第7話 初めてのダンジョン生配信っ! ▼第2階層《古代鉱都リュミエール》▼
今日からユリのVtuber特訓が始まった。
どこから持ってきたのか、かおる子が用意したサンドバッグにひたすら攻撃練習をするユリ。
――バシッ ビシッ
「もうちょっと手の角度を鋭角に、なるべく手首のスナップをきかせて」
「は、はい!」
Vtuberを始めたばかりの俺が新人の育成をすることになるとは……社長の考えは分からん。
ユリは両手に持った棒をくるくると回転させながら、より鋭い攻撃を繰り出す。
「お、今の回転は何かいいな。実践に組み込もう。敵を倒すのもいいけど、リスナーに見せる技も大事だしね」
「あー、そっか、なるほど……」
傍から見ればまるでVtuberとは関係ない特訓に見えるだろうが、俺もユリも真剣だった。
「魅せる攻撃は声や表情も大事だぞ。今まではアバターがそれに対応できてなかっただろうけど、次からは自分の仕草や行動は全部アバターを通じてリスナーに見られるからね、今から意識しておこう」
「はいっ!」
「それじゃ練習しようか。震えながら『こわいよぉ……たすけてっ、ルミナちゃぁん』って言ってみて」
「え゛……いやいや、それはちょっと恥ずかしいというか……」
「恥ずかしがってる場合じゃないよ、これが出来ればユリちゃんの大いなる武器になる。さぁやるんだ」
俺は変なスイッチが入ってしまっていた。
別に自分の性癖をぶつけているつもりはなく、純粋に彼女のことを考えての言動だった。
「ふぇぇ、なんか今日の悠真さん……ちょっと変……」
「お、今の『ふぇぇ』はなんかいいぞ! もう一回やってみて」
「だ、誰かたすけてぇ!」
ユリの悲痛な叫びがスタジオ内に響き渡った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
土曜日の夜8時50分。
初のダンジョン生配信が間近に迫った俺は、ひとりで『Dターミナルセンター』の『リンクブリッジ』にいた。
耳に付けたイヤホンからは、会社にいる社長の声が聞こえてくる。
「さぁ、いよいよ生配信が始まるわよ。悠真くん、準備はいい?」
「はい、転送ポッドの前で待機中です」
この時間のダンジョンへの入場登録者は『天乃瀬ルミナ』だけだ。
1時間ほど前に通常の探索者パーティが第3階層へ潜ったらしいが、ケガをしたのか、ものの30分で退場したそうだ。
「ところで、さっき渡されたこの短剣は何です?」
俺の手には20cmほどの妙にグリップ感のある短剣が握られていた。
「それね、我が社で完成したばかりの新兵器よ」
「新兵器、ですか……ありがとうございます」
俺はあえて何も言わず、その短剣を腰のベルトに装着した。
「さぁ、あと5分ね。そろそろ第2階層へ降りて準備してらっしゃい。こっちでは私とユリがモニターで観ているから」
「了解、何かあったら対応お願いします」
そう言って俺は左から2番目の転送ポッドを開け、中に乗り込んだ。
▽▲▽ 第2階層|《古代鉱都リュミエール》 ▼△▼
―封鎖された坑道迷宮―
――モノトーンの鉱都、鈍く光る鉱石の門、崩れかけた坑道。
その入り口に、ドレスを着た少女がふわりと現れた。
「……あ、あの……こ、こんにちはっ!」
□:キタキタキタキタ!!!!
□:本物だ!
□:ルミナちゃん可愛すぎて心臓がもたん
□:落ち着いて!深呼吸!
□:がんばれー!!初配信!!
一瞬でコメント欄が埋め尽くされ、ルミナはその盛況ぶりに驚いた。
改めて肩を小さくすくめながら、ぎこちなく頭を下げる。
「え、えっと……皆さん、初めましての人もいるのかな、天乃瀬ルミナです。今日からダンジョン配信を始めますっ。初めての生配信で、すごく……すっごく緊張してます……!」
口元を指で押さえ、恥ずかしそうに笑う。
「で、でも……! こんなにたくさん来てくれて、本当にうれしいです。たぶん、最初は失敗しちゃうかもしれないけど……みんなと一緒に、ダンジョンを攻略できるのが……楽しみで!」
□:いい子すぎて泣いた
□:失敗してもいい!全力で応援する
□:推すしかないやつだこれ
「今回、攻略するのは、第2階層の|《古代鉱都リュミエール》っていう、封鎖された遺跡です。もともと国家級の鉱山だったらしいんですけど、魔力暴走の事故があって……それ以来、誰も入ってないという歴史があって」
□:いきなりヤバいとこ行くんかい
□:ルミナちゃんって実はガチ勢なのでは?
ルミナは照れくさそうに笑いながら、小さく頷いた。
「えへへ……わたし、古代文字とか、魔導装置とか、ちょっとだけ得意で……!」
□:かわいいだけじゃなくて知識派とか最強か
□:自分の得意分野活かすのマジ好感度爆上がり
□:これは育てたくなるVtuber!
「今日は皆さんのコメントを見ながら探索できるの、嬉しいなっ! 話が長くなっちゃうから、そろそろ行きますねっ! ぜひわたしの冒険のパートナーになってください!」
□:うおおおおおいよいよ始まった!!
□:よし、俺たちがルミナを導くぞ
□:推しの初陣、見届けようじゃないか!
ルミナはうっすらと光を帯びた鉱石の門をくぐり、坑道の中へ入っていった。
金属のきしむ音が遠くから聞こえ、魔力を帯びた空気がルミナを包み込む。
その時、耳につけたイヤホンからかおる子の声が届いた。
「凄いわ、同接数が30万人を突破したわ。初生配信でこれだけ観てもらえるのは、あなたの人気は本物ってことよ。でも浮かれてボロを出さないようにね」
ルミナはくすっと笑って小気味良い足跡を鳴らしながら坑道内を駆けて行った。
「わわ、同接数が30万人超えてる……みんな、観てくれてありがとうっ!」
□:すげえ、デビュー動画を超えるのも時間の問題だな
□:この子は売れる!
□:《あかりん》私も応援してるわよー!がんばれー!
「え、え? もしかして……Vtuberの緋乃原あかりさん? 観てくれてるの?」
□:《あかりん》生配信しながらファンと一緒に観てるわ。カッコいいとこ魅せてね!
□:うっそ、あかりん来てるじゃんwww
□:急に大物降臨で草
ルミナは坑道の奥、大きな縦穴のある広い空間に辿り着いたところで足を止めた。
目の前には鉄と木で出来た昇降機がある。
「あかりさん、ありがとうっ! みっともなくないように頑張るね。みんなも応援ありがとう!」
昇降機に乗り込み、支柱に付けられた赤いボタンを押すと、昇降機はルミナを乗せてゆっくりと下降していった。
この初配信でルミナはリスナーの心を強く惹きつけることになるのだが、本人はまだそれに気付いていなかった。




