第23話 助けたのは有名アナウンサー
「あーあ、私、なにも出来なかったなぁ……」
「そんなことないわよ、初めてにしちゃ、いい動きだったわ」
第3階層の生配信から2日後、休みを挟んで俺とユリは会社の社長室にいた。
先日のダンジョン生配信の反省会と、今後の配信スケジュールについての打ち合わせのためだ。
「双剣をお札にして舞うように戦うってのはエモいよな。俺も思わず見とれちまったよ」
「え、ホント?」
ユリが照れたような笑みを浮かべてこちらを見る。
「それにあの時は人命救助を任せただろう? ユリちゃんは立派に役目を果たしたじゃないか。俺ひとりだったらどうなってたかわからんしな」
「えへへ、そっか、力になれたんだ……」
ユリは顔を俯かせたが、嬉しさを隠しきれていない。
その時、社長室をノックする音が聞こえた。
──コンコン
「社長、テレビ局の方が来社されてます。アポはないとのことですが……」
「アポなしなんて今時珍しいわね。ちゃんと正規のやり方で出直すよう言ってくれる?」
「あ、いえ、なんでも一昨日のお礼がしたくて、できればユリさんのアポを取りたいと」
かおる子は差し出された名刺を確認すると、こちらに向けた。
「北条ユウキさん。JTVのアナウンサーだって……知ってる?」
俺とユリはふるふると首を横に振った。
「あ、もしかして、私が入り口まで連れて行った、あの救助者……かも」
「ああ、なるほど、それなら合点がいくわね。ちなみにNDAは取った?」
かおる子が呼びに来たスタッフに顔を向けて言った。
「はい、一般来客用のNDAに署名捺印してもらってます」
「それじゃいっか、ユリちゃん、一緒に行きましょ」
「え、で、でも……」
ユリは少し戸惑っているようだ。
「テレビ局の人に恩を売れる機会なんて、そうそうないわよ? チャンスよ、チャンス!」
「はぁ……」
少し後ろ向きなユリを、かおる子が引っ張って社長室を出ていく。
ポツンと取り残された俺は、ソファに背を持たれて薄くて甘いコーヒーを啜った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
1時間後、なぜか俺は渋谷の喫茶店でコーヒーを啜っていた。
さっき飲んだ会社のコーヒーとは比べ物にならない豊潤な香りが鼻腔をくすぐる。
「急に訪ねてしまってすいません、迷惑じゃなかったかな?」
「あ、いえいえ、それはいいんですが……」
窓際の席では、ユリと一緒に先ほど尋ねてきた北条ユウキが歓談していた。
ここは以前、緋乃原あかりと訪れた隠れ家的カフェ。
店内の中央に配置されている巨木を模した大黒柱が俺の姿を二人から消しているため、盗み聞きには都合がいい場所だ。
「こんなとこきて、大丈夫なんですか? ユウキさんって有名人……なんですよね?」
「あはは、気にしないで。今はテレビを観る客層も上がってるからね。若者中心のこの街で声を掛けられたことは今までないんだ」
そう言ってユウキはマスクを取った。
目鼻立ちが整っていて、悔しいが相当の美形だということがわかる。
中央で分けた黒髪をかき上げ微笑んだ笑顔に、ユリは少し恥ずかしそうに目の前のクリームソーダに手を伸ばした。
「イケメンと美少女……絵にはなるな」
俺は思ってもないことを口にした。
社長に言われて様子を見に来たのはいいが、下世話な監視をしているようで少し気が咎める。
「あーあ、何やってんだろ、俺……」
「なにをやってるの?」
突然の目の前からの声に俺は驚いた。
気が付けば前の席に帽子を目深にかぶった子どもっぽい服装の少女が座っている。
その子は店員を呼ぶと、キャラメルマキアートを注文した。
「え、えーと……?」
俺が言葉に詰まっていると、その子は帽子とマスクを取ってこちらを見つめた。
その顔に少しだけ見覚えがあった……つい最近、一緒に番組を配信したアバターの面影を思い出す。
「あ、もしかして、氷室ナナセ……さん?」
「うん、ひさしぶり……っていうか、はじめまして」
ナナセは座りながらペコッとお辞儀をした。
「で、なにをしているの? 窓ぎわの席にユリちゃんがいるみたいだけど」
「えー、あー、うん……」
「一緒にいる人はイケメンアナウンサーで話題の北条ユウキね」
「知ってるのか?」
「このあいだ、テレビのお仕事でいっしょになったから」
そういうとナナセは届いたキャラメルマキアートを一口すすって嬉しそうに顔をほころばせた。
「まぁ、ちょっとね、親心というか……ま、マネージャーとしてトラブルがないかちょっと見に来たんだ」
「……ずいぶんと過保護なのね」
「べ、別にユリちゃんの恋路を邪魔するつもりはないぞ?」
「ふーん」
冷ややかな目で見るナナセを横目に、俺は改めてユリのほうへ視線を向けた。
さっきよりもユウキの姿勢が幾分、前のめりになっている。
ユリもテレビ業界の話が新鮮なのか、楽しげな表情だ。
「いい感じの二人ね」
「……そうだな」
「このまま良い関係になっちゃうかもよ?」
「そうなったら、そうなったで自覚を促すだけだよ。ユリちゃんももう子どもじゃないんだしな」
「まだ未成年でしょ?」
ナナセに痛いところを突かれて俺は黙ってしまった。
「……あ」
ナナセの声に俺は咄嗟に振り向くと、ユウキの両手がユリの両手を包み込むように握ったところだった。
傍から見れば随分と情熱的な二人に見える。
「腰が浮いてる……落ち着いて」
ナナセに言われて、初めて自分が席を立っていることに気が付いた。
「人の恋路はじゃましないんでしょ? あのくらいよくあることじゃない?」
「……ああ、もちろん、想定内だ」
俺は席に座り直し、平静を装ってそう言った。
「それじゃあれも、あなたの《《計算通り》》ってことね?」
視線を戻すと、北条ユウキがユリの手の甲にキスをしていた。
「も、もちろん、計算通り、かな」
ナナセがくすっと笑う。
なんか全部見透かされているようで居心地が悪い。
それからしばらくダンジョンの話をしていた二人は、おもむろに席を立ち、会計に向かっていった。
財布を出すユリを制し、ユウキが支払いを済ませている。
見た目だけでなく中身もイケメンのようだ。
「ほら、あなたも後を追わなくていいの?」
「そ、そうだな、それじゃ俺も失礼するよ。あかりんとミミちゃんによろしくな」
そう言って俺は席を立ち、二人の後を追った。
一人取り残されたナナセは、ふぅと一息ため息をつくと、鞄からICレコーダーを取り出した。
そしておもむろに数分前の音声を再生させる。
『も、もちろん、計算通り、かな』
更にスマホで先日配信されたルミナの第3階層の動画を再生する。
『へへ、計算どぉーり!』
ナナセは満足げな顔で席を立った。




