第28話 近すぎる距離感
──ドサッ
俺たちは露天風呂の脇に二人もつれて倒れた。
ユリをケガさせないように、咄嗟に彼女を抱きかかえる形で背中から玉砂利の上に倒れこむ。
「あいたたた……おい、ケガはないか?」
ユリは身体を密着させたまま身動きひとつしない。
「……ユリ?」
「…………あ……ぅ……うん、だい……じょぶ……」
背中の痛みでしばらくわからなかったが、次第に俺の両腕の中にいるユリの体温が伝わってきた。
──凄く、暖かい。
「えと……あの……ね、悠真さん……その……」
タオルの感触がない。
それどころか、布っぽい感触が一切ない。
瑞々しい肌の感触。
俺の胸元に感じる二つのやわらかい膨らみ。
「ユリ……お前……水着は?」
「あ、えへへ……忘れてきちゃった……」
「──っ!」
途端に俺の心臓が跳ね上がった。
まさか…………裸で……抱き合ってるのか?
「……あっ……っ……」
俺が身じろぐとユリが妙に艶めかしい声を出す。
「と、とにかく……身体を起こそう……ちょっと離れてくれるか?」
「ダメッ!」
俺の身体に必死にしがみ付くユリ。
「今動いたら……全部見えちゃう……」
そう言ってユリは俺の背中に両腕をまわした。
このままでは、俺の俺が元気になってしまう。
「いやほら、タオルでなんにも見えないから心配するな」
「うそ、実はうっすら見えてるんじゃない?」
「そんなことないって」
「あ、首のとこに隙間がある!」
「え、どこどこ?」
「見ようとすなっ!」
「うっ!」
ユリの手刀が俺の脇腹に刺さる。
俺の反応を見てユリがくすくすと笑った。
その時、俺の右手が縁側に置いてあったバスタオルに触れた。
「ほら、これで身体を隠して、脱衣所へ行ってこい。それまで俺はじっとしているから」
「……うん」
ユリは慎重にバスタオルを身体に巻くと、そのまま部屋に入り、脱衣所へ向かった。
俺は肌が触れ合っていた箇所が妙に寒く感じ、もう一度露天風呂に身を投じた。
──15分後。
浴衣を着た俺たちは和室のテーブルを挟んで気まずい空気を感じていた。
あんなことがあっただけに、お互いどういう顔をすればわからなかった。
「よし、寝よう」
「えっ!?」
俺の提案に目を真ん丸にして驚くユリ。
「今日はいろいろあって疲れてるだろ? 凄く眠そうだぞ?」
「え……あぅ……」
俺は努めて明るくそう言うと、押し入れから布団を一組取り出し、隣の和室の真ん中に敷いた。
そしてお茶を置いていたテーブルを片付けると、もうひとつの部屋にも布団を敷く。
「ユリちゃんはそっちの部屋ね、俺はこっちの部屋で寝るから」
「あ、ああ、そういう……こと」
「ん? ひとり寝は寂しいか?」
「そ、そんなんじゃないってば」
ユリはそそくさと隣の部屋に行き、布団の中に潜り込んだ。
それを見た俺は、ユリのいる部屋を常夜灯に切り替え、部屋の中央にある襖をゆっくりと閉めていく。
「それじゃ、おやすみ……ゆっくり休んでな」
「え、それ……閉めるの?」
「いや、襖は閉めておいたほうが安心だろ?」
「ぁぅ……」
ユリが布団を頭まで被るのを見て、俺は襖を閉め、自分の布団に入った。
眠くなるまで、今日一日撮影した映像を手元のスマホでチェックする。
最初に撮影したのは、"音無村"そっくりな橋と小川のシーン。
次いで山の中腹にある神社、裏手にある広場でユリと戦闘の真似事をしている。
そういえば、竹林を見つけたユリが『竹筒爆弾をお土産にすれば儲かるよ!』なんて言ってたな。
なかなか目聡いというか……爆弾はともかく、竹筒に入れたタケノコご飯とかファンには売れそうだ。
「ねぇ──」
突然耳に入ったユリの声に身体がビクッと反応した。
「お、脅かすなよ……まだ起きてたのか」
「うん、なんか疲れてるのに、全然眠れなくて……ね、ちょっと話、しない?」
「おう、いいぞ」
俺はスマホを置き、寝返りを打って襖のほうに身体を向けた。
襖の向こうからも、もぞもぞと布団の衣擦れの音がする。
「あの、さっきはごめんね……」
「ん? さっき、というのは?」
「あの……お風呂で……」
「あー」
俺は露天風呂での恥ずかしい光景を思い出し、少し身体が熱くなってしまった。
きっとユリも顔を赤くしていることだろう。
「まぁ、嫌なことは忘れるに限るさ」
「べ、べつに、いやってわけじゃ……」
「それにしても、ユリちゃんが水着を忘れるとはなぁ。結構しっかり者と思ってたんだが」
照れ隠しに少し嫌味っぽく言ってみる。
「あ、あのね、水着は用意しようと思ってたんだけど……その、お金が……」
「ん? 別に新しく買う必要はないんだぞ? 学校で使ってる水着とかでも」
「そ、そうなんだけど……」
ユリが言い淀む。
もしかして、俺に見られるから少しでもいい水着を持ってこようとしていたのかと考えたが、真実は違った。
「えっとね、学校のやつ、去年の最後のプール授業のあとに、なくなっちゃってて……新しく買ってもらおうと思ったんだけど、お金、出してくれなくて……」
「……は?」
予想外の内容にすぐ頭が追い付かない。
「スクール水着……だよな? それが、なくなった?」
「うん……わたし、ちょっと学校じゃカースト低くて……ちょくちょく物がなくなったりするんだ」
「なんだ、それ……」
言葉が出なかった。
もちろん学校という場でカーストによる問題が起きていることは知っている。
しかも成熟した大人と違い、若者の集団は得てしてその残虐性が高まる傾向がある。
「でね、新しく買いたかったんだけど……うちって貧乏だから、余計なお金はないって、断られちゃって……」
「それで……持ってこれなかったのか」
初めて聞いたユリの身の上話。
俺の前ではまじめで努力家なユリが、知らない場所で不遇な扱いを受けていることに驚いた。
「その……そんなに家計って厳しいのか?」
「ううん、親の趣味がギャンブルだから、そっちにお金を使いたいんだよ、きっと……」
なんて不憫なんだろう。
こんないい子がこれほど劣悪な境遇に居てもいいのか、いやいいはずがない。
「ユリちゃん!」
俺は声を掛けるのと同時に襖を勢い良く開けた。
「わひゃあぁぁっ」
「お、驚きすぎだって」
「だ、だってぇ……」
「これから困ったことがあったら、全部俺に言え。俺たちはSTELLA所属の仲間だろ?」
「えぇ、でも……悠真さんに迷惑が掛かっちゃうから……」
健気にそう言う彼女を見て、思わず目頭が熱くなる。
「遠慮なんかするなって、もうそういう仲でもないだろ?」
特に他意はなかったが、今の言葉でユリはさっきの露天風呂での痴態を思い出したのだろう、顔が真っ赤になってしまった。
「あ、いや、そういう意味じゃなかったんだが……すまん」
「ぁ、ぁぅ……」
「それじゃ、そうだな……『なんでも助けてやる券』を3枚発行してやろう。期限は1カ月な。遠慮してたら期限が切れて使えなくなっちゃうぞ」
「ふふ、なにそれ……」
ユリの顔に笑顔が戻った。
「そうだね、今まで遠慮しすぎてたかも……ね、それじゃお願い、一つだけ今使ってもいい?」
「おう、もちろんいいぞ」
「ふすま……ちょっとだけ開けておいて……欲しいな」
「へ?」
「なんかこっちの部屋、一人だと怖くて……」
そうだ、ユリは幽霊系に弱いんだった……知らない和室でひとり暗闇の中にいたら、変な妄想をしてもおかしくはない。
俺はお互いの顔の位置が見えるように襖を調整し、再び布団に入った。
「えへへ、顔が見える……ちょっと安心した」
ユリはこちらを向きながらニコニコしていたが、しばらくすると穏やかに寝息を立て始めた。
俺もそれを見届けてからゆっくりと目をつぶる。
次の日、朝からとんでもない騒動が起きるとは、この時は思いもしていなかった。




