第25話 二人きりの温泉案件
「え! 温泉!?」
新幹線の隣の窓際席に座っているユリが驚いて俺のほうへ向き直った。
「そ、今向かってる湯川村ってところは、武田信玄が愛した秘湯があるんだってさ」
「うわ、そうなんだ! いいなぁ、入ってみたいなぁ」
前回のダンジョン配信から2週間後、俺とユリはかおる子の指示で北陸新幹線に乗っていた。
いまだかつて乗ったことのないグリーン車には、見渡す限り他の乗客が乗ってないためか、耳に違和感があるほど静かだ。
「社長が良さそうな宿を予約してくれたから入れるだろ。でも一応言っておくけど、仕事で行くんだからな?」
「はーい、わかってます。でも旅行なんてあんまりしたことないから楽しみ!」
ユリが笑顔ではしゃいでいる姿を見ると、こっちも嬉しくなってくる。
ここ最近の忙しさで疲弊した俺たちに、これは仕事ではあるが半分息抜きも兼ねた社長の粋な計らいだろう。
マネージャーという仮初の姿が板についてきたためか、俺も未成年だということを忘れられている気がする。
「でも、いきなりコラボ案件が来るなんて、ラッキーだったね」
「そうだな、俺たちの《《初》》企業案件ってわけだ」
「で、どんなことをするの?」
俺はスーツケースから案件概要が書かれた書類を取り出して、ユリに渡した。
「依頼元は湯川村の観光事業部。ざっくりいえば、実際の風景に俺たちのアバターが楽しんでる映像を撮るのがメインかな」
「あー、村のCMを作るってことね」
「そういうこと。うちの会社の技術なら、アバターの姿で直接温泉に入ったり物に触れたりできるからな」
「よく考えたら、凄い技術よね……現実世界にアバターが存在しちゃってるんだもん」
「まぁカメラ越しじゃないと見えない姿だけどな」
旅行気分のユリと何気ない会話をしていると、いつの間にか車窓は田んぼが多いのどかな風景に変わっていた。
乗ってから2時間ほど経った頃だろうか、着いた駅に降り立つとユリは両手を組んだまま天高く伸ばした。
「ふー、やっと着いたぁ……」
「まだだぞ、湯川村はここからタクシーで1時間は先だ」
「うぇぇ、まだ乗るのぉ?」
「"秘湯”は人が寄り付かない奥地にあるから秘湯なのだよ」
俺たちが乗ったタクシーが目的地に着くころには、ユリが後部座席で穏やかな寝息を立てていたのは言うまでもない。
──それから一時間後。
「わぁ……本当に来ちゃったんだ、温泉地!」
タクシーから降りるや否や、ユリが空気をいっぱいに吸い込んでそう言った。
少し小高い丘から温泉街が一望できるが、正直、お世辞にも賑わうとは思えない寂れた街並みだ。
村の真ん中に大通りが貫いており、その先には小川と小高い山が見える。
通りの脇には茅葺屋根の家がまばらに並んでいた。
「ねぇねぇ、なんかこの光景、すごい既視感があるんだけど……」
「ふっふっふ、気付いたか。"音を出したら襲われる"から気を付けろよ」
「やっぱり! ここ、音無村に似てるよねぇ」
興奮した様子ではしゃぐユリ。
「今回の案件は、第3階層の生配信を見た関係者が思いついた企画らしいからな。明け方になると霧が立ち込めて、もっと音無村そっくりになるってさ」
「すごい、これならダンジョンの中を思いっきり再現できるね。リスナーのみんなも興味持ってくれるかも!」
「そうだな、せっかくだから、思いっきり楽しんで仕事しようぜ」
「うん!」
嬉しそうに返事をしたユリは、身バレ防止のための帽子とサングラス、マスクを付けて緩やかな坂を下りて行った。
俺も足早にその後をついていく。
朝早く会社を出たため、今は午前10時を過ぎたところだ。
平日のためか観光客の姿はほとんど見えない。
中央通りには石畳が敷き詰められ、等間隔に並ぶ街灯がレトロな雰囲気を漂わせている。
周りをきょろきょろと見ながら数分歩いていくと、やけに立派な和風建築の旅館に辿り着いた。
「ようこそ、お越しくださいました。お部屋はご用意できていますので、どうぞごゆっくり……」
柔らかな所作の女将に部屋まで案内されると、俺たちはその部屋の豪華さに驚いた。
8畳ほどの部屋が二つ繋がった広い空間に一枚板の立派なテーブルが置かれ、上にはお茶にお茶菓子、生けられた花が落ち着いた雰囲気を演出している。
更にその奥のガラス窓の外に、ちょっとした庭に岩で作られた露天風呂が見えた。
「うわ、なんかすごい豪華じゃない? 露天風呂もあるよ……?」
「この旅館で一番いい部屋なのかもな。あとで露天風呂のシーンも撮らないとな」
「え、あ……」
うつむいたユリに気付かず俺は電話を取り出すと、湯川村観光事業部の担当者へ撮影開始の連絡をした。
「よし、とりあえず村の中を散策しながら撮影していこう。あまり人はいないけど、顔出しは基本しない方向でな」
「そ、そうだね」
「ん? 顔が赤いぞ……旅の疲れが出たか?」
「だ、大丈夫! 全然元気だから、ほらっ! 早く行こ!」
ユリはバタバタと準備をし、瞬く間に部屋から出ていった。
「ぶふっ、妙にはしゃいでるな、あいつ」
俺は撮影機材を肩に掛けると、急いでユリの後を追った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「わぁ……本当にそっくり!」
ユリは村を分断するように流れている小川を見つけ、瞳を輝かせて駆けていった。
「見て見て! この石橋とか、音無村にあった橋にそっくりだよ?」
「本当だ、色合いといいサイズといい、こんな感じだったよな」
「あの時は暗くて霧が掛かってたけど、太陽の下だと小川ってこんなに奇麗なんだね」
「ちょっと川に入ってみてよ」
「え?」
俺の提案に驚いてこちらを見るユリ。
「水遊びをするシーンとか映えそうだろ? ほら、そこの斜面から川に降りれるよ」
「なるほど……いいね、撮ろう撮ろう!」
川に降りていくユリをドローンを介した映像で確認してみる。
3Dアバターの欠損もなく、背景にユリのキャラクターが奇麗に融合されている。
ユリが片手で水をすくうと、アバターの指の隙間から水が零れ落ちた。
「わぁ、水が冷たくて気持ちイイ……あっ! わたし適当に喋っちゃっていいの?」
「ああ、基本的に音声はナレーションにするから、自由に楽しんでいいぞ」
「ルミナもおいでよ、ほら、早く!」
そうか、自分もPR動画に参加することをすっかり忘れていた。
俺は服の下に付けたマーカーを確認すると、斜面を滑り降り、ユリの待つ小川に恐る恐る入った。
それからしばらく、村のいたるところに出向いてはユリと一緒にはしゃぐ姿をカメラに収めていく。
この湯川村は人里離れているだけあって自然が多く、その美しい光景はどこを撮っても映えスポットのポテンシャルを秘めていた。
神社の境内、古びたウサギの石像群、急斜面から見下ろした村の景色、黄金色に揺れる田畑など──。
「あぁ~、なんか久しぶりにいっぱい遊んだって感じ!」
「そうだな、俺も思わず童心に帰ったよ。日も暮れてきたし、そろそろ旅館に戻るとするか」
「賛成っ! お腹空いてきたし、旅館のごはんが楽しみ~♪」
ルンルン気分でスキップするユリを後ろから微笑ましく眺める。
ユリも日々の配信で少なからずプレッシャーを感じていただろうし、今回の件は良いリフレッシュになったようで安心した。
小川を渡り、舗装されていない砂利道を過ぎて商店街のあるメインストリートに辿り着くと、そこで一人の女性とすれ違った。
上品な白のワンピースに麦わら帽子を目深にかぶったその姿は、一見して地元民ではないとわかる。
ユリが遠慮がちに軽く会釈をして通り過ぎようとした時、その女性がふと足を止めてこちらを見た。
「あ、白石さん」
そう言ってその女性は麦わら帽子を脱いだ。
「え…………は?」
見覚えのあるその顔に、俺は開いた口がふさがらなかった。




