第21話 無音の中の攻防
ユリがその人物に駆け寄ると、恐る恐る顔を覗き込み、そしてほっと胸を撫で下ろした。
「せんぱい! まだ息が──」
「しっ!」
ルミナが人差し指を口の前で立てる。
視線は上り坂の遥か上だ。
その仕草にユリも気付き、無言のまま坂の上を見上げる。
(なに……あれ……)
遥か先にある屋敷前の広い敷地内に、5mはあろうかという巨人がゆっくりと歩き回っていた。
全身が脂肪に覆われた醜い身体、顔には目のくぼみがなく、左右の耳のあたりに大きな穴が開いている。
これまでの傾向からおそらく、音に敏感に反応する怪物なのだろう。
ルミナはユリを指差し、次いで倒れている男性、そして入り口の方向へ指先を向ける。
そして親指を自分に向け、更に怪物のいる方向へ指先を向けた。
要救助者を担いでユリは入り口に戻り、自分は怪物のほうへ向かうというハンドサインだ。
ユリはそれを見てコクッと頷いた。
「う……ううぅ……ぐぅ……」
「!!!」
倒れている男性が呻きだした。
その音を聞きつけたのか、巨人の顔がこちらを向く。
そしてすごい勢いでこちらに向かって走り出した。
──ドスッドスッドスッ
「ユリちゃん! 行って!」
「はいっ!」
ユリが男性を担いで飛ぶようにその場を離れるのを見て、ルミナは怪物の前に飛び出した。
そして道の脇に建っている灯篭に剣の腹を当て、甲高い金属音を響かせる。
──ガキィィィンッ!
「こっちです!」
その音に反応した怪物は、ルミナを追って道なき道を駆けずり回る。
「少しでもユリちゃんと距離を置かないと……」
ルミナはあえて坂を上り、中腹の屋敷を目指すことにした。
怪物は執拗にルミナを追ってくる。
□:この怪物気持ちわりぃ…
□:ルミナ逃げてぇぇ!
□:《あかりん》あああ、ルミたんルミたん!
ダッシュブーツのおかげで追いつかれる心配はないが、普通の足で逃げ切るのは不可能だろう。
さっきの男性はこの怪物を見て引き返す際に足を滑らせ、何mも滑落したのかもしれない。
そうこうしているうちに、山の中腹にあった大きい建物が目前に迫ってきた。
「これは……学校?」
道の先には土埃が舞う運動場が広がっており、その奥に横に長い木造の平屋が見える。
運動場を囲むように10ヵ所ほどに火のついた松明が設置され、霧の中ゆらゆらと不気味な影を落としていた。
ルミナは運動場の中央に辿り着くと、そこで初めて後ろを振り返った。
「うわぁ……間近で見ると、迫力が凄い」
その怪物は高さでいえば2階建ての家に匹敵するほどの大きさだ。
それでいてダッシュブーツを使ったルミナと同程度の速度で動き回るとか、これは一筋縄ではいかなそうだ。
「こいつがたぶん、"耳喰らいのボス"……このフロアのラスボスっぽい」
追いついた耳喰らいのボスの振り下ろしを横に飛んで避ける。
──ズズゥンッ!
そのまま奴の足を止めようと、かかと部分目掛けて剣を水平に振り回すが、驚いたことに耳喰らいのボスは軽く跳躍してそれを避けた。
「げ、うそだろ?」
そのまま右足の蹴りが飛んでくる。
避ける間もなく、その足を剣の背で受けるが、その勢いのまま背後に吹き飛ばされた。
──メリメリッ バキキィィィ!
そのまま木造校舎の壁を突き破って建物の中で転がって止まる。
「あいたぁぁぁ……」
□:ぎゃあああああ!
□:ルミナァァァァ!
□:こんなの勝てっこないよーー!!
派手に吹っ飛ばされた格好だが、校舎自体が古く、壁が脆くなっていたためさほどダメージはなかった。
「あはは、だいじょぶだいじょぶ、ちょっとびっくりしたけど全然元気だよ♪」
背中に少し痛みが残るが、もちろんそんなことは顔に出さない。
クッションになった背中側にある藁を掴んで立ち上がると、パラパラと粒が零れ落ちた。
「これ、米俵だ……ここは食糧庫なのかな?」
あたりを見渡すといくつかの米俵以外に、竹筒や薪、木炭などが保管されていた。
自分が突き破った壁の大穴から外を見ると、耳喰らいのボスは耳を澄ませるようにあたりをうろうろ歩いている。
やはり視覚がなく、聴覚だけを頼りにしているようだ。
(なるべく静かに斬り付けてみるか……)
ルミナはカメラに向かって人差し指を口の前で立ててウインクすると、静かに、そして軽やかに建物から出た。
そして一度だけ地面を蹴り、低空飛行で奴の足元目掛けて飛んでいく。
今度こそ足首を斬り付けたと思ったが、耳喰らいのボスは瞬時に一歩横にステップし、それを軽やかにかわした。
(マジかよ……これも躱すのか!)
そのまま手のひらでルミナをはたき落そうとするが、なんとかそれをバックステップでかわす。
(足がダメなら頭だ!)
かかとに力を入れて爆発的なスピードで頭まで跳躍するが、振り回した剣に手応えはなかった。
瞬時に頭をひっこめた耳喰らいのボスは、ルミナの軌道にあたりを付けて闇雲に腕を振り回す。
奴の大きな指先に身体をかすめた程度だったが、グラウンドの外周まで吹っ飛ばされるのに十分な威力だった。
──ガッ ズザザザァァァ
「この巨体でこの身のこなしは反則じゃね? 難易度調整してねえなこりゃ……」
思わず独り言ちる。
ルミナは過去のデータから耳喰らいのボスの倒し方を思い返してみた。
確かこのフロアをクリアしているのはまだ1パーティしかいない。
兄が所属しているSクラスパーティ『グランリベリオン』だけだ。
しかも5人での一斉攻撃でかろうじて倒したという……一人で挑んだルミナにはできない戦略だ。
(せめてユリちゃんが居てくれれば……)
あたりの静けさが耳に痛い。
こんな静かな状況では、どんなに音を殺しても限界があるだろう。
(まてよ……静かだから音が隠せない……ってことは……)
ルミナはグラウンドの中央でうろうろしている耳喰らいのボスを見た。
そして外周に等間隔に設置されている松明の炎に注目する。
(さっき、食糧庫に米があったな……)
ルミナの頭の中で奴を倒す算段が次第に形成されていった。




