第27話 露天風呂ハプニング
「ごちそうさま~! すごく美味しかった!」
ユリが満足そうな顔でその場に寝っ転がった。
テーブルの上には豪勢な船盛やカニ、アワビ、国産牛のすき焼きなど、それらの空いたお皿が並んでいる。
「贅沢極まれりって感じの顔だな」
「こんな美味しい料理、今まで食べたことないかも……これでお酒があったら最高だったね」
「こら、未成年が何を言ってるんだ」
俺が撮影していたドローンを手元に呼び、スイッチをOFFにするのと同時にユリが勢いよく身を起こした。
「で、あかりさん、何だったの?」
「ん? ああ、どこからかルミナがここへ来てるって聞いて駆け付けたらしいよ」
「えぇ、なにその行動力……ルミナ好き過ぎじゃない?」
少し俯き加減でこちらを見るユリ。
「ほんとにな、まぁ彼女は口が堅いし信頼はしてるから、おかしなことにはならないとは思うけど」
「そうだね、でも、てっきり悠真さんを追ってきたのかと思った」
「んなワケあるか!」
俺の突っ込みにケタケタと笑うユリ。
「さて、食事のシーンも撮ったし、あとは露天風呂だけだな」
「──っ!」
はしゃいでいたユリの挙動がピタッと固まった。
「俺は機材の準備をしておくから、脱衣所で水着に着替えてくれるか? これを身体に巻いてな」
そう言って俺はバスタオルをユリに投げる。
ユリは頭にかぶったバスタオルを持って、何も言わずそそくさと脱衣所へ入っていった。
「これは……いい露天風呂だな。ライトを増やして奥の景色も映るようにするか」
吐き出しの窓を開けると、正面に幅3メートルほどの岩で出来た露天風呂があった。
地面には石灰岩でできた白い玉砂利が敷き詰められ、庭の端には灯りのついた灯篭と松の木が上品さを演出している。
お湯はうっすらと乳白色の源泉かけ流しで、冷たい風にほんのり漂う湯気が情緒を感じさせる。
「あの、おまたせ……」
ライトの角度を調整しながら振り返ると、言われた通りバスタオルを身体に巻いたユリの姿があった。
さっきまでの元気はどこへ行ったのか、おずおずと前に出す素足が妙に艶めかしく感じる。
「さ、寒い……」
「お、おう、すまん、早速撮影に入ろうか、まずは片足をゆっくり湯舟に入れるところから」
「あ、あのね、私……」
「あ、そうか、俺も入る準備しなきゃだな、ちょっと着替えてくるから少し待てるか?」
「う、うん……」
何か言いたそうなユリが気になったが、風邪をひかれても困ると思った俺は急いで脱衣所に行き水着に着替えて戻った。
「ねぇ、このドローンカメラって……私はアバターとして映ってるんだよね? 私の身体は映らないんだよね?」
「ん? ああ、そうだぞ。録画媒体にもアバターに変換された映像として残るから、心配いらないよ」
「そっか……ん、でも、あんまこっち見ないでね」
そう言ってカメラの前でゆっくりと湯に浸かり始めるユリ。
ドローンカメラが映す映像をモニター越しに確認すると、そこにはバスタオルを身体に巻いたユリのアバターが、気持ちよさそうに湯に浸かっていた。
立ち上る湯気にほんのり桜色に染まるアバターのユリ。
その叙情的な映像に思わずゴクリとつばを飲み込んでしまう。
「悠真さん……ちょっと興奮してない?」
「は? いやいやいや、全然違うし、ちょっと喉が渇いただけだし」
俺の慌てふためく姿を見てユリが噴出した。
「あはは、そんなに焦ることないじゃん、冗談だよぉ」
「まったく……それじゃ二人の入浴シーンも撮るから、俺も入るぞ?」
「……うん」
俺は上着を脱いで海パン1枚になると、ユリとは反対側の縁に座り、バスタオルを手にゆっくりと湯に浸かった。
ユリは目線を外すためか、背景の灯篭や松の木のほうを向いている。
「あ゛ー、気持ちいいなこれは」
「ちょっと、おっさん臭いよ、それ」
「男はな、温泉に入るとみんなおっさんになるんだ」
「ふふ、なによそれ」
その後もお湯を両手で掬ったりしながら、他愛のない会話をする。
モニターは見れないが、きっと火照って色っぽくなったルミナとユリが楽しそうに露天風呂を満喫している映像が撮れていることだろう。
そのまま20分ほど撮影し、火照った顔のユリを見て俺はドローンカメラをオフにした。
「よし、映像はこれくらいでいいだろ、これにて撮影工程は全部終了だ、お疲れ様」
「おつかれさまぁ~、疲れたけど、楽しい一日だった~」
「さ、のぼせる前に上がろうぜ。足元、大丈夫か?」
「あ、あの、悠真さん、先に上がっててよ」
ユリが湯舟に口元まで浸かりながら上目遣いで俺を見た。
そういえば30分ほど撮影していたが、その間ユリは一歩も動いていない。
相変わらずバスタオルの結び目をギュッと握りしめている。
「そうか、じゃあ先に上がってるからな、身体を拭くタオルを用意しておくから、湯冷めしないようにな」
「ありがと……」
俺はザバッと湯舟から身を起こすと、縁側に置いておいたタオルで体を拭く。
ユリは律儀に俺のほうを見ないようにそっぽを向いているようだ。
そのまま部屋の中へ入ろうとすると、不意に後ろから声がした。
「あ、あの……」
「ん?」
「ちょっと、お願いが……」
「なんだよ、かしこまって……遠慮しないで何でも言ってくれよ」
「め……目を瞑って、ちょっとだけ、こっちに来てくれる?」
「……は?」
口元までお湯に浸かってぶくぶくと泡を出しながらユリが上目遣いでこちらを見る。
彼女のこの目には過去何度かやられかけている。
「ずっと動かないでいたら、なんか、足が、しびれちゃって……」
「へ? 立てないのか? しょうがない奴だな」
「あ、だ、だから!、目を瞑ってから!」
ユリが慌てて右手を上げて俺を制す。
俺は手に持っていたバスタオルを頭からかぶり、両端を首の後ろで結ぶ。
「これでなんにも見えないぞ」
「ふふ、なんかホラー映画の殺人鬼みたい」
俺は何も見えないまま中腰で一歩ずつ足元を確かめながらユリに近づく。
ユリの誘導で露天風呂の端に辿り着くと、岩に置いた俺の手にユリの手が触れた。
「ゴール! すごいすごい!」
「おい、かくし芸の余興かこれは……ほら、起こしてやるから両手をこっちに出せ」
「ん、ちょっと待って」
ちゃぽんとお湯が波打つ音がする。
ユリがゆっくりと身体を回転させ、こちらに向いて俺の両腕を掴む。
しかしいつまでたってもそこから立ち上がる気配がなかった。
「あ、あはは、足が笑っちゃって……力が入らないや」
「ちょっと我慢しろよ? 抱きかかえてやるから」
俺はそう言ってユリの腕をつたって、彼女の両脇に手を入れた。
「わ、ひ、ひゃぁぁっ!」
「お、おい、変に体を捻るなっ、コケるだろ?」
「だ、だってぇ……急すぎるから……」
「とにかく、持ち上げるぞ」
俺は両足に力を込めて彼女を持ち上げる。
──ザバァ
「おい、身をよじるなって──」
「あ、あ、タオルが、ちょっと待って──きゃあっ」
俺は彼女の脇を抱えたままバランスを崩した。




