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アリスのお茶会





「何の話、してたんだ?」


「こんな強面の保護者は嫌」



思わずそう言ったアリスに、帽子屋は加えていた煙草を吹かした。



「は? こっちだって、お前の保護者なんか願い下げだ。

監視してねぇと何しでかすかわかんねぇだろ、お前は……」



そう言ってヤニ臭い指で、額をつつかれたアリスは嫌そうな顔でその手を払う。



「別に頼んでないんですけど~」


「陛下の命令だ。こっちだって、面倒くせぇから嫌なんだよ。ほんと可愛くねぇな」


「可愛くなくて結構です~」



べーっと舌を出したアリスに、帽子屋は眉を寄せる。



「こらこら、痴話喧嘩なら余所でやってくれよ。お二人さん」



そこに仲介に入ったのは眠りネズミだ。



「いいねぇ、妬けるねぇ」


「お前の目が腐ってんじゃねぇのか? このどこか、痴話喧嘩に見えるんだ」



テーブルに設けられてあった灰皿に煙草を押しつけ、忌々しそうに言いやると、眠りネズミはアリスを見ながら目を瞬かせた。



「どっからどう見ても、痴話喧嘩だよ。犬も、いや、ネズミも食わないってやつだ」


「お前、もう一度、国語勉強しなおしてこい」


「アリスちゃん~。優しいジェントルマンとお話しね~?」



帽子屋の言葉を無視して、彼はアリスの肩を抱いた。

眠りネズミは、そのままアリスと共に、帽子屋の隣を通り、その時そっと耳打ちをする。



「帰ったら、飲み直そうぜ」



そんな言葉に、帽子屋は失笑を一つ、新しい煙草をくわえた。



「悪いな、アリス。

あいつは間の悪い男でな。パーティーの前に、色々あったんだわ」


「そうなの? 別にいつもと変わらなかった気がするけど」


「なら、いいんだけど……」



眠りネズミは、帽子屋と同じ銘柄の煙草を取り出して、火を付ける。



「ねぇ、眠りネズミさん」



灰皿が置かれているテーブルの近くの壁に、眠りネズミは背を預け座りこむと、アリスを見上げた。



「私ね、皆のこと帽子屋さんから聞いたよ」


「ああ、知ってるよ。管理人のことだろ?」


「うん。後、自分の記憶も取り戻した」


「ああ、それも皆知ってる」


「そっか」



触れ合う距離の2人に、短い沈黙が訪れた。

前には、既に酔って白ウサギに介抱されている三月ウサギや、公爵夫人にこき使われているロウ。


一人、部屋の隅のソファーに腰掛け、煙草を吹かしながら、紅茶を入れている帽子屋に、中央でシャンパンを飲みながら、チェシャ猫と何やら真剣な面持ちで話しているフロッグ。


お茶会もそろそろお開きと雰囲気が告げている。



「元から協調性のないヤローどもの集まりだけど、今回も騒いだのは、最初だけだったな」



呆れた声とは裏腹に、愛おしそうに部屋全体を見つめる眠りネズミは、立ち上がりながらそう言った。



「眠りネズミさんは……三月ウサギさんの気持ちには、応えてあげないんだね」



アリスの少し切なげな声色に彼は驚いて、彼女を見た。



「こりゃあ、驚いた。気が付いてたのか」


「まぁ、私も一応は女だからね」



アリスはウインクとともに言いやる。



「記憶が戻ったせいか、ちょっと雰囲気変わったな」


「私?」


「ちょっとだけ、色気が出た」


「そんなこと言うから、三月ウサギさんに、セクハラとか言われるんだよ」


「俺は正直に褒めてるだけなんだがなぁ」


眠りネズミは困った時によくする癖で、頭を掻く。


「でも、ありがとう」


「ん?」


「私のこと知っていても、親しくしてくれて……」


「だたの監視、なのにか?」


「それでもただの監視が、こんなに親しくしてれるの?」

「さぁ? 俺は、アリスちゃんみたいな素敵な女の子は、大好きだからなぁ」



はぐらかす眠りネズミに、アリスはふふっと小さく笑った。

眠りネズミはアリスに合わせるように、小さく笑った後、白ウサギに介抱される三月ウサギを目の端に捉える。



「まぁ、さっきの話だが……それであいつは納得してるんだよ。だからいいんだ」



彼の言葉に、次はアリスが驚いて、彼を見つめた。



「どうして分かるの?」


「あいつだけが、俺の過去を知ってる」



ずっと三月ウサギを捉え続ける瞳は、見た事ないくらいに優しい眼差しであった。



「おっと、チェシャ猫が帽子屋に絡みだしたな。ちょいと行くわ」



確かにそこには、帽子屋が座るソファーの後ろから、ちょっかいを出し始めているチェシャ猫の姿。

眠りネズミは煙草を消して、壁から離れ数歩足を向かわせた先で、思いついたように振り返った。



「そうだ、一つだけ言わせてくれるか?」


「何?」


「諦めるなよ、自分の幸せを」



微笑みと共に言われた彼の言葉は……



「眠りネズミさんに、一番似合わない言葉ね」


「俺も言ってから思った」



お互いに失笑しながら、アリスは眠りネズミの背を少しだけ見つめ、部屋の中央へと移動した。



「フロッグさん」



そう呼びかけた青年と話をするために。



「アリス様」



少しだけ顔を顰められたアリスは、申し訳なさそうに苦笑する。



「ごめん。なんか余計なこと言っちゃったみたいで……」


「いえ、私もそのことについては、記憶を封じていたので、少し混乱しただけです」


「それでもごめん」



小さく頭を垂れたアリスに、フロッグは困ったように目尻を下げると、そっと彼女の両肩に手を置いた。



「私の考えが浅かったんですよ。

自己犠牲なんてただの自己満足であることを、あの日の私は気付けずにいた。

それほどあまりに若く、姉の最期を看取ることから逃げていた。

本当は……姉が限られた命であっても、最後まで傍にいてあげるべきだったんです」



フロッグの告白に、アリスは目を見開き彼を見つめた。



「それに……ここに辿りついた私ですが、すぐに管理人に救われました」


「そっか。気付けて良かった」


「はい」



失礼します、と先にフロッグは踵を返して、アリスの元から立ち去った。

アリスは何か言い知れぬ空しさを感じて、その場に立ちつくしていたが、部屋の片隅からした大きな音に肩が跳ねる。


嫌な予感がして、そっとそちらへ振り向くと、案の定、喧嘩に発展している帽子屋とチェシャ猫、それを止めようと被害を受けている眠りネズミがいた。



「まったく、野蛮な人たちですわね」


「ホント仲良いよね、あの2人」



隣へと並んだ、公爵夫人の怒りと呆れが混じった声に、アリスは頷きながら呟く。

そこへ白ウサギがやってきて、アリスと公爵夫人に一礼する。



「申し訳ないんですが、三月ウサギさんがあの調子なので、先に城へ帰っておきますね?」



元はそんなに弱くない三月ウサギだが、雰囲気に酔って、ピッチの速さを誤ったのだろう、と白ウサギの背を見送る公爵夫人が付け足した。

白ウサギと三月ウサギが退室し、公爵夫人もロウとフロッグを連れて屋敷へと帰還すると挨拶しにやってきた。


未だに止まない喧嘩を尻目に、アリスは公爵夫人より遣わされた使用人たちが、片づけてくれるのをただ見守っていた。

しばらくすると疲れたのか、帽子屋とチェシャ猫はソファーに座ってピクリとも動かなくなり、一気に老けた眠りネズミが、アリスの元へやってきた。



「お疲れさま」



労いの言葉に、苦笑を浮かべた彼は椅子を持ってきて、腰を降ろす。



「全く、あいつらどうにかならねぇのか」


「公爵夫人にも言ったけど、仲良いよね」



アリスの言葉に、眠りネズミは拍子の抜けた表情で、彼女を見上げた。



「アリスにはそう見えんのか?」


「え? 違うの?」


「いや、仲はいいんだろうけどよ」



納得いかないと言った様子で、眠りネズミは煙草を吹かし始めた。

アリスはそんな彼の様子に首を傾げ、これからこの広い屋敷でどうしたものかと一人考え出した。





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