第10話 緋乃原あかりの暴走!
俺が会社に辿り着いた頃には、すでに0時を回っていた。
「ああ、悠真くん、お疲れ様。ちょっとこっちに来て」
会社に着くなり、俺はかおる子に手招きされた。
社内の一部は既に電気が消されており、他の社員はひとりもいないようだった。
「さっきの生配信、凄く良かったわ。特にリスナーへ選択を任せたのは上手だったわね」
「そうですか? まぁ予習した階層だからっていうのもありましたけど……でも大勢に見守られてる嬉しさみたいなのは感じましたね」
「良き良き、それが言えるのは立派なVtuberの証よ」
そう言いながら、かおる子は俺を連れて会議室が連なるフロアへ向かった。
そしてひとつの部屋の前で立ち止まる。
「あの人……知ってる?」
斜め前方のガラス窓から部屋の中を覗くと、そこには20歳前後の赤髪の女性が緊張した面持ちで席に座っていた。
少なくともこんな可憐な女性の知り合いはいない。
「いえ、知らない人……ですね」
「そっか……なんか大事な約束があるって言ってたから、もしやと思ったんだけど。いいわ、それじゃ直接聞きましょう」
そう言ってかおる子は躊躇なく会議室の扉を開けた。
「え、ちょっ……!」
「お待たせしました、私が社長の灰原かおる子です」
「あ、あ、お、お時間を取らせてしまい申し訳ありません!」
その女性は勢いよく席から立ち上がり、深々とお辞儀をした。
俺もかおる子の後をついて部屋に入る。
目前でその女性を見るが、やはり知らない顔だった。
「で、何か約束があると聞いたんですが……どのようなご用件です?」
「えっと、あの……」
女性は少し言いにくそうにしていたが、意を決して口を開いた。
「申し遅れました、私、「神前亜香里と申します。実は先ほどの天乃瀬ルミナさんの配信を見ましてですね……」
名前を聞いてかおる子はハッとした表情をした。
「あ、もしかしてあなた……『緋乃原あかり』さん?」
「え、ご存じでしたか……はい、その名前でVtuberをさせて頂いてます。あ、でも出来れば内密に……」
「もちろんよ、身バレをするようなことはしないから安心して」
そう言ってかおる子はこちらに向いて笑顔を見せた。
俺も思わず笑顔を返したが、おそらくかなり引きつった顔だったと思う。
まさか熱心にルミナを応援してくれるVtuber界の重鎮がいきなり会いに来るとは……。
「配信の終わり際で、ルミナさんから『是非コラボしたい』と言われて舞い上がってしまい……気付けばこちらに足を運んでまして……」
あの社交辞令とも取れる些細な言葉を信じてここに来たという。
俺もかおる子もその行動力に驚くばかりだった。
「お願いします! 是非ともルミナさんとコラボ配信させてください! その為なら私、何でもします! 収益は全てそちらの取り分で構いません! 全裸で踊れと言われればそれも……」
「ちょ、ちょっと落ち着いて……言いたいことはわかりましたから」
かおる子が暴走気味の彼女を止めた。
そしてちょっと困ったような顔で俺を見る。
かおる子にしては珍しく迷っているようだった。
「え、えーと、ルミナのどこがそんなにお気に召したんでしょうか」
少し腰が引けていたせいか、変にへりくだった言葉になってしまった。
俺の問いかけに彼女は目を輝かせてこちらを見た。
「もう全部です! あの素敵な容姿に可愛らしい仕草、それなのにすごい勢いでダンジョンをクリアしていく戦闘技術、まさにギャップ萌えの極致です!」
あかりんは興奮した様子でさらに語る。
「でも何と言っても一番は、あの声なんです! あんなに可愛くて幼い口調なのに、舌っ足らずにならなくて凄く自然に喋るんです! もしかして本人は中学生なんじゃないかって思っちゃうほどですよ!」
「あ、ありがとうございます……」
俺は思わずお礼を言った。
「しかもどんな些細な表情も、仕草も、全部細かく再現している3Dアバターなんて、どうやってるんだって感じですよ! とんでもない技術なんですよ? 後ろにNASAでもついてるんかいっって突っ込みたくなっちゃうほど――」
さすがはVtuberと言ったところか、放っておけば夜が明けるまで喋っているに違いない。
「もう大丈夫です……熱意は十分伝わりましたので……」
「あ、すいませんっ! 私、興奮するとなんでも止まらなくなっちゃう質で……」
ここに来た理由を聞いて、それは十分伝わっている。
「あの、ちなみにこちらの……方は?」
彼女は今更ながら俺のほうに手を差し出してかおる子に質問した。
「ああ、彼はルミナのマネージャーよ」
「え?」
「えっ!?」
俺とあかりは同時に声を出した。
「るる、ルミナさんのマネージャー様であられましたかぁぁ!」
そう言ってあかりはその姿を消した。
――と思ったら机の下で土下座をしていた。
「ちょ、か、顔を上げてください!」
俺は慌てて彼女を抱き起こす。
一連の彼女の動きを見て、その想像を上回るルミナへの情熱に、俺は少し恐怖を感じてしまっていた。




