第20話 次のフロアは和風ホラー ▼第3階層《音無村》▼
土曜日の夜──ダンジョン生配信2回目を間近に控え、俺とユリはダンジョンの第3階層の入り口に立っていた。
時計の針が静かに21時を回る。
*。゜:*+.:.。.☆.──配信開始──.☆.。.:.+*:。゜*
「皆さん、こんばんは~。 今日は少し小声で失礼しますね」
□:はじまったーー!!
□:楽しみにしてたよぉぉ
□:《あかりん》今回も実況するわよー!
□:あかりんはほとんど実況しないだろw
「あはは、今日もルミナと一緒に冒険しようね☆ 今回はなんと! 後輩のユリちゃんが参戦ですっ!」
「白鷺ユリです……よろしくお願いします……」
ルミナの隣でユリがペコっとお辞儀をした。
いつも元気なユリだが、今日は少し不安そうな顔をしている。
「え、なに? ユリちゃん緊張してるの?」
「だってだって、普通のダンジョンだと思ってたのに、ここってめちゃくちゃ怖くないですかっ?」
二人の後ろは暗闇が広がっており、間近に朽ち果てそうな赤い鳥居が建っている。
奥に伸びている陸橋の先には街灯らしき光が点々と確認できるが、厚い霧に覆われそれすらもぼんやりとしていた。
まるで山間にある廃村集落といった雰囲気だ。
「この第3階層は、和風の雰囲気を持った少し特殊な階層になってるみたいです。わたしもあまり下調べできてないんですけど……」
「ふぇぇ、ルミナ先輩、もう帰りましょうよ……」
□:ユリちゃんガチ怖がってるじゃんw
□:とんでもないデビューになりそうだなw
□:二人ともケガだけは気を付けて!
「まぁまぁ、他の階層と一緒でクリア条件を満たせばすぐ終わるから、少し見て回ろ? 大丈夫、ユリちゃんもいっぱい練習したじゃん」
「そ、そうですね、がんばります……」
「それじゃ第3階層の攻略、スタートですっ!」
▽▲▽ 第3階層《音無村》 ▼△▼
―霧中に潜む嘆きの神隠し―
ルミナとユリは赤い鳥居をくぐり、奥に伸びる長い橋を渡り始めた。
自動車が2台ぎりぎりですれ違える程度の幅しかない橋だが、向こう岸まではゆうに100m近くありそうだ。
恐怖心を散らすためか、ルミナの後ろを歩くユリがおずおずと口を開いた。
「ルミナ先輩、各階層のクリア条件ってどんなのがあるんですか?」
「多いのはその階層のラスボスを倒すか、最深部に到達して転送ゲートを出現させるって条件かな。ここのダンジョンの第1階層と第2階層はそんな感じだったよね」
「確かに……でもそれ以外の条件って?」
「んー、そうだね……わたしも聞きかじった情報ではあるんだけど……」
ルミナは歩きながら少し考えこんだ。
「海外のダンジョンだと、謎解きみたいな階層もあるみたいよ? あとラスボスがいなくてフロア内の全部の敵を一掃するとか」
「うぇぇ、それだと面倒ですね……」
「条件がわからないと、片っ端から試すしかないもんね。あ、見えてきたよ」
二人の目の前に橋の終わり際に立つ鳥居が見えてきた。
そして道の真ん中にボロボロに朽ちた木製の看板が立っている。
『ココカラ先、音ヲ立テルナ──“耳喰らい”ガ来ル』
「ひゃぁぁぁ! もう駄目です! 無理です! せんぱいぃぃ……」
たまらずユリはルミナにしがみ付いた。
□:やべえwユリちゃん可愛すぎww
□:ユリちゃんがんばえー!
□:ルミ×ユリてぇてぇよぉ
「うぅぅ……私、和風ホラーだけは駄目なんです……洋風なら大丈夫なのに……」
「あは、ほらほら、コメントでみんな応援してくれてるよ? 二人でみんなにいいとこ見せよ? ね」
そう言ってルミナはカメラのほうへ振り向いた。
「───ここから先は、“息遣い”ひとつで死ぬ場所です。ちょっと慎重に行動しますね」
「こ、怖がらせないでくださいよっ!」
二人は鳥居をくぐり、村の中へ入っていく。
入り口からまっすぐ未舗装の道路が村を貫き、正面の山の中腹にうっすらと大きな建物が見える。
そしていたるところに藁ぶき屋根の古民家が軒を連ねていた。
風が止み、霧がさらに濃くなる。
耳が痛くなるほどの沈黙。
(――しゃがんで)
ルミナは唇の動きだけでユリにそう伝えると、足音を殺してゆっくりと先へ進んだ。
□:…………
□:……………………
□:……俺たちは喋っていいんだよな?w
視聴者のコメント欄も、一瞬で静かな流れに変わる。
そしてルミナが家々の隙間を抜ける途中、霧の中にそれはいた。
(ひぃぃっ!)
ユリが出そうになった悲鳴を飲み込む。
そこには体長20cmほどの、耳の形に4本の足が生えたような奇妙な生き物が数匹、地面を這っていた。
ルミナがそっと指で合図し、ユリはうなずく。
□:ガチで息止まるな
□:俺も息止めて見てる
□:あかりんが身動き一つしてない。生きてるよな?
視聴者も街の片隅でスマホを覗く人も、息を呑み、音を殺して観ていた。
──カサッ
「!!!!」
地を這う異形の耳が、一斉にこちらを向く。
落ち葉を踏んだユリのかすかな音を拾った耳の生き物が、一斉に二人に向かって襲い掛かってきた。
──ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ
ルミナの剣が鞭のようにしなり、飛びかかってきた数匹を細切れにする。
ユリは身動き一つせずにルミナの動きを凝視していた。
「ユリちゃん、全然怖くないよ? ほら、練習の成果を見せるチャンスだよ!」
「は、はい!」
ユリは我に返ると、両腰に備えていた短剣を二本とも両手に握る。
そして再び飛びかかってきた耳の生き物を数体まとめて切り刻んだ。
――ザシュッ ザシッ
「うぇ、斬った時の感触……気持ち悪ぅ……」
リアルな肉を斬る感触にユリが辟易するが、コメント欄は華麗なユリの動きに大盛り上がりだ。
□:うおお!ユリちゃんやるじゃん!
□:両手の《《お札》》で戦うとかエモすぎ!!
ユリの短剣はリスナーの画面にはお札に見えるよう武器偽装されている。
そのままくるくると踊るように舞うと、面白いように耳の生き物は地面に落ちていった。
しかし金属で肉を切り裂く音が響くたび、無限と思えるほど耳の生き物がぞろぞろと寄ってくる。
「これじゃキリがないね……音を利用しよっか」
ルミナは小石をいくつか拾うと、ダッシュブーツで古民家の屋根まで飛び上がり、路地に向かって思い切り投げた。
遠くから窓ガラスが割れる音が連続で響く。
──ガシャンッ カシャンッ パリン……
その派手な音に耳の生き物は動きを止め、次第に音のなるほうへ向かって去っていく。
ユリも屋根の上に飛びあがり、静かにその様子を見守った。
再び辺りに静寂が戻る。
「ユリちゃん、カッコ良かったよ。全然やれるじゃん♪」
「あはは、もう無我夢中でしたよぉ……でもちょっと自信がついたかも」
「いいねいいね、それじゃ先に進もっか」
□:はぁぁ、緊張した!
□:背中合わせで戦うのカッコ良すぎ!
□:映えの威力がヤバいw
ルミナとユリは音を立てずに屋根から降り、再び村の奥を目指して歩き始めた。
途中、小さな川にかかるアーチ形の木造の橋を渡ると、そこからより一層、霧が濃くなったような気がした。
「せんぱい……なんか、雰囲気……変わりましたね」
「うん、ちょっと速度を落とそう」
既に村の奥にあった山のふもとまで来ている。
入り口から見た中腹にある建物まで、あと数百mといったところだろう。
道が少し上り坂になり、山の傾斜に合わせて少しうねっている。
「せ、せんぱい……あれ……!」
「……え?」
ユリが道の先を指差して言った。
左右に曲がりくねった道の脇に、傾斜に背を持たれるようにして倒れている男性の姿があった。
「だ、誰か、倒れてます!」
「あ、ちょっと待って!」
ユリはこちらを振り返ることもなく、その人物に駆け寄った。




