第19話 ユリの機転
「え? え? あ、あれ? 白石……さん?」
あかりの注目を一身に浴び、俺は身動きすることができなかった。
俺の脳裏に『引退』と『逮捕』の2文字が浮かぶ。
「あれ? ここって……ルミナさんの……撮影部屋、ですよね?」
「……」
何も答えられないでいると、廊下から救世主が現れた。
「あ、あかりさん! 大丈夫でした!? 急に倒れるから心配で……!」
「ああ、ユリちゃん、ごめんね心配かけて……それで、ルミナさん──」
「あ、もしかしてルミナ先輩にご挨拶ですか? 先輩ならこの向かいの部屋で撮影してたんですけど……」
そう言ってユリは廊下の向かいにある部屋の扉を指差す。
「こっちはマネージャーの休憩室として使わせてもらってたんですよ。で、どうだったかな、マネージャー、爪痕残せたかな?」
「あ? ああ、上出来じゃないか? ルミナもユリもよくやったと思うよ」
「へへ~、そう言ってくれると思ってた♪」
ユリはそれだけ言うと、あかりの横を通り抜けて向かいの部屋の扉を開けた。
中には仰々しく設置された撮影機材が所狭しと並んでいる。
「あれ? ルミナ先輩、いませんね……」
「ええ~っ!」
少し冷静になったのか、ユリの肩越しに部屋を覗き込んだあかりががっくりと肩を落とした。
「……ああ、ついさっき、用事があるからって先に帰ったぞ。彼女は忙しいからなぁ」
「そう……だったんですか……うぅぅ、ルミナちゃんに会いたかった……っ!」
その場で崩れ落ちたあかりを見ていると、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
「あ、そうそう、ルミナからあかりさんへ言伝を頼まれたんだった。今日は本当に楽しかった、今度は二人っきりでコラボ配信しましょうって」
「え!? 本当ですか!?」
あかりの目に光が宿る。
「い、いつですか!? 私は明日でも大丈夫ですけど!」
「は、ははは……それはまた会社を通して連絡するから……」
立ち直ったあかりをエレベーターで見送った後、俺はユリの頭を撫でた。
「ありがとうな、命拾いしたよ……ユリがいてくれて本当に良かった」
「べ、別に、大したことじゃないし。社長に言われてたことだからね」
「え、社長に?」
「あかりさんが暴走する可能性も考えてたみたいでさ、ダミーの機材を用意して、逐一悠真さんの周りを見ていてくれって」
かおる子がユリに『頼みたいことがある』と言っていたのはこのことだったのか。
いい加減な性格に見えて、ちゃんとリスクヘッジをしているところは実に社長らしい。
「でもこれは貸し一つだからね」
ニンマリと笑って俺を見てくるユリ。
「ああ、わかったよ。今度十分の一にして返してやるから」
「なんでそんなに少なくなってるのよっ!」
俺たちは機材を片付けると、スタッフに挨拶をし、足早にその場を後にした。
カラオケ店を出る俺たちをナナセがいぶかしげな表情で見送っていたことに、この時は気付いていなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『私立みたか高等学校』の校舎を夕日が照らしている。
放課後の部室棟は、いつもより人が少なかった。
その日、珍しく担当教師から雑用を頼まれてしまった俺は、仕方なく離れにある部室棟へやってきていた。
ふと、先にある部室のドアが半開きになっており、そこから男子の声が漏れ聞こえてくる。
「正直さ、最近しんどくね?」
「わかる。姫の機嫌も取らなきゃだし、相変わらず雑用は押し付けてくるし」
俺は足を止めた。
悪気なく通り過ぎるつもりだったが、「姫」という言葉が引っかかった。
「『ゆきみんチャンネル』も最近、ほとんど登録者が増えてないだろ? 姫もそれで機嫌悪いしさ」
「容姿だけで売れるのも限界って感じじゃね? なんか企画も昔の焼き直しみたいなのが多いじゃん。視聴者に飽きられてんだよ」
「確かに、適当にチャンネル運営してるからだよ。俺たちに全部押し付けてるからこうなるんだ」
「"沙雪姫"の威光も頭打ちだな」
そう言ってケタケタと笑う二人。
俺は柱の陰に隠れながら、頭に血が上っていくのを感じていた。
「そういやこの間、白石のやつ、あかりんとデートしてたよな」
「そうだ! 俺、あの後あかりんの動画見てハマっちゃったんだよな。あの美貌でVtuberとかありえ無くね? 姫より断然美人じゃん」
「白石に取り持たせてよ、俺たちもあかりんに会わせてもらおうぜ」
「いいな、姫の応援なんか辞めて、あかりんに鞍替えするか」
胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。
ドアをノックする代わりに、わざと音を立てて中に入る。
──ガラガラガラッ
「お前らな……」
二人の男子が驚いた顔で振り向く。
想像した通り、先日渋谷でちょっかいを出してきた男子たちだ。
俺は自分でも驚くほど、低い声を出していた。
「なんの努力もしてねえやつが、偉そうに口を開くなよ」
「な、なんだよお前……」
「し、白石じゃんか、脅かすなよ」
二人は一歩後ずさった。
「そうやって彼女の上辺だけしか見ずにわかった気になって……あまつさえ鞍替えだ? 調子に乗るなよ」
「は? 途中で部活を抜けたお前に言われる筋合いはねえよ」
「そうだそうだ! 俺たちはずっと姫を支えてきたんだぞ。お前なんかよりずっと彼女のことを理解してるわ」
「……何もわかってねえな」
俺は大きくため息をつくと、二人を睨みつけた。
「チャンネル登録者80万人だぞ? 適当にやって達成できる数字じゃないだろ!」
「じ、じゃあ、お前は姫の何を知ってるんって言うんだよ!」
「そうだそうだ! 何を知ってるんだよ!」
「少なくとも、努力している彼女は知っているよ。誰もいない教室でお笑い番組の動画を真剣な顔してメモを取りながら見る彼女も、毎週欠かさずにボーカルレッスンに通う彼女もな」
あくまでたまたま見かけたレベルだが、彼女が努力をしているのは確かだ。
それを知らずに笑うやつは許せなかった。
二人は言い返そうとして、言葉を探している。
「愚痴を言うなとは言わない。でもな──」
俺は一歩踏み出した。
「言いたいなら、誰にも聞こえないところでやれ。応援してる相手の名前を出して、笑い話みたいに言うな。本人に聞かれたらどうするつもりだ!」
部室に沈黙が落ちた。
言いたいことを言った俺は、そのまま踵を返し、教室を出た。
そのまま廊下を進み、階段を降りようとしたところで、俺の心臓が跳ね上がった。
「白石、くん……」
そこには俯きながらこちらを見る四ノ宮沙雪の姿があった。
「え、あ……」
「……」
「もしかして……きこえて……た?」
コクリと頷く沙雪。
「い、いや、その……俺は別に……!」
視線が合わない。
何を言えばいいかわからない。
心臓の音だけがやけに大きい。
「じゃ、じゃあ!」
逃げるように踵を返し、俺は廊下を走った。
背後から呼び止める声があった気もしたが、振り返れなかった。




