第12話 『映像配信文化研究会』
翌日、俺はスマホ片手に人波がうねる渋谷駅前のスクランブル交差点を眺めていた。
時刻は午前11時25分。
「……ほんとに、来るのかな、あかりさん」
今朝一番に事務所経由であかりへ連絡すると、すぐに手帳を取りに来ると返事を貰った。
待ち合わせの時間まであと5分ほど……目の前の人混みを見ると無事合流できるのか不安になる。スマホの時計を凝視していると、近くから聞き慣れた男の声がした。
「おいおい、あれ、白石じゃね?」
思わず声のしたほうを向くと、そこにはあまり会いたくない3人の男女が近付いてきていた。
見覚えのある顔──うちの学校の『映像配信文化研究会』の姫とその取り巻きだ。
「うっわマジか、ほんとに白石じゃん」
「てかお前、こんな明るい場所に出れたんだなw」
「ちょっと可哀そうよ、白石君だって渋谷を歩く権利くらいあるよね、白石君」
そう言って笑いあう3人。
実は俺も高校1年の時に『映像配信文化研究会』に入っていた。
しかしふたを開けてみれば、現在高校3年生でYtuber活動をしている『四ノ宮沙雪』を姫と崇める信者の集まりだった。
Vtuberに重きを置く俺とは方向性が違ったため、程なく脱退した経緯がある。
その後、姫に心酔しなかった俺に、いまだにちょっかいを出してくる困った連中だ。
「何やってんだ? Vtuberグッズでも買いに来たのか?w」
「まだ絵に萌えて興奮してんのか、男として恥ずいわw」
からかいと嘲りに、俺は返事をせず、ただ視線を逸らした。
ちょうどそのとき。
「──ごめん、マネージャー、おまたせっ♪」
明るい声が背後から降ってきた。
振り返ると、淡い緑のワンピースに白い帽子をかぶった少女が、俺の腕にふわりと手を絡めた。
帽子の奥から、サングラス越しの視線がいたずらっぽく覗く。
「待った? って、あら……お知り合い?」
3人組は一瞬呆気に取られた。
だがそのうち、四ノ宮沙雪が、突然目を見開いた。
「え……あ、あれ……いや、えっ……ええ!? えええ!?!?!?」
「ひ、姫、どうしたんですか!?」
「え、うそでしょ? その声、その仕草……その顔……」
彼女は震える指で、あかりを指差した。
「も、もしかして……Vtuberの……緋乃原あかり……さん、ですか?」
一瞬で空気が凍った。
馬鹿にしていたはずの取り巻きどもの顔から、血の気が引いていく。
「い、いやいや、姫、そんなわけないでしょう?」
「ほんとなの! 私、ずっとファンで! 昨日のあかりんの『ルミナちゃん実況部屋』だって観てたし……!」
あかりは、少しだけ意地悪そうに笑って、サングラスの上から目を覗かせた。
「ご紹介にあずかりました、緋乃原あかりです! で、彼に何の用なの?」
「え、あ、いや、用っていうか、白石は知り合いで……」
「白石さんの何が面白いのかわからないですけど、あなた方に彼を笑う理由なんて、どこにもないよね?」
「そ、それは……」
3人は押し黙ってしまった。
「ま、いいけどね、今から彼とランチなんだ! 邪魔、しないでね?」
そう言ってあかりは俺の腕をグイッと引いて、スクランブル交差点に向かって歩き出す。
俺も無言でそれに従い、3人の前を通り過ぎた。
後ろから、取り巻きどものチッと舌打ちする音が聞こえた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
人混みを避けて辿り着いた、ビルの奥にひっそりと佇むカフェ。
木の温もりに包まれた空間は、都会の喧騒から切り離された別世界のようだった。
「……ふう、落ち着くー。あそこ、ほんと人多すぎ……」
アイスコーヒーのグラスから静かに水滴が垂れるのを見ながら、あかりが口を開いた。
「助かったよホント、ありがとうな」
「どういたしまして! へへー、役に立ちました? 私」
そう言ってニッコリと笑うあかり。
帽子とサングラスを取ったあかりは、まさに誰もが振り返る美貌を放っている。
カフェの一番奥の席を指定した彼女は、普段から人に見られないよう気を付けているんだろう。
「でも、身バレするようなことを言わせちゃったからな、少し責任を感じてるよ」
「気にしないでくださいっ! この前も後輩の子とかね──すぐ街中でナンパされるんだけど、私がビシッと追い払ったりして……こう見えて結構頼りになるんですよ」
ウインクしてストローをくわえる仕草は、まるで配信中のあかりそのままだった。
表情に曇りひとつなく、軽口の合間にも隙を見せない。
だが──その完璧さが、どこか引っかかった。
「無理……してない?」
「え?」
「笑い方、ちょっと引きつってるように見える……かな」
ピクリと、あかりの指先が止まる。
「あはは、そんなことないですよ? ていうか、そんなに観察してたの、ちょっと怖いんですけど……」
軽く茶化すように返しながらも、視線が泳いでいる。
あかりはすぐに笑顔を取り繕ったが、俺は静かに続けた。
「それならいいんだ。でも、“大丈夫なフリ”が上手い人ほど、本当は限界ギリギリだったりするからさ。あかりさんは……そういうタイプに見えるんだよね」
一瞬、言葉が途切れる。
あかりは笑顔のままグラスを見つめていたが、言葉が出ないようだった。
「いや、俺も同じだからさ、ちょっと心配になっただけなんだ、ごめん」
あかりがこちらを見た。
ほんの一瞬、冗談の仮面が剥がれかける。
「白石さんって、心配性なんですね……私とは昨日会ったばかりなのに」
「リスナーとしてずっと見てきてるからね。それに配信者って、いつも見られてるだろ? 辛くても、笑って、盛り上げて……感情がバグるんだよな。どこまでが演じてる自分で、どこまでが本当の自分なのか、わからなくなる」
「……」
俺は氷が溶けかけたグラスを見つめながら続けた。
「だから無理だけはしないように、キツかったら、誰かに話して楽になりなよ……って、俺が言うことじゃないか、ははは」
あかりは口を開きかけて、また閉じた。
肩をすくめるようにして、ふっと笑う。
「ほんと、やめてよ。ズルいよ、そういうの。カッコつけてないのに刺さるって、どういうこと?」
「敬語じゃなくなってるよ。でもいいじゃん、それ」
俺は思わず笑った。
それにつられてあかりも笑みを浮かべる。
「なんか、すごい年上に諭されてるみたい……白石さんって、何歳なの?」
「え、あ、俺? 俺は、えーと……」
唐突な質問にテンパってしまう。
「俺は、21歳だよ」
「え! なんだ、同い年じゃん! でも白石さん、かなり若く見えるよね」
本当は17歳だから、4歳もサバを読んでしまった。
でもあかりは納得したのか、俺の目を見たまま笑顔を浮かべていた。
「……ありがとう」
その声はごく小さく、配信では決して見せない”素のあかり”の響きがあった。
「実はね、さっき白石さんがあの3人に絡まれてるのを見て……ちょっと怖かったんだ。でもね、私、簡単には弱さ見せないから。プロだからさ」
「そうだな、プロとしての矜持は大切だ。まぁ無理をしない程度にな」
「ところで、さ……」
あかりは改めて俺の目を見た。
「"俺も同じ"って……やっぱ白石さんも配信者なの?」
「え゛……いやいや、俺は、その……配信者はやってないよ。ルミナのマネージャーだからさ、配信者の気持ちは痛いほどよくわかるんだよ」
「えー、なんかごまかしてない?」
俺はプイッと顔を横に向けた。
その仕草をみてあかりはお腹を抱えて笑った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方その頃、四ノ宮沙雪とその取り巻きの二人は、カラオケボックスの一室にいた。
「なんで? どうして? 白石君とあかりんがデートしてるの!?」
「さ、さぁ……」
「た、たまたまなんじゃないですか?」
取り巻きの二人は姫の機嫌を取ることに必死だ。
「そんなはずないでしょ? あなた達も『緋乃原あかり』を知ってるわよね?」
「も、もちろん、有名人ですから……」
「お、俺も切り抜き動画で何度か見たことは……」
「なんで彼があかりんと知り合いなのよ!!」
沙雪はソファの背もたれに身体を預け、腕を組んだ。
「私のYtuber活動を応援することもなく部を去った彼を、今までは蔑んできただけだったけど……ちゃんと教育が必要なようね。学校の有名人は私だけで充分よ」
「そ、そうですよ! 姫以上の有名人はこの地域にはいません!」
「なんてったって姫はチャンネル登録者数80万人の大御所Ytuberなんですから!」
「ふふ、そうよ、今は地域No.1で我慢してるけど、いずれは世界を視野に入れてやるんだから!」
怪しい3人の決起集会はこの後も延々と続いていった。




