22_父と同じ海
朝日が昇る前に、十六隻の艦長が別々の勝ち方を口にした。
「港口で迎え撃てば、陸の投石器も使える」
アマルタ艦長が言う。
「帝国艦を河口へ引けば、泥州へ乗せられる」
エンリオはタヴェラの海を選んだ。
「南航路へ誘え。五隻で後ろを切る」
テッサはドレカの暗礁を使おうとする。
「イスカラ港まで下がるべきだ。倉庫の資材で長期戦ができる」
ニコラは船と金を残す案を出した。
どれも、自都市の船なら正しい。
帝国主力はすでにアマルタ東方へ展開し、待ってはくれない。
「ここで迎える」
ダリオはアマルタ沖の海図を指した。
「中央の八隻が後退しながら帝国前衛を引く。ドレカ五隻は南へ回り、イスカラ三隻が北から挟む。タヴェラ船は損傷艦を守り、アマルタ艦は中央を支える」
「夜の戦いで信号役が二人負傷してる」
サビーナが言った。
「予備を置く」
「共通布を使ったのは昨日が二度目だよ」
「帝国艦隊が広がる前に叩かなければ、数で囲まれる」
ダリオは引かなかった。
港を取り戻した勢いがある。十六隻が揃った今なら、カシアンが隊形を作る前に前衛を破れる。
各艦長は完全には納得しなかったが、自分の役割だけを確認して船へ戻った。
リヴィアは作戦書へ、各都市の権限根拠を添えようとした。
「時間がない」
「少なくとも、誰の命令を優先するかだけでも署名を」
「出航前に五都市の代表を集め直せば、夜が明ける」
「署名がなければ、海の上で集め直すことになる」
「艦長たちは作戦を聞いた。反対なら、ここで言えた」
*
帝国前衛は、中型ガレー八隻だった。
ダリオの合図で、五都市艦隊が港を出る。
中央のアマルタ、タヴェラ、レウカ船が矢を交わし、予定どおり少しずつ後退した。帝国前衛が追う。
「南隊、回り込め!」
信号布が上がる。
ドレカ五隻のうち三隻がすぐ動いた。残る二隻は、昨日決めた私掠隊形を守り、輸送船らしい影へ向かう。
「五隻全部だ! 輸送船を追うな!」
二度目の信号を送る。
北では、イスカラ三隻が帝国軽ガレーに進路を塞がれていた。ニコラの船は計画どおり挟撃へ進もうとするが、残る二隻は港への退路を守る位置へ留まる。
十六隻は、一枚の海図どおりには動かなかった。
カシアンの旗艦から、旗が三度上がった。
帝国前衛が左右へ割れる。
追っていたはずの八隻が、中央の五都市艦を通り過ぎ、ドレカ隊とイスカラ隊の間へ船首を向けた。
同時に、帝国の輸送船が西へ逃げるふりをした。戦利品を狙うドレカ船を、さらに外へ引き離す動きだ。
北では帝国軽ガレーがイスカラ航路へ帆を向け、港を襲うように見せた。イスカラ艦長が退路を守ろうとするのは当然だった。
カシアンは、都市ごとに最も捨てられないものを同時に示した。
ダリオの作戦は、全艦長が共同勝利を自港より優先することを前提にしている。帝国前衛の動きは、その前提がないとカシアンが読んでいることを示していた。
「狙いは継ぎ目だ!」
ダリオが気づいたときには遅かった。
帝国の第二列が霧の向こうから現れる。前衛を囮にし、五都市の側面隊が離れるのを待っていた。
「全艦、中央へ集合!」
共通布が上がる。
アマルタ艦は従った。タヴェラ船は損傷船を守る命令を優先し、その場に残る。ドレカ船は帝国輸送船を追い、イスカラ船は自港への退路を空けまいと北へ寄る。
集合すべき海面が、帝国船に埋められた。
ダリオは中央隊を前へ出し、帝国の第二列を押し返そうとした。
「アマルタ一番艦、右へ! レウカ船は後ろへ下がれ!」
信号役が共通布を上げる。だが「右へ」の布はアマルタ式で、タヴェラ艦は停船の意味に取った。一隻が進み、一隻が止まり、中央の間隔まで崩れる。
「口頭で伝えろ! 案内船を各艦へ回せ!」
小舟が命令を運ぶ間に、海上の位置は変わる。届いたころには、同じ命令が逆効果になっていた。
*
最初に衝角を受けたのは、アマルタ艦だった。
帝国中型船の船首が横腹へ入り、板と肋材をまとめて割る。海水が船倉へ流れ込んだ。
乗員は破口へ帆布を詰めようとしたが、水圧で押し戻される。漕ぎ手が櫂座を離れ、船が帝国船の前で止まった。
「離れろ! 乗員を移せ!」
ダリオは案内船を寄せた。
甲板へ飛び移り、負傷した艦長から退避の合図旗を受け取る。
足元では、破口から入った海水が櫂座を越えていた。折れた肋材に漕ぎ手の脚が挟まり、仲間が二人がかりで板を持ち上げようとしている。船首では、若い信号役が退避旗と集合旗を同時に抱え、どちらを上げるか分からず立ち尽くしていた。
「退避だけだ。集合は旗艦から出す!」
ダリオが叫ぶと、若者は一度うなずいた。旗を帆柱へ結びつける途中、船体が傾き、膝まで水へ入った。
ダリオは負傷した艦長を先に案内船へ渡し、信号役へ腕を伸ばした。その間にも、ほかの十五隻は次の命令を待っている。ここで旗艦へ戻れば、艦隊全体へ集合を送り直せる。残れば、沈む一隻の退避を指揮できる。
「先に行ってください!」
若い信号役が言った。
ダリオは答えず、彼の帯をつかんで案内船へ投げた。
その数十息のあいだ、共同旗艦には作戦を変更する者がいなかった。南のドレカ船は輸送船を追い、北のイスカラ船は港への線を塞ぎ続けた。救った一人の重さが腕に残る一方で、艦隊の裂け目はさらに広がった。
「まだ塞げる!」
「船尾が沈んでる。次の衝撃で二つに折れる!」
船を守りたい船員を一人ずつ、タヴェラ船とレウカ巡回船へ移す。最後の漕ぎ手が飛び移る前に、帝国の矢が降った。
矢は逃げ遅れた漕ぎ手の背に刺さった。レウカ船員が舷側から身を乗り出す。もう一人が腰に綱を巻き、二人ごと引き戻した。
漕ぎ手は甲板へ上がったが、呼びかけには答えなかった。背から抜けば血が噴く。治療役は矢柄を短く切り、帆布へ寝かせる。
「名は」
リヴィアが救難名簿を開いた。
同じ櫂座にいた男が答えた。声を聞いても、ダリオには顔と名が結びつかない。十六隻を預かったと言いながら、自分が知っているのは船籍と喫水と速力ばかりだった。
その名が書かれているあいだに、沈没船の船尾がもう一段下がった。
帝国兵が鉤縄を投げ、沈みかけた船を盾にして次のアマルタ艦へ近づく。
サビーナの船が間へ入り、鉤縄を切った。
「助けるなら早くしな!」
レウカ巡回船とタヴェラ船が、海へ飛び込んだ乗員を拾う。
ダリオは帝国旗艦の位置を探した。
カシアンは中央へ出てこない。信号の届く後方から、五都市の離れた隊を順に圧迫している。
ドレカ三隻が戻ると、帝国軽ガレーが退路へ入り、アマルタ艦二隻へ矢と鉤縄を集中させた。帆が裂け、櫂列が崩れる。
一隻は帆柱を折られ、もう一隻は舵索を切られた。沈まないが、自力で港へ戻れない。
タヴェラ船が曳航につけば、河口防衛の位置が空く。イスカラ船が助ければ、西航路が開く。どちらへ命じても、その都市が守る場所を危険にさらす。
ダリオは、損害を誰に負わせるか決めなければならない立場にいる。
その権限を、誰からも正式には渡されていなかった。
「北隊、ドレカの退路を開け!」
イスカラ船へ信号を送る。
返ってきたのは、港防衛を優先する独自旗だった。
「命令を聞け!」
海上で怒鳴っても届かない。
案内船へ救い上げた若い信号役が、濡れたまま集合旗を持ち上げようとした。だが、どの都市の船へどの色を見せるか、指が迷っている。
「昨日、教わったばかりです」
若者は唇を震わせた。
「間違えたら、また船が止まる」
時間がないという理由で、ダリオはその若者を予備に置いた。覚えたかを問い、うなずいた若者を出航させた。
「都市の旗は使うな。退却の赤布だけ上げろ。あとは口頭で俺が言う」
複雑な挟撃を命じた口で、最後には一つの色へ戻すしかなかった。
沈んだアマルタ艦の船尾が水へ消えた。
これ以上続ければ、分かれた隊を一つずつ失う。
「全艦、撤退! 追撃するな! 損傷船を曳け!」
今度の命令は、都市ごとの信号に直して何度も送った。
五都市艦隊は、二隻の大破艦を曳きながらアマルタ港へ逃げ戻った。
沈没した一隻の乗員は大半を救えたが、全員ではない。港へ戻った救難船の甲板には、帆布をかけられた遺体が並んだ。
大破した二隻から負傷者が運ばれ、造船所では職人が応急修理へ走る。昨夜取り戻したばかりの船に、朝には新しい穴が開いていた。
帝国艦隊は港鎖の外で止まり、追撃しなかった。
追撃しない帝国艦隊の陣形は、五都市が自分たちで崩れたことを見届ければ十分だと告げているようだった。
*
「なぜ集合命令に従わなかった!」
帰港後、ダリオは艦長たちを前に怒鳴った。
「ドレカ船が勝手に輸送船を追ったからだ!」
イスカラ艦長が言い返す。
「北が動けば、イスカラへの航路が空いた!」
「アマルタ艦を守るため、タヴェラの河口を無防備にしろというのか!」
エンリオも譲らない。
「共同作戦へ船を出しただろ!」
「出した。だが、お前へ全権を渡した覚えはない!」
言葉が止まった。
サビーナが、折れた櫂を杖代わりに立っている。
「権限を持たない者が、従うはずだと思った時点でお前の負けだ」
「ルシオは俺に現場指揮を頼んだ」
「アマルタの執政官が、ドレカとイスカラの船まで渡せるのかい」
「評議会は共同防衛を決めた」
「共同防衛と、お前の複雑な挟撃に無条件で従うことは別だ」
ダリオは反論しかけた。命令は説明した。各艦長も役割を聞いた。帝国艦隊が迫る中で、署名を待つ時間はなかった。
そのどれも、沈んだ船を浮かべなかった。
評議室の外を、担架が通った。矢柄を切った漕ぎ手の顔には帆布がかけられていた。リヴィアがその名を記した漕ぎ手の家族へ、同じ船の者が知らせに行く。
「俺の命令だと思った者は、どれだけいる」
ダリオは艦長たちへ尋ね直した。
アマルタの艦長だけが手を上げた。タヴェラ艦長は救難と河口防衛の範囲、イスカラ艦長は護衛契約の範囲、ドレカ艦長は私掠免許の範囲だと答えた。同じ海図を囲みながら、全員が違う契約の中にいた。
「分かった」
怒りは、自分へ向きを変えた。
「さっきの言葉は取り消す。命令に従わなかった責任を問う前に、俺が命令権を持っていたかを問う」
サビーナは海図を指した。
「船長たちは都合のいい命令だけ選んだ。だが、選べる契約のまま出したのは誰だ」
ダリオだった。
怒鳴られた艦長たちは、戦場へ戻る準備のため去った。誰も責任を放棄したわけではない。自分の都市から預かった船を守る責任を優先しただけだ。
父も、善意と名声で五都市艦隊を率いた。誰が損害を負い、誰が命令を拒めず、敗れたとき誰が補うかを決めないまま。
同盟都市を見捨てなかった父は、権限のない責任だけを背負った。
ダリオは父と違うつもりで、同じ海へ艦隊を出した。
*
日没前、帝国から最後通牒が届いた。
夜明けまでに五都市艦隊が武装解除し、ダリオが投降しなければ、帝国艦隊を二隊に分ける。
一隊はタヴェラ河口と穀物船を焼く。
もう一隊はイスカラ倉庫群を封鎖し、外海交易を止める。
タヴェラが船を戻せば、イスカラは孤立する。イスカラが西へ下がれば、アマルタ港は守れない。ドレカが自由に動けば、共同隊形は消える。レウカは救難船を戦闘へ使わない。
カシアンは、五都市へ一つずつ別の恐怖を差し出した。
どちらを守るか選べという要求だった。
艦長たちは、自都市へ船を戻すべきだと再び言い始めた。
父の艦隊が壊れたのと、同じ夜が来ていた。




