第16話 ほろきゅーぶ・サマーフェス
『ほろきゅーぶ・サマーフェス』の当日。
俺とユリは渋谷の道玄坂を上り切った先にある『ほろきゅーぶ』本社にほど近いカラオケ店に来ていた。
ほろきゅーぶ提携のカラオケ店で、今日の撮影はここを借り切って行うそうだ。
「すいません、STELLA| Innovations社の者ですが……」
受付で挨拶をし、撮影を行うフロアへ案内してもらう。
狭いエレベーターに乗り、3階に着いた時点で案内係の女性が無表情に口を開いた。
「本日、こちらのフロアは貴社のタレント専用フロアにしております。関係者以外立ち入り禁止にしてありますので、ご自由にお使いください」
そう言い残すと俺とユリをフロアに残し、案内係の女性はエレベーターで戻っていった。
周りを見ると、左右に伸びた廊下に5つほど個室の扉が確認できる。
「へぇ、カラオケ店を貸し切るとか……さすがは『ほろきゅーぶ』! だねっ!」
ユリが周りをきょろきょろ見ながら言う。
俺はほど近い一部屋に持ってきた撮影機材を置くと、背筋を伸ばして自分の肩を揉んだ。
「ん~~~~っ!」
「あ~、先輩、なんかおっさんくさい……」
そう言いながら首を鳴らすと、ユリは後ろに回って俺の肩をトントンと叩き始めた。
「おぉぅ……」
あまりの気持ちよさに思わず声が漏れてしまう。
「機材、重かったでしょ?」
「このくらい余裕だよ。毎日通学で坂を上り下りしてるからね」
「え~、すっご! 体力はあるんだね」
ユリと取り留めのない会話をしていると、唐突にポーンとエレベーターが停まる音がした。
「あ、白石さん! この間はどうもっ!」
あかりがエレベーターからぴょんっと俺の前に現れた。
「受付で白石さんが入られたと聞いて、挨拶にきました!」
「ああ、神前さん、今回はルミナとユリを呼んで頂いて、ありがとうございます」
「え、なんか他人行儀すぎないですか……?」
あかりは上目遣いで覗き込むように俺の目を見る。
先日渋谷で会った時とは違い、今日は白いワイシャツにベージュのイージーパンツと清楚な服装だ。
「そんなことありませんよ? 今日は一つ、よろしくお願いします」
俺は硬いサラリーマンを装い、あえて律儀にお辞儀をした。
両手両足を揃え、上半身をきっかり45度傾斜させる。
そんなわざとらしい俺の仕草を見て、あかりはぷっと噴き出した。
「あはは、面白いっ……白石さんってユーモアのセンスがありますね」
「まぁ冗談はこのくらいにして……今日は本当にありがとう。俺の後ろにいるのが『白鷺ユリ』ちゃん。ほら、挨拶して」
「あ、あの! 『緋乃原あかり』さん、ですよね! 白鷺ユリですっ! 今日はよろしくお願いしますっっ!」
「わぁっ、あなたがユリちゃんね、あなたにも会いたいと思ってたの! 今日は楽しくやりましょっ!」
「は、はい!」
あかりの屈託のない笑顔に、ユリも嬉しそうに笑顔を返す。
「今日はお二人と一緒に番組をやれるのが嬉しくて、朝から興奮しっぱなしなんですよぉ!」
そう言ってあかりは両手を身体の前でぶんぶんと振った。
この子は本当に素直で接しやすい。
でもだからこそ、正体がバレないように慎重に行動しなくては……。
「ルミナは少し立て込んでてね、本番までには間に合うよう連れてくるから安心してくれ」
あかりとはこうして出会ってしまったが、基本Vtuberの中の人の情報はトップシークレットだ。
余程のことがない限り、正体がわかるような営業等はしないのが鉄則となっている。
「わかりました。説明を受けてると思いますけど、廊下の奥にある非常階段を使えば、誰にも会わずにこのフロアに来れますからね」
「そうか、ありがとう」
「私たち『ほろきゅーぶ』のタレントは一個上のフロアを使ってますので、何かあれば遠慮なく相談しに来てくださいねっ! それじゃ今日は、よろしくお願いします!」
そう言ってあかりは軽く会釈をした後、自分のフロアへ戻っていった。
「マネージャー業が板についてきたね」
あかりが居なくなったのを確認すると、ユリが口に手を当てていたずらっ子のように言った。
「俺の世を忍ぶ仮の姿だからな。さぁ、部屋に入って軽く打ち合わせをしようか」
「うんっ!」
ユリは楽しそうに目の前の個室に入った。
各個室は6畳ほどのこじんまりとした広さで、ドア横には巨大なモニターとカラオケ機材が、壁際にはL字型の長ソファが設置されていた。
「で、今日出演する番組だけど……」
俺はソファに座り、タブレットPC片手にユリを手招きした。
相変わらず巫女服を着ている体で奇麗に俺の隣に座るユリ。
タブレットPCをのぞき込むユリの手が俺の足に触れる……無意識にやっているのだろうか。
「ルミナとユリが参加するのは16時から18時までの2時間番組、『マシュマロ座談会X』という企画ものらしいな。リスナーからの質問を中心にぶっちゃけトークをする人気企画らしい」
「トーク番組かぁ。クイズ番組とかじゃなくてよかった」
ユリはほっとした様子で胸をなでおろした。
「『ほろきゅーぶ』側は、緋乃原あかり、風見ミミ、氷室ナナセの3人が参加するらしい。知ってるよな?」
ユリは首がもげるんじゃないかと思うほど縦にぶんぶんと振った。
「みんな『ほろきゅーぶ』3期生の超売れっ子たちですよ! あぁ~、一緒の空間に立てる日が来るなんて……」
「まぁ撮影は全員個室で撮ったものを合成するから、実際に会えるわけじゃないけどな」
「むぅぅ、いいんです! 一緒の画面に入れるだけでも幸せなんですっ!」
ユリは頬っぺたをぷくっと膨らました。
「でもなんでカラオケ店で撮影するんでしょうね。大企業なんだから、立派な撮影スタジオを持ってそうなのに……」
「ああ、直前の番組がカラオケ企画になってるから、その流れなんだろうな。このカラオケ店もスポンサーになってるみたいだし」
「いいなぁ、私も『ほろきゅーぶ』のメンバーとカラオケしたかったなぁ」
「ユリちゃんが売れっ子になったら、いつかコラボ配信を受けてくれるかもしれないぞ」
それを聞いてユリの顔がパァっと明るくなった。
「よぉし、今日の番組でいっぱい目立って、登録者数を増やすぞぉ!」
「いいね、その意気だ。一緒に頑張ろうな」
さっきまで少し緊張した面持ちだったが、何か吹っ切れたのか、彼女の顔には自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
そして幾ばくかの時が過ぎ、時計は16時を迎えようとしていた。




