?」


リゼが訊く。


ネマが答えた。


「それを確認するために同行します」


「答えになってない」


「確認できていないものを先に答えにはできません」


少しだけ間があった。


リゼはネマを見た。


言い逃れとは違う。


本当にそう考えている顔だった。


「あなたたちは、あの街を前から知ってた?」


今度はネマの視線が止まった。


地下で見つけた銀白の杭。


保存教会が自分たちより先に入っていた証拠。


それを報告書から外す理由はない。


「正確には、似た現象を知っていました」


「街じゃなくて?」


「はい」


「じゃあ、杭は?」


「私の所属とは別の部署です。封鎖隊がどこまで把握していたか、私は知りません」


ダインが鼻で笑う。


「便利な組織だな。知らないで済む」


ネマは彼の方を見た。


「大きな組織なら、あなたも同じでしょう」


「深層院と一緒にするな」


「なぜです?」


ダインが言葉に詰まった。


リゼは少しだけ俯いた。


笑うと余計に怒る。


セヴランが机へ一枚の紙を滑らせた。


そこには新たに確認された層門の位置が記されている。


最初の二つより浅い。


年代は判明していない。


「目的は三つです。内部年代の確認、既存二都市との関連調査。それから――」


セヴランがネマを見る。


「保存教会が保有する古文献との照合」


「古文献?」


リゼが訊く。


ネマは答えるまで少し時間を置いた。


「地下について書かれたものです」


「未来について?」


その瞬間だけだった。


ネマの眉が、本当にわずかに寄った。


「あなた方は、そう呼ぶのですね」


リゼは聞き返した。


「未来を?」


ネマはすぐに表情を戻した。


「ええ」


それ以上は続けない。


その日の午後、五人は層門へ向かった。


ネマは発掘装備に慣れていた。


狭い坑道でも歩幅が乱れない。


書庫暮らしの文献官だと思っていたダインが、途中から何度か横目で見ている。


「何ですか」


ネマが先に気づいた。


「別に」


「さっきから三回見ました」


「数えてたのか」


「文献を扱う仕事ですので」


「関係ないだろ」


「数字を覚える癖があります」


相変わらず会話が噛み合わない。


リゼは二人の間を歩きながら、少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。


層門に到着した頃には夕刻を過ぎていた。


岩壁の裂け目の向こうに、薄暗い街が見える。


今回の遺跡は前の二つより古びていた。


屋根が崩れ、街路には土が積もっている。


遠くに尖塔が一つ。


空はない。


それでも天井らしきものも見えない。


層門を越えたネマが立ち止まった。


足元の石へ触れる。


そして、ごく自然な動作で目を閉じた。


「何してるの?」


リゼが訊く。


「確認です」


「何の?」


ネマは答えず立ち上がった。


街を見渡す。


その横顔に、リゼは初めて明確な緊張を見た。


「ネマ?」


「いえ」


彼女は歩き始める。


「行きましょう」


「今、何を確認したの」


返事はなかった。


夕闇のような街を五人で進んだ。


しばらくしてマレルが古い標識を見つける。


文字は読める。


王暦九百四十一年。


最初に見つけた街より二百年以上古い。


「こっちも未来だな」


ダインが言った。


その言葉を聞いたネマが、ほんの一瞬だけ歩みを止めた。


まただ。


リゼは気づいた。


ネマは地下へ入ってから一度も、自分からその言葉を使っていない。


未来。


教会が嫌っているからではない気がした。


嫌いなものなら、否定すればいい。


彼女は否定もしない。


まるで、


その呼び方そのものが正しくないことを知っているようだった。

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