第6話 正体バレ!? 女子高生を攫う!
STELLA |Innovations社の撮影スタジオ。
俺は緑の幕の前で縦横無尽に剣を振りつつも、急に身体のバランスを崩してそのまま尻もちをついた。
「きゃっ!」
「はいダメ、わざとらしすぎる、やり直し」
かおる子が無慈悲にダメ出しをする。
今日は土曜日の初ダンジョン生配信に向けた、演技練習の日。
「……わざと尻もちをつくって難しくないですか?」
「何言ってるの? あざとい女なら誰もが持ってる技術なのよ?」
俺はため息をついてもう一度剣を構えた。
軽く振り回しながら一歩後ろへ下がった際に、かかとが床に引っかかってそのまま転んでしまった。
「あいたっ!」
「いいじゃない! それよ、それ!」
「いや、今のは普通に転んだだけですが……」
俺はただ転んだことを評価され、少し恥ずかしくなった。
「そうなの? まぁ今の感じを覚えてて。あと悠真くんは咄嗟の反応で口調が男っぽくなるから注意すること」
「はい……」
モニターの中のルミナを見て、俺はこぶしを頭に当ててペロッと舌を出した。
自分の分身といえど、その可愛さに心を奪われそうになる。
「そうそう、ルミナチャンネルの登録者数ね、あれからまた増えて50万人を突破したわよ」
「ええ? まだ増え続けてるんですか? っていうか、本当に大丈夫なんでしょうか」
「なに? バレるかもって? 大丈夫大丈夫、悠真くんはルミナになり切ることだけ考えていればいいのよ」
かおる子が適当なことを言う。
「そうは言っても……それじゃもし、道端で『お前がルミナだろ』って言われたらどう反応すればいいんです?」
「その時は、こうよ!」
かおる子が突然俺の身体を押し、壁に押し付けると左手で俺の口を塞いだ。
――ドンッ!
「余計なこと喋ったら、どうなるかわかってんだろうな」
凄みをきかせて俺をにらむかおる子。
「そ、そんなことできるわけないじゃないですか!」
「あはは! 冗談よ。まぁ何も言わずに無視して、あとで私に報告しなさい。こっちで対応するから」
頼りになるのかならないのか、俺の不安が増しただけだった。
日も暮れた頃、演技練習を終えた俺は会社を後にした。
これからまた安アパートに帰って声出しの練習だ。
「はぁ、どこか壁が厚いアパートに引っ越したいな……」
以前、隣人から騒音問題で通報を受けたことを思い出す。
「まぁでも先立つものがないしな……今後収入が増えてくれればいいけど」
「ねぇ、アナタ、ちょっと待って」
近道である路地を曲がったところで、不意に後ろから声を掛けられた。
振り返るとそこには、セーラー服を着た女子高校生が立っている。
黒髪のロングで前髪を猫のヘアピンで留めている……見るからに優等生といった風貌だ。
左手に鞄を持っているから、学校帰りだろうか。
「??? えーと?」
見も知らぬ女の子からの声掛けに俺は少し戸惑った。
その女の子は周りに人がいないことを確認すると、俺の耳元に近づいてこう囁いた。
「あなた、『天乃瀬ルミナ』でしょ?」
「!!!」
突然の言葉に動揺した俺は、意に反して身体が勝手に動いていた。
──ドンッ!
気付けば俺はその女子高生を壁に押さえつけ、左手で彼女の口を覆っていた。
何も考えていない行動だけに、その先何をすればわからなかった俺は、まじまじとその女子高生を見た。
「……っ……っ」
次第に彼女の目にじわりと涙が浮かんでくる。
抵抗する力もなく、小動物のように身体がふるふると震えているのを見て、俺はようやく自分がやっていることに気付いた。
「ごごご、ごめん! 危害を加えるつもりはまったくないんだ!」
「わ、……わた……あ、あの……」
怯えて言葉が出てこないその子を見て、俺はこのままではまずいと思い、強引に彼女の身体を抱え上げて会社のビルへ戻った。
道中、人に見られることがなかったのは不幸中の幸いだった。
「ししし、社長!!」
「だから、入るときはノックをしろとあれほど――」
かおる子は社長室に入った俺が女子高生を抱えているのを見て、言葉に詰まった。
「ゆ、悠真くん……それは犯罪よ?」
「ちち、違いますって! 早速この子に正体バレてますよ!」
「はぁ?」
かおる子に促されるまま俺は震えた女子高生と一緒にソファに座り、事情を話した。話しているうちに少し緊張が解けたのか、女子高生が出されたコーヒーに口を付ける。
「なるほど、事情は理解したわ。でもまさか本当に壁ドンをやるなんて……」
「あれは全部社長のせいですよ」
「あはは、悪かったわね。あなたもケガはない? 急に口を塞がれるなんて怖かったでしょう?」
かおる子が問いかけると、女子高生はちらっと俺を見て、ふるふると顔を横に振った。
「わ、私が急に話しかけたのが、悪かったんです……ルミナさんを見つけたのがうれしくて……」
「そう、それよ。あなたはどうしてこの男をルミナだと思ったの?」
女子高生はコーヒーカップを置くと、落ち着いて事の顛末を話し出した。
「実は私、Vtuberをやってて……『白鷺ユリ』って名前なんですけど……先日、ダンジョンの第1階層に入ってたら、この人が急に現れて……」
そう言ってもう一度俺のほうをちらっと見た。
「それで、友達に聞いたYtubeで拡散されてるルミナさんの流出動画を観てみたら、私がダンジョンの中で見た光景とまったく同じで……でも私が見たのは男の人だったので、あれって思って……」
それを聞いて俺は目頭を押さえた。
「社長、早速見られてるじゃないですか! しかもデビュー前に……」
「ほんとね、いやー、これは迂闊だったわ、失敗、失敗」
かおる子がぺろっと舌を出して笑った。
「で、ユリちゃん、だっけ? あなたはどうしたいの? 私たちが性別の違う違法アバターを使ってるって世間に公表するの?」
「わ、私はその、ルミナさんの秘密を公表するとか、全然そんなことは考えてないです……」
「でも、声をかけてきたってことは、何か理由があるんでしょ?」
ユリはこくりと頷いた。
「私、Vtuberを初めて半年くらい経つんです。でもまだチャンネル登録者数も二桁で……ルミナさんと同じダンジョンVtuberなのに、なんでこんなに差があるのか、それを知りたくて……」
「そっか、アドバイスをもらいに来たのね」
「……はい」
ユリが恥ずかしそうに俯いた。
「そうね、ダンジョン配信をする女性Vtuberはほとんどいないしね、まさにブルーオーシャンよ。それでも全然伸びないのは、もう根本からダメなんでしょうね」
「社長、それはちょっと辛辣すぎじゃ……」
「あ、だ、大丈夫です、厳しい言葉でも、全部受け止めます」
かおる子はにっこりと笑った。
この子はVtuberとして、しっかりとした芯があるようだ。
ただ承認欲求やお金のためにカメラの前に立っているわけではないのだろう。
「あなたの動画、ちょっと見せてくれる?」
「あ、はい!」
かおる子は教えられたチャンネル名で検索し、ソファの横にあるモニターに表示させた。
第1階層を進みながら、ぎこちなく動くユリの3Dアバター。
時折来るコメントに反応して笑い声を混ぜつつ、絶えず喋りながらダンジョンを進んでいった。
途中、ゴブリンと対峙するが、力任せに小型の斧を叩きつけて圧殺している。
「なるほどね、もういいわ。原因は大体わかったから」
「ど、どうでしょうか……」
不安そうなユリをしり目に、かおる子は容赦なく言った。
「そもそもアバターの出来が良くない。これだけ動いているのに髪は揺れないし服も動かないうえにめり込んでる。あと表情の読み取りも杜撰だから能面みたくなってるわ」
「う……」
ユリはその言葉に固まってしまった。
「ユリちゃんは個人勢でしょ? このアバターはどうやって用意したの?」
「その、ネットで探した人にお願いしました……」
「質の悪いクリエイターに当たっちゃったのね、ご愁傷さまとしか言いようがないわ」
「うぅ……子供のころからのお年玉、全部使ったのに……」
ユリは泣きそうになった。
それを見た俺は二人の間でオロオロとするばかりだ。
「し、社長、何かいいところも言ってあげてくださいよ!」
「まぁそうね、動きはいいし攻撃のパワーもある、喋り方や声も申し分ないと思うわ」
「ほ、ホントですか?」
「ええ、アバターさえちゃんとしていればねぇ」
それを聞いて再びがっくりと首を落とすユリ。
だんだんとコントのように見えてきた。
「そこでひとつ提案よ。ユリちゃん、あなた我が社の所属Vtuberになりなさい」
「え!?」
「ユリちゃんさえ良ければ、質のいいアバターを作ってあげる。ただし費用は借金扱いだけどね。将来の収益から分割で払ってもらうわ」
ユリの目が輝きだした。
「社長、いいんですか? この子まで悪事に巻き込んじゃうんじゃ……」
「人聞きの悪いことを言うな、これはあくまでビジネス戦略よ。悠真くんは笑いながらゴブリンを殴り殺せる? この子のポテンシャルは相当よ。スカウトしない選択肢はないわ」
そしてかおる子は俺の耳元で囁いた。
「それに、秘密を握られている以上、仲間に囲ったほうが都合がいいのよ。悠真くん、この子をうまくコントロールするのよ」
「え、ええ? 俺がですか?」
「わ、私なんかでよければ、ぜひ所属させてください! よろしくお願いします!」
元気に挨拶するユリの姿を見て、俺は少し罪悪感を覚えた。
これで秘密を知るものがまた一人、増えてしまった……まぁデビュー即逮捕の危機は免れたわけだが。
俺は二人に対し、引きつった笑いを浮かべるしかなかった。




