最大のネタバレは
「元気ですねぇ、帽子屋サン」
「うるせぇ。お前が絡んでくるからだろう」
息を切らしながら、隣に並んで座った2人は未だに口喧嘩をしていた。
乱闘をした後にもかかわらず、涼しげな顔のチェシャ猫を、帽子屋はもの凄い剣幕で睨みながら言い返す。
「もう、頼むから……俺にかまうな」
「構ってませんよ~。ただ私が疲れたから、近くにあったソファーに座ろうとした所に、たまたま、アナタが座っていただけです」
「それをわざと、って言うんだよ!
しかも、部屋の中央から、ぜんっぜん近くねぇだろ!」
「おや?」
上半身だけ振り返っては、部屋の中央を指した帽子屋に、チェシャ猫はわざとらしく首を傾げる。
「まぁまぁ、落ち着いて、お茶でも飲んだらどうですかぁ?」
「俺が、落ち着きないみたいに言うな。
お前が来るまでは、優雅にお茶の時間を楽しんでいたんだ」
舌打ちを一つ、お茶を注ぎ直した帽子屋。
チェシャ猫はただ、帽子屋の様子を黙って見つめている。
「んだよ、用がないなら、俺の視界に入ってくんな」
横に座っているため、嫌でも目の端に入るチェシャ猫に帽子屋は言いながら、カップに大量の砂糖を入れる。
「糖尿病になりますよ?」
「うるせぇ! 俺の言葉が聞こえなかったのか!」
「私も、もう年なんで……」
凄む帽子屋に対して、相変わらずさらりと涼しげに返すチェシャ猫。
まるで、拗ねて親に八つ当たりをしている子供、のような絵柄で、喋れば喋るほど疲れるのは帽子屋だけになっている。
「もういい」
大きなため息と諦めた口調の彼に、チェシャ猫は席を立った。
「さて、私はアリス君に挨拶をして、帰りますね」
あっさりと立ち上がり、背を向けたチェシャ猫に、帽子屋は怪訝そうな顔つきで、彼を呼びとめる。
「おい、バカ猫」
「はい?」
声だけで呼びとめた帽子屋の視線は、カップに止まったままで、そんな彼へと優雅な立ち振る舞いで振り返ったチェシャ猫は首を傾げた。
二の句を告げない帽子屋に少し歩み寄ると、腰を屈めて耳打ちの態勢を取る。
「大丈夫。アリス君に八つ当たりをするほど、私は子供じゃあありませんよ。
まぁ、彼女がお茶会を開くのは今日が最初で最後には、なりそうですが……ね?」
その低くも軽い声色に、帽子屋は眉を寄せて、チェシャ猫の顔を間近で睨んだ。
睨まれた彼はなんともなかったように微笑むと、さっと踵を返してしまう。
そんな背を、もう止めることのなかった帽子屋は、震える手でカップを持ちあげた。
「大丈夫か?」
ふとチェシャ猫が去った反対側から声がして、同時に震える手をそっと包まれ、カップをそっと取り上げられた。
「お前のお気に入りのカップなんだろう? 落としたら大変だ」
そんなことを知っているのは、眠りネズミだけであった。
彼はゆっくり帽子屋のソファーへと腰を降ろすと、帽子屋の前へ手を差し出す。
煙草の催促だ。
帽子屋は煙草を二本取り出して、眠りネズミに渡した後、自分も咥え、眠りネズミに火を付けてやろうとした。
だが、眠りネズミはそのライターを帽子屋の手から取ると、帽子屋の加える煙草に火をつける。
「猫になんか言われたか?」
自分も火をつけて、煙を肺一杯に吸い込む沈黙の後に、彼は尋ねた。
2人分の大量の副流煙がソファーの周りに漂う。
「また、アリスのお茶会、したいな。みんなで……」
帽子屋が、ぽつりと呟く。
眠りネズミはその呟きをちゃんと聞きながら、どこか遠くを見つめるようにした後、そのニヒルな表情は失笑へと変わった。
「お前にそんな泣きごと言わせるなんて……アリスはすげーやつだな」
「まぁ、な……」
「さすが……」
「言うなよ、本人には」
「勿論。これは物語の最後に明らかになる最大のネタバレ、だからな」
「あれ? どうしたの? なんかシリアスな場面だった?」
そこに、アリスが介入する。
2人の間から顔を覗かせたアリスに、眠りネズミは微笑む。
「アリスちゃん。そんなに近いとチューしたくなるから……」
「悪い、やっぱり’’友人’’は返上する」
眠りネズミに銃を突きつけながら、帽子屋はガンを飛ばす様子にアリスは呆れ、眠りネズミは両手を上げて、頭を下げる。
「帽子屋さん。いい加減、眠りネズミさんの冗談になれたら?」
「慣れてたまるか」
宥めるように言ったアリスに、帽子屋はすぐに反駁すると立ち上がり、煙草を灰皿に押し付けた。
「ほら、帰るぞ。眠りネズミ」
「あっ? お、おう。でも、アリスちゃんは?」
渋々立ち上がる眠りネズミは、後ろのアリスを一瞥する。
「ああ、俺達は今から帰って、飲み直す。お前の家は、別にここだけじゃあないだろう?
帰ってきたきゃ、勝手に帰ってこい」
既に扉の方へ歩み出していた帽子屋は振り返らず、歩みも止めずに言い放つ。
そんな彼の背を見ながら、2人は一瞬、呆気にとられた後、お互い顔を合わせて失笑した。
「ったく、来てほしいなら、素直に言えばいいのにな……」
眠りネズミの言葉が聞こえたのか定かではないが、帽子屋は不自然な動きで、帽子を深く被り直して、玄関へと続く扉を開けた。




